屋久島の森に入ると、瞑想に入る
瞑想にも色々あるけども
森の中での瞑想は
現在進行形であること
只中にあって、立ち止まらないこと
生を眺めることではなくて、生をまさに謳歌すること
この島の森は、僕たちから言葉を消し去ってしまう
森の強烈な瞑想が、僕たちを巻き込んでゆく
だから、心が洗われるんだろうな
余計な考えが浮かばなくなるから
言葉にならない色々を”からだ”に感じる
実感はただ実感として
「なんにも言えない」
でもこれが、けっこう幸せ
中身のない缶詰は叩くと響くけれど
中身のつまった缶詰は、あまり音がしない
中身があるから、味わいがあるんだね
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