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新型コロナウイルス感染症(COVID-19)について。 No.14

本日、ある論文がネット上で公開された。大阪大学・核物理研究センター・センター長の中野貴志教授らの研究成果だ。まだ審査前ではあるが、私は重要な発見であると考えるのでここで紹介したい。COVID-19流行の推移を予測可能な新しい数式が見出されたのだ。

https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2020.04.25.20080200v2

私もそうだが、多くの人が日々の新規感染者数を見て一喜一憂している。政府も人口10万人あたりの新規感染者数を感染収束の評価の指標としている。しかし感染者数は検査数に依存していてばらつきが大きいし、傾向を読みとることも困難だ。

これから感染爆発するのか収束に向かうのかは判らない。同じ感染者数でも感染拡大期と収束期では意味は全く違うし、そもそも拡大/収束率の推移に対し新規感染者数の増減は必ず遅延する。

中野教授は、累計感染者数を1週間前の累計感染者数で割った値の逆数を1から引いた値Kが、優れた指標になることに気付いた。1週間の間隔を取ったのは、曜日による検査数のばらつきが大きいことを排除するためである。一週間ごとにデータをまとめているので、日々の変動をキャンセルできる。Kを計算することで、時間に対する変化を安定的に読み取ることができる。(既存の指標である実効再生産数Rtとの比較を、文章の最後に附記として記した。)

ウイルスの感染流行は指数関数的な事象であり、数理解析の対象となりうる(計算可能ということ)。8割おじさんこと西浦北大教授は数理疫学が専門だ。K値を考案した中野教授は物理学者であるが、感染流行が普遍化できる事象であるため解析にウイルスの専門知識は特に必要は無い(私は、中野教授が物理学者だったがゆえにK値を発見できたと思う)。

公表されている各国の感染者数からK値を求め、グラフにすると2つの重要な性質が明らかになった。まずKの傾きK’からその後の推移(収束)を初期の段階で外挿によって予測できることが判った。そしてK’の変化から対策などの効果が読み取れることも判明した。

例えばイギリスでは当初集団免疫の自然な獲得を目指し特に対策を講じなかった。このときKはあまり下がらずこのままでは感染拡大が続くことが示唆された。政策が都市封鎖に転換されてからKの低下の傾きのK’が大きくなり収束に向かったことが読み取れる。(実際のグラフは、論文を参照されたい。)

日本のK値はどうであろうか。K値の推移は4月初めから日本の場合極めて安定で欧州の幾つかの国で見られた強力な政策による傾きの増加も無く、米国で見られるような感染再拡大の兆候も見られない。5月中旬には多くの国で感染収束宣言が出されているK=0.05に達すると予測される。(中野教授が日本語で日本の状況を解説されているので、詳しくはそちらを読まれたい。なお本note文中の図は全て中野教授の解説からの引用である。http://www.rcnp.osaka-u.ac.jp/~nakano/  )

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日本のパターンは欧米とは明らかに異なっており(タイやインドネシアに似ている)、日本ではなぜか感染拡大が欧米ほど激しくなく致死率も低いことと一致する。また緊急事態宣言がK’に影響していないように見える点も特徴的だ。これは見えにくいだけなのか、効果がなかったのか検証実験ができないので判定できないが、私は最もありうる可能性として緊急事態宣言以前に行われていた3密の重複回避や手洗い・消毒などの市民の行動に既に十分な効果があったためではないかと考える。

4月初めには、私を含め多くの人がニューヨークの二の舞を恐れ緊急事態宣言の速やかな発出を訴えていた(note No.10)。誰にも正解の判らない状態では最悪を想定すべきであるからだ。しかしその時点で実はK値は既に感染が収束に向かうことを示していた。K値は計算で導かれるので、これは今だから言える結果論では無い。K値に基づくなら、「8割」自粛は不要だった可能性が高い。

大阪の3月における変化が興味深い。大阪では2月中旬に4カ所のライブハウスでクラスター感染が起こったが、ライブハウス側の協力によりクラスターの追跡が速やかに行われ感染爆発を抑え込むことができた。それがK値のグラフに如実に表れている。感染拡大率の低い日本だからできたことかも知れないが、専門家委員会のクラスター対策が非常に有効であったことが判る。その後4月には大阪は日本全体同様順調にKが減少している。

