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若い頃の苦労は一生のトラウマ

「若い時の苦労は買ってでもせよ」ということわざがある。買うにしてもよく考えて買えよって実体験。トラウマはクーリングオフできまへんからな。

一般的に就職氷河期といえばロスジェネ世代のことを指すことが多いだろうが、私はその陰で不遇の世代と一部から呼ばれている87年生まれである。

昭和生まれではあるが、昭和に生きた記憶はほぼなし。ずっと土曜日に授業も受けてきたにも関わらず、国の方針で”ゆとり教育”が突然導入された為、ゆとり第一世代となってしまった。同世代のヒーロー、キュウソネコカミのギリ昭和という曲があるが、あの曲は本当に素晴らしい共感ソング。高校生~大学入りたての頃、日本の景気はわりかしましになっていた。就職はどうにかなるさと思っていた矢先のこと。就活のことを考えるタイミングでやってきた2008年、リーマンショック。見事に超就職難に巻き込まれた。よく母に「短大に行ってたら就活も楽やったやろうに」と言われた。就活地獄がやってきた!!

実録 リーマンショック新卒就職氷河期。

私の通っていた大学は、知名度もなければ特にこれといった特色もない文系四年制大学。メディア広告デザイン映像~みたいなことをゆるく学んでいた。ちなみに高校でも同じようなことを総合学科で学んでいた。

ということもあり広告系の仕事にでも就けたらな~と思いつつ、自分の要領の悪さを自覚していたので周りの人より早めに就活を始めた。

大学と提携しているフォトスタジオの人達に履歴書用の証明写真を撮ってもらったのだが、施されたメイクの違和感と写真写りの悪さがエゲツなくて笑うしかないものに。

就職情報会社のサイトに登録し、ひたすら気になった企業にエントリーをしまくるという修行のような日々が始まった。そういったサイトに掲載されている企業の多くは大手。大手なんて受かる訳がないとはわかっていたが、人生経験の為何社もエントリー。自己PR、志望理由。今思えばしょうもない文章だったはず。堅苦しくよくあるような定型文をちょっと変えたようなもの。個性を出したいと思っても限界がある。そして次々とやって来るお祈りメールの山!!もちろん大手だけでなく中小企業にもアプローチするものも、うまくいかない。一次でさえも受からない。

大学の就職課に相談をしにいくことも度々あった。どんな話をしに行ったかもよく覚えていない。やりたい仕事じゃなくていい、見つけてもらえるならなんでもいい。と迷走して爆走。

よく就活で鬱になり自殺をする人がいるが、その気持ちがよくわかる。いくつも世間様から「いらない人」とお墨付きをもらうことは、本当に辛い。ただでさえ自己肯定感がマイナスな私だ。私の価値とは!!!???と日々狂っていた。「いらない人」ではなく、「うちには合わない人」と分別されたのだと気が付くのは私が面接をする側になってからの話。

一度、校内に企業の人が来て説明会と面接を行う事があった。よかったら参加しない?と軽く就職課の人に誘われたので、ノリでどんな会社かも知らないのに参加した。機械系の企業だった。私が原付で登校しているという話になり、「原付で通っていて何か発見などはあるか?」という質問をされた。情緒不安定だったのだろう。私は「原付で走っていると、たまに猫などの動物の死骸に出くわす事がある。その度に命のあり方を考える。」みたいな返答をした。キモ!!!!!!!!!!いや、そうゆうの違うでしょ!!!!!!!!今でもたまに思い出す。トラウマだらけ。その時の面接官の苦い顔よ。申し訳ねぇ~。

就職情報会社からの情報ばかり見ていても倍率が高く、このままじゃいかんと、自分の好きなアレコレのHPの採用情報を直接パトロールした。出版社だったり広告会社だったり。ライブハウスやイベンターも見た。穴場っぽい地元企業も。ハローワークにも通った。もう何でもいい。頼むから誰か私を拾ってくれ!!!!

あっという間に時は過ぎ大学卒業…就職先も決まってないのに!!

内定率、2008年は96.9 。2009年は95.7。我々の年、2010年は91.8。 2011年は91.0。2010年を区切りに4年程内定率が下がっている。

ただでも親の金で通わせてもらった四年間、就活浪人という選択肢はない。

大学卒業後、フリーターとして過ごす生活。そんな中でも就活は続行。ハローワーク。ハローワーク。ハローワーク。全然ハローしてくれへーん!!

