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走れない、メロス


とある持病で、時たま病院のお世話になっている。

病院はなんといっても待ち時間が長い。たまにここはネズミさんが活躍する夢の国なんじゃないか、と勘違いしてしまうくらいには待ち時間が長い。きっと診察室という名のアトラクションなんだと思う。すみません、ファストパスってお金で買えますか?


とまあ、今日も今日とて待合室で時計とにらめっこしている。
手持ち無沙汰で仕方ない。


待合室に置いてあった書籍コーナーに目をやると、めくられた後がつきまくっている雑誌と日焼けした書籍が並んでいた。


そのうちのひとつに目が留まる。


走れメロス。


教科書の題材にもなるほど有名な、太宰治の名作。
久々に読んでみっか、と手に取った。だってきっとしばらく、お医者様には呼ばれないもの。


人間不信で有名な太宰治。この走れメロスは、表面的には「友情」「正義」をうたった書籍として扱われている。週刊少年ジャンプ的な見方だ。実際はそうじゃない、という考察は、書くと3時間はかかるため割愛する。


走れメロスの有名なシーンは、なんといっても「走る姿」。
囚われた友人のために「沈んでゆく太陽の十倍も速く走った」らしい。

なるほど。


沈んでゆく太陽の十倍って、よくわかんねえな。


そういえば、学生だった当時からそんなことを思っていた気がする。そもそも太陽が沈むスピードってなんやねん。気がついたら沈んでるからまあまあ早いのか?

仕事柄か性格なのか、わからないことはとにかくすぐに調べたくなる。

持っていたスマホで「走れメロス 太陽の沈む速度」と調べると、めちゃくちゃ面白い結果が出た。


どうやら、メロスの走った速度を真剣に調べた人がいるらしい。


その研究者によれば、メロスがいる場所で太陽の沈む速度はおよそ時速1,300km。計算上でいえば、メロスは時速13,000kmで走ったことになる。マッハ11。

バカ速い。
いや、もう速いとかのレベルじゃない。


彼はウサイン・ボルトが9秒58で走り切った距離を、0秒02で走れるらしい。文字通りの化け物だ。新幹線のぞみの44倍。一瞬で日本を横断できそうじゃないの。

他の文献を見てみると、マッハ11で走ろうとすると力が強すぎて、大地を蹴った際に665km上に飛び上がってしまうらしい。国際宇宙ステーションにジャンプでたどり着ける。だから走り方も重要で、クラウチングスタートの体制のまま、すり足で加速しないといけないらしい。想像するだけでキモい。

ここまで調べ切ったところで、面白すぎて小刻みに震えている。

周りの人からすれば、突然小説を読みながら笑い出しているのだから怖いことこの上ない。よく通報されなかったなと今更ながら安堵しちゃう。


しかし、もう一つの文献があった。

とある研究で、「メロスはほとんど走っていなかった」というデータが出たらしい。

どういうことだ。真逆の内容すぎる。


メロスの出発時刻を深夜0:00だと仮定して、寝ずに10里先の村まで走ったとする。到着したとき、日はすでに高く村人がエッサホイサと仕事をしていたと考えると、多分午前中には到着している。所要時間にして10時間。

そしてその際の時速は3.9km。
一般男性の歩く速度は時速4kmらしいから、どうやら「走れメロス」は「走ってないメロス」の可能性すらあるらしい。「徒歩メロス」。


さっきの話と違うじゃん。

でも、こういう可能性はないか?


メロスちゃんはとんでもない脚力の持ち主で、ちょっと踏ん張っただけで宇宙に行けてしまう。そんなもんだから、普通に走ったら衝撃波で建物をぶち壊しながら進むしかない。ガラスがパリーン。道路がバリバリバリ。

だから周りの人に気を遣って、危害を加えないように恐る恐る力を調節しながら進んだ。うまくバランスが取れなくて、結果的に歩く速度にしかならなかった。

「走るなメロス」でも、「走ってないメロス」でもない。

「走れないメロス」だったのではないか。


ここまで考えた時に、途端にメロスが不憫に感じてきた。

かわいそうに。
特殊な能力を持ってるからこそ、周り第一優先で生きてきたのね。
思う存分走ることさえできずに。
ああ、不憫でならない。


先ほどまで小説を左手に、スマホを右手にして小刻みに震えていた女が、今は眉を八の字にしてしょんぼりした顔をしている。どう考えたって情緒がイカれている。私だったら、最低3mは距離を空けさせてもらうね。


待合室のモニターが光る。自分の診察番号がデカデカと表示された。
お、呼ばれた呼ばれた。

書籍コーナーに本を戻して、診察室へ移動する。
ちょっとすり足気味だったのは、私の中のメロスが戦っているからか。


お医者様が私の顔を一瞥し、こう呟く。


「なんか悲しいことありました?体調悪い?」


体調が悪いからここに来てるんだろうが!!!!!!!!!!


P.S.
主治医の先生はいつもとても優しい。札幌と北見の度重なる紹介状のやりとりも、率先してやってくれる。本当にいつもありがとうございます。


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