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今のところK値に致命的な欠陥は見いだせない。各地のデータに適用してみれば、有用性は明らかだ。K値を用いれば、必ずやってくるであろう次の感染拡大において推移を早めに予測でき、有効な手を打つことができる。note No.6で述べたように、感染による直接被害だけではなく自粛による経済や教育への打撃も最小限にしなくては社会崩壊を招く。

感染を極度に恐れて暮らす生活を恒常的にすることになると、我々の多様な文化の根源的な破壊に繋がる恐れがある。感染推移の予測ができれば過剰な自粛を回避できる。恩恵は計り知れない。早急にK値について研究者による広範な討議が行われることを望みたい。

そして今政府が主導すべきなのは、国民に対する過度の自粛要請では無く、医療体制の早急な再編と強化である。まもなく訪れる小康状態の間に是が非でも実施して貰いたい。

COVID-19の致死率をみてインフルエンザと大して変わらないからさほど恐れる必要は無いと言う考え方は間違っている。COVID-19はインフルエンザより遙かに恐ろしい。前者は医療資源を容易に枯渇させてしまうのだ。人的にも物的にも。

医療者が感染すれば離脱しなければいけないし、感染の小爆発だけでも病床やICU、ECMO、防護服があっという間に足りなくなる。その影響はCOVID-19の患者だけでは無く、脳梗塞や交通事故、がん等々の他の患者に及ぶ。

私の所属する大学の付属病院長がこのことを深く憂慮していた。いつもなら救えている命を救えなくなると。SARS-CoV-2の感染爆発が起きるとCOVID-19による死亡に加え背後に災害関連死のような死が増加してしまう。

そのような事態を避けるために、ロンドンのナイチンゲール臨時病院のようなCOVID-19専用病院の早急な設置や病院内クラスター発生を防ぐための対策など、できる限りの手を今のうちに打つべきであると考える。次の感染拡大の前に。

附記 
一般に感染の推移を予想する値としては実効再生産数Rtが知られている。しかしRtは非常にばらつきやすい量で、例えばあるサイトで示されている東京のRtは4月27日には全国最低の値で0.5以下だったが、5月4日には全国4位で1を超えている。https://rt-live-japan.com/ 1週間で40も順位が変わり得る指標は、感染収束の判断には使えない。

さらにはRtは計算に際していくつかのパラメーターを調整する必要があり、その調整の良し悪しで値がばらつく。つまり計算する人によって異なる値が出てきてしまうのである。また初期値の設定に引きずられる点も問題だ。上記サイトでは鳥取のRtが2.1と高いが、実際には感染者は3人で一週間以上新規感染者は0である。K値ならゼロと出る。このRtの高さは、初期値(基本再生産数)を欧米で採用されているR0=2.5にしたからだと思われる。

対人接触8割減の根拠もこのR0=2.5を基準にしているようだが、我が国で流行しているCOVID-19にこのR0が当て嵌まるのかどうかは実際には不明であり、もっと低い可能性が高い。

K値はまた、一度だけ感染爆発が生じてそれが国内で広がる時と、断続的に連続して感染爆発が生じてそれが広がる時の違いをグラフの形から読み取れる。既存の感染症モデルでは、一度だけ発生した場合にしか対応できない。

K値は新しい流入にも敏感なので、収束の予想だけで無く次の感染拡大の兆候の早期察知にも使える。北海道あるいはアメリカのIllinoisやKansasでそれを読み取ることが出来る。基本的に3日続けてこれまでと同じ傾きにならなかったら新たな感染源の流入が疑われる。

K値はモデルに依存せずパラメーターをひとつも含まない点が非常に優れている。K値が日々、直線的に0に近づいていくことを現象論的に実感できる。もちろん0に近づくと直線から逸れるが、その逸れ具合は指数の肩の係数が等比数列的に変化すると仮定すれば予想できる。係数の等比数列的な変化と0.25<K<0.9の直線性はほぼ同値なので、その仮定が良い確率は高い。

検査方針が大きく変わらなければ、K値は安定的である。Rtは駄目だと言うつもりはないが、K値の方が使いやすいのではないかと考える。

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