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新型コロナウイルス感染症(COVID-19)について。 No.17

日本におけるCOVID-19流行は一旦収束したと考えられる。阪大・中野教授が提唱するK値に基づく予想の通りとなった。この小康状態を利用して、医療体制の立て直し・拡充を図るべきであろう。

8割おじさんこと北大・西浦教授の推測は間違っていたと考えるのが妥当だ。計算根拠となる実効再生産数Rtの初期値の基本再生産数R0=2.5が実際と異なっていた、二次感染者のばらつきが大きかった、集団内の異質性を考慮に入れていなかったなどの理由が考えられる。一言で言うと、西浦教授がよりどころにしていた従来の古典的疫学はあまりにも単純すぎたのだ。

しかし8割おじさんは、そのことで非難されるべきでは無い。科学では常に仮説は、より確からしい仮説に置き換えられていく。古い仮説の棄却は通常のプロセスである。むしろ危険なのは、新しいデータが出ているのに冷静になれず古い仮説に固執することだ。もちろんなぜその仮説が間違っていたのか検証することは大事だ。西浦教授はその論考を行っている(リンク)。

今回の問題点は、そのような性質の科学上の仮説が人命や経済・文化に直ちに影響してしまうことだ。望ましいのは十分に吟味・検証された確実性の高い仮説に基づいて政策を決定することだが、それをする時間的余裕がない、つまり科学が感染拡大のスピードに追いつけない状況では、行政の長が難しい判断を迫られることになる。仮説が不確かであっても、政治家は責任を負わざるを得ない。さらに言えば、政治家は科学者に責任を投げてはいけない。

しかも迅速な意思決定が必要である。だがそれでも、市民が、これが現時点で最善の選択だと納得できるだけの説明と情報開示はあってしかるべきだと思う。そして市民の側も、ある程度の科学リテラシーを持ち科学的に考えなければ、社会は方向を大きく間違えることになる。

思考停止に陥いることが一番よくない。大量の情報が溢れかえっていると考えるのが面倒になってしまう気持ちは私にもよく判るが、自分で考えなくなり、ワイドショーの煽る不安の中をただただ漂流するという状態は本人にも社会にも実害をもたらす。自粛警察や感染者の迫害などと言う反科学的な妖怪が跋扈し始める。

コメンテーター達も、政府も、誰も正解を知らないのだ。ましな仮説はあっても。従って誰にしろ、これは科学的に正しいと言い切るような場合は注意が必要だ。自分達でなるべく冷静に論理的によりよい仮説はどれなのか考えるしか無い。「科学的に考える」ことは実はそれほど特殊なことでも難しいことでも無い。そのことについては、いつか述べたいと思っている。

さて、自分が発見者でもないのに私が積極的に紹介してきたK値(note 14, 15,16) は、所轄大臣も参考にすると言明し、神奈川県は正式に指標の一つに採用した (リンク)。一方で批判もしばしば目にする。興味深いことに、批判はある程度専門知識のある人らからで、しかし提唱者の中野教授に直接学術的な疑義を投げかけることはなく、何となく胡散臭いと感じているようだ。

おそらくK値が、様々なパラメーターを導入し実測値にフィットするモデル/方程式を構築してゆく正統な方法論に則って提唱されたものではないからであろう。K値は、ただの実測値のひとつであり、その数値がなぜあのように単純な方程式の曲線に従うのか感染症学上の理由付けは得られていない。つまりそんなのは当てずっぽうで、科学では無いと思えてしまう。

この点については、阪大経済学部の安田洋祐准教授が「K値は”非科学的”か?」と題して、とても分かり易く解説している。要点だけ述べると、COVID-19流行の推移に関する仮説は、X)仮説から導かれる感染者数の推移が現実のデータと良く合うか、Y)仮説が感染症に関する知見(感染のメカニズム)と良く合うか、という2点を満足させなければならないが、K値のモデルはYを満足させていないので「科学的」に見えない、ということだ。

私もそれには同意する。しかし重要なのは、現実にはXとYの両方を満たす仮説が現時点で存在しないことである。西浦教授ら数理疫学の専門家らの実効再生産数などのモデルは、K値と逆で、Yは満足するが、Xには不足、つまり現実のデータと合わなかった。

XもYも満足する理想的な仮説が無いとき、安田教授も言うように、疫学的な根拠が無いからと言ってK値を無視するのは「もったいない」。なぜならK値は、現実のデータにとても良くフィットするからである(Xを満足させる)。

中野教授も私も、K値が唯一無二の指標で他は排斥すべきと言っているわけでは無い。Yを満足しない以上今後も常にデータとフィットするか判断し難い。しかし、その他の指標と合わせて使うことでセーフティネットを作っておけば、誰も正解を知らない状況下での有効な判断材料になると考える。

まだ審査を受けていない仮説をSNSで拡散したことも、科学の世界の作法としては邪道であろう。しかしK値は誰にでも検証できて、完全にオープンになっている。待ったなしの現状では完全無欠な仮説では無くとも、早く利用される、少なくとも利用を考慮される、ようにすることはアンフェアでは無く、ある意味科学者の義務であると中野教授と意見が一致したので意図して拡散した。

今日、中野教授はある研究者の会議でK値について講演している。今後K値の解析や学術的議論が本格化するだろう。K値の推移がなぜこのようになるのか理論的な裏付けができ、よりよい仮説になっていくことに期待したい。

最後に。心配な第2波であるが、来たとしても恐らく3月のような大きな波にはならないと考える。3月の感染拡大は、欧米からの感染者流入による可能性がとても大きい(オリンピックの問題があったのかも知れないが、あの時期に中韓だけで無く欧米からの入国も止めるべきであった)。従って、現状では第2波は小さなクラスター発生のみであろう。そうであれば十分対処できる。

K値の解析も大事だが、今後最も重要なのは、なぜ日本(及び一部のアジアの国)では、打たれた政策がいずれも中途半端であるにも関わらず、死亡者数が圧倒的に少ないのかという大きな謎を解き明かすことである。その答えは、今後の政策や社会体制に甚大な影響を与えるであろう。私が既にnote 139で議論した幾つかの仮説のどれかが正しいのか、あるいはそれ以外に隠された理由があるのか、早急な検証が望まれる。

とりわけ、欧米型のウイルスに我々の多くがまだ感受性である場合は、国境を開いた途端に大きな感染爆発が起こりうる。政府は、海外からの観光客を呼び戻すことを考える前に、「日本の奇跡」の解析に全力を注ぐべきだ。

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