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【短編小説】私とゼンマイ時計(1)

大きなのっぽの古時計
おじいさんの時計…


歌のような大きなのっぽの時計ではないが、
祖父から貰った時計があった。

ゼンマイ式の小さな置時計。


24時間ちょっとで動かなくなるので、
毎日決まった時間に巻く。

かちかちかち…

かちかちかち…

ゼンマイを巻いていくと、
最初は軽快な音がするけれど、
段々重くなってきて、音も低くなる。

切れたら大変

そう思いながら、ねじ切らないよう、
いつも最後は恐る恐る巻いていた幼少期。

ゼンマイから手を離すと、
時計は生き返った、とばかりに

ちっちっちっちっ…

と、せっかちに働き出す。


海を一緒に越えて、何度か居場所も変わって。
いつも勉強机の真ん中に鎮座していた時計。

勉強机からまた移動して、
目の届くところで、また時を刻んでいた。

でも、丁度1週間前くらいのことだった。
いつものように時計の裏のゼンマイに手を掛けたら

すいっ

気持ちの悪い回り方。
そしてぐいっと、元の位置へ指先が引き戻された。


何かが、
引っ掛からない。

何かがかみ合う感触が、まるでない。


何度か怖い反動を感じつつ回すと、
かちかちかち、と何回かかみ合ったような音。

すると、いつものように

ちっちっちっちっ…

と、せっかちな時計が働きだした。



翌朝、時計は数時間だけ動いて止まっていた。

酷くショックを受けている自分に気が付いた。

旅行などで外泊する場合には、数日後、あらぬ時間で止まってしまっている時計を何度も見てきたので、そこまでショックを受けないと思っていたのだが…

また、恐る恐るゼンマイに手を掛けた。

昨日より空回りしているような感覚。

そして、ゼンマイを限界まで巻いたような感覚と同じところまで巻いてしまっている感覚が指を伝う。

もうこれ以上は巻けない…

いくらもかみ合わないまま、時計は動かなくなった。


時計屋さんに修理に出そう。


そう思って個人商店らしきお店へ持っていったところ、

"ゼンマイ式自体、もうあまり修理はやっていないし、
その時計は消耗品のタイプだから修理は出来ない"

と言われた。


消耗品の時計?

時計を持って帰ってくる道中、胸がどきどきしていた。
凄く早く耳元でなっているような感じではなく、
ゆっくり力強く胸の内で鼓動を感じた。

この時計を貰ってから、恐らくもう20年以上経っている。
巻いていない期間もそこそこあったが、これが消耗品だったなんて。
そもそもこの世に消耗品の時計なんてあったのか?

確かに、カチカチという時点で、何かがかみ合い、そこが摩耗していく…そうかもしれない…と頭に浮かんだものの、電池と違って手で巻けば半永久的、というようなイメージをゼンマイ時計に持っていた自分。

恐らく、この摩耗したであろうパーツを再度入手できれば直せるのかもしれないが、入手することが困難、またはそのパーツを手作業で1点1点手作りする、ということは商売として成り立たない、ということなのだろう。


祖父は、それこそもう20年近く前に亡くなっている。
そして、この時計は意図せずして、今となっては形見となっていることに気が付いた。
あまりにも日常に溶け込み過ぎて、祖父から貰った、ということはしっかり覚えていたのに、形見、とは思っていなかったのだ。


祖父と最後の別れをしていない自分。

時計が動かなくなって、突然、まるで時計が、
祖父がこの世を去ってしまうような感覚になった。

私が海外に居て、離れていた間に目に見えなくなった祖父。

海外にいる時点で、目に見えない、会えない、というのは一緒だった。
当時リアルタイムに近いやり取りは、電話くらいしかなかったのだ。

その事実を知ってから、
実はまだこの地球上にいるのかも?
と何処かで思っている自分もいた。

だって、目に見えない、会えない、は同じなのだから。
事実を知らなかったら、私はずっと海の向こうに祖父がいると思っていたのだから。

それでも、やはり悲しかった。

そうして段々と月日が流れて、いつの間にか、祖父がいないこと、は日常になっていった。

それなのに、突然、目の前にある時計が時を刻むのをやめた。


もう、この時計は動かないかもしれない。

脳裏をかすめた言葉。

何でもない時計だったら、
自分で興味本位で解体して修理してみよう、
と思うだろうが、この時計だけは別。

もし直るのであれば、
これだけは自分ではなく、専門の人に直してもらいたい。
直る可能性があったものを、二度と動かないものにしたくない。
祖父から貰ったから、というのもあるのだろうが、
この時計のデザイン、存在自体を気に入っている。

そして、この時計の影響でか、私はゼンマイ時計が好きになり、自分でもゼンマイ式の腕時計を購入したことがあった。
最近は腕時計自体をあまり身につけないこともあり、
ゼンマイを巻く機会は少ないものの、偶にしまってあるボックスを覗く。

ほこりもかぶらず、ぴかぴかの時計。

一方、先輩である置時計は、アンティークと化しながらも現役で時を刻んできた。


アンティークが好きな人もいる、
日本中探して直せない、ということはないだろう。

そう直ぐに思い直し、慌ててネットでゼンマイ式時計の修理を請け負っているお店を探した。

とあるお店では、過去に修理した時計が掲載されていたが、大きなのっぽの古時計、タイプや腕時計を修理していることが多い様子。
実際に持って行かないと分からない、ということが書いてあった。

一先ず持っていってみるしかない。


1時半で止まっている時計に目をやりながら思う、
夏の終わり。
蝉の声が、遠くに聞こえた。


~つづく~

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