最終的に100社程の会社に自分の名前を送った。

自暴自棄になりほぼ毎日バイトに明け暮れていて、もはや正規雇用の意味が分からなくなってきていた矢先のこと。友人から一通のお誘いがきた。国が新しく設けたプロジェクトで正社員雇用を見据えたインターンシップみたいなものがあって、知り合いの会社が参加するからよかったら説明会だけでも行ってみない?というものだった。

有難いお誘い。とりあえず行くかぁ~。と参加。この年に始まった未就職卒業者を対象とした、中小企業のインターンシップ制度。友人から話をもらった企業以外にどんな企業があるのだろうかと参加企業一覧を見ていると、お!広告会社あるやないか!しかも知ってる媒体を発行しているとこやし、家から原付で通えるやないか!と、ビビッときた。友人には申し訳ないのだが、ダメ元でその広告企業にエントリーをした。軽い面接を2度程受け、合格。半年インターンシップで働き、その後無事正社員雇用に繋がった。

インターンシップの時に面倒を見てくれた上司がゴリ押ししてくれたから入社できたこともあったので正社員になってからは、同期の新卒生に負けじと頑張った。インターンの頃から元々わかってはいたけど、中小企業の広告会社だなんて労働基準法なんてあってないようなもんだし、それ以外にもブラック気質な面が多々あった。だけど後には引けないぐらい、ここに来るまで人に求められない辛さを味わいまくった。「もう就活は嫌~~~!!」の一心で一年目は働いていた。同期は次々と退職。二年三年と働き、ここには書けない程キツイ体験をしまくった。人はなぜ働くのだろう。毎朝6:50頃家を出てまだ半分寝てる状態での車通勤。居眠り運転というかまだ寝てる運転。何度か事故を起こしかけた。「事故ったら仕事、休めるなぁ」と思う日々。

就職氷河期が終わり採用された後輩新卒生達は自分の時とは違って甘やかされていた。心なしか後輩たちには余裕がある。いろんなものが変わっていた。良くも悪くも。

朝7:20までに出勤して、営業先への資料を作ったりテレアポのリストを出したり原稿を作成したりロープレをしたり。朝礼に出て社長の顔色をうかがって機嫌次第ではブチ切れられ。営業先で人格否定をされたり前任と比較されたり。昼食で正気を保ちすぎて太ったり。新規開拓のテレアポで恐喝されたり。精神的に追い詰められて社用車の中で大声を出して泣いたり。営業成績は基本的に最悪。社内に戻ってきても何か怒られるんじゃないかと常にビクビクしたり。私のダメさを一番分かっているのは私だ。私には非がないことで傷めつけられたのは事実。

私に限界がきたのは、ここには書けないような事が次々と起こり、様々な不信感が積もり積もって爆発。将来を考えた時にこのままじゃダメだ!と確信したのと、結婚の話が進んだタイミングの合致。一応寿退社。インターンの時期も入れて4年程働いたんかな。

その会社を辞めて5年経つのだが、完全にトラウマになっている。未だに週1回は必ず当時の職場の人や、営業をしている自分が夢に出てくる。かなりしんどい。

成績のことを思えば、マジメ(にやってるつもり)だったけどクズだった。クズなりにずっと引きずっている。自分の想像以上に深い。いろいろな証拠を残していたらパワハラで訴えたいな~勝てるな~とは思うが、もう関わりたくない。

悪いことばかりじゃなくて、楽しいことやいい経験も多くさせてもらった。中小企業だからこそ自分の意見が通りやすかったことは間違いないし、営業を通じていろんな企業の方と接して考え方も広がった。すぐに辞めなかった理由は二つあって、一つは上にも書いたように「 もう就活はしたくない」の気持ちの大きさ。もう一つは社内の人が良かった。先輩たちに何度も救われたし助けてもらった。だからこのままじゃいかん。ちょっとでも恩返しをしたい。とがむしゃらに働いていた。出来損ないでダメダメだったけど。

信頼しているベテラン女性上司が「"だからゆとりは~"とかいうけど、あんなの大人が勝手に作ったものなのにと大人が言うのはおかしい話でしょ」と、ゆとり第一世代の私のことを知ってか知らずか話をしていた。別に私を守る為の言葉では無かったのだが、何だか泣きそうになった。他にも山ほどエピソードがある。人には恵まれた。人に苦しめられたことも多かったけど~!

辛いことだらけで未だに夢にも出てきて、思い出すたびに腹が立ってキーーーー!!!となる。元々自分に兼ね備えられた自己肯定感の無さとの合わさり方が最悪だった!若い頃の苦労は一生のトラウマ。そこそこでいいんじゃないかな。私は無理をしすぎた。

反動で結婚してからゆる~くパートで働き続けさせてもらってるのには周りに感謝だわ。まぁ…また就職してブラック気質な会社だったら本当に嫌だな…というのが一番怖い。

なぜ私が今回こんなことを書こうと思ったのかという話。新コロの影響でまた来年から就職氷河期になるのではないかという記事をいくつか読んだ。それがどうなるかわからないけど、どうにかなるし、どうにでもなるよ。でも無理はしすぎないでよね。あと絶対に死を選ばないでね。てこと!

PTSDのような症状がキツイ~。同じような思いに遭わせたくない!


ズタボロだった日々、いろんな人に助けてもらったことを思い出して自分を奮い立たせる一曲。

「あいつはきっとやれる」って言ってくれた君のこと 
見る目がないなんて言わせないようにしないとな
「ガンバレ」って言葉も そのまま受け取るよ
ありがとう また君に救われたよ


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