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【プリズンライターズ】連載・獄中小説・獄楽/春 Vol.4

獄中小説・獄楽/春 Vol.3こちらから

 
俺は2週間の考査期間を終えた。そして幹部職員から金属工場への配役を告げられた。工場へ向かう途中、中庭に、俺の〈初陣〉を祝うかのように桜の花が満開に咲き誇っていた。
「よし、見栄もプライドも捨ててバカになってやる」俺はその桜に向かってそう誓いを立てた。

1年ともたなかった。いや、半年も、、、。最初に入った共同室は問題なかった。が、転室後が酷かった。俺より10も年下の若僧が、先輩顔して俺のやることなすことダメ出しをしてきた。
しまいには「次に同じことやったらパンをもらうからな」と言われた。
俺はその場でパンチをくれてやった。


 「終了ぉー!」観桜会が終わった。回想を断ち切るのに丁度のタイミング。、、、昼休憩、食堂のいつもの席に座っているとマサがきた。
「さっきはすいません。ヤバかったっすね」と詫びたあと、「で、ジンさん、給付金ていつ出るんですか?」だとよ。俺は聞こえよがしに溜め息をついてやった。

ユウジが横から「いつものパターンだと8月だろうな」と言った。
無感心を装っていた俺だが、遅っ!、とつい口を滑らせてしまった。
ユウジが続ける。「そういやジンさん、ここに住所を移してますよねぇ?」
質問の意図を察した俺は「めんどいなぁ、、、教えてやっから願箋もらってこいよ」そう答えた。

国民1人あたり10万円の定額給付金以後、住民票をここに移す懲役が増加した。なぜだと思う?住民税非課税世帯を対称としているからだ。
これでも分からない人はまともな人生を歩んできたんだろうな。
俺なんてすぐにピンときたぜ。おっと、、、俺は年金の免除手続きの関係で移しただけだけどな。

 懲役にも色々いる。実家で親と同居していた者や自分の家庭を持っていた者など、例えたらキリがない。同居人がいるがために給付の対称外となってしまう者がいる。そいつらがここに住所を移すとどうなるか、、、。世帯主となり、収入もないため、立派な住民税非課税世帯のできあがりだ。

「でもお前、前回の5万とか10万円はもらってなかったか?」
「もらってますよ。でも、こっちに住民票を移したら自動的に役所から申請書類が届くっしょ」俺とユウジの会話を横で聴いていたマサが、
「ジンさん、俺も移しますわ」そう言って足早に、担当台まで願箋をもらいに行った。

 工場での昼休憩はユウジとマサと一緒に過ごしていたが、1ヶ月ほど前にマサの居室に入った懲罰明けの〈東大〉が、最近俺たちの輪に加わった。
本名、川内元気、36歳。ここに務めて7年目だ。
小柄で色白、鶏ガラみたいな躰つき。名前とは真逆で、どう見ても病人としか思えないある意味ヤバイ男だ。

〈東大〉はその名の通り東大法学部出身の元弁護士。俺たちは敢えて事件の詳細は訊かない。
多分、俺たちみたいなのは稀で、普通は根掘り葉掘り、それこそ事件当時の刑事さながらに尋問される。まぁ、儀式と言ったらそれまでなんだが、デリカシーがなさすぎると、俺はそう思っている。

「中尾氏、先日、沖田の雄二さんと斎藤の真弘さんが住所をここに移してましたが、私もですね、同様に移したいので、是非とも願箋の書き方をご教示下さい」と東大に言われた。
「おいマサ、お前がこいつを連れてきたんだからよぉ、お前が面倒見ろやっ!」俺は笑いを通り越して、もう疲れるんだよ。

「昨日ねジンさん、部屋で3万円の使いみちをみんなに訊いたんですよ。そしたら中田さんが高岡早紀の写真集を買うとか言って、、、」マサの話を遮り「マジ、最近出したの?」とユウジが質した。
「いや、昔の30年ぐらい前のだよ」それで肩を落とすユウジもユウジだが、、、中田さんてまだ現役なのか?スゴッ!

「30年前の写真集なんて売ってねぇだろ、、、で、お前は何に遣う気だマサ?」と尋ねると、「今回は少ないし、お袋にでも送ってやろうかな」と乙女のようにはにかんだ。「その顔で言うか?」と俺。
するとユウジが「被害者支援団体に寄付する話はどうなったんだ?」と、、、。へぇ、初耳だぞマサ。

俺の知る限り、ここでは給付金を受給する人の1割にも満たないが〈贖罪寄付〉をしている人がいる。
それもアリだと思う。俺の場合は働いた分の作業報奨金をそうしているのだが、、、。俺は「ジンさんは何に遣う気ですか?」と水を向けられる前に「東大、お前はどうすんだ?」と話を振って逃げた。

「ジンさんよく振ってくれました。こいつね、藤あや子の写真集を買うって、、、ガハハ」とユウジとマサが大爆笑。
マジか東大、、、。「それだけじゃないんすよ。西川峰子もほしいからタイトルを教えてくれって、、、知るかっつーの!」
俺は久々に腹を抱えて笑った。ユウジよぉ、イジリすぎだぞ。ワハハハハ。

 休憩時間もそろそろ終わる、と安心するのはまだ早い。
「そういうユウジは写真集を買わねぇのか?」と俺は振った。
「もちろん買いますよ、、、とか、、、とか、、、」よしよし、その調子でマサと盛り上がってくれ。俺は嘘をつけないというか、すぐ顔に出ちゃうからなぁ、話を振られっと困るんだよねぇ、、、。

「、、、マジすかジンさん?」「えっ、何が?」「今、東大が言ってたことっす」
「悪りぃ東大、もう1回言ってくれっか」「私ね、中尾氏とはすれ違いしてましてね」
「すれ違い?」「はい、過去2回、中尾氏が工場を出たあとに私がそこに行ってましてね、、、」
おいおい、何か嫌な予感がするなぁ、、、。

「、、、で、私が入った部屋に中尾氏が前までいたと同室の人に言われまして、、、」何だよ東大、変な含み笑いをしてんじゃねぇよ。「で、中尾氏が坂道シリーズ、、、とくに乃木坂メンバーの写真集をほぼコンプリートしてると、、、」なるほどね、東大、お前そうくるんだな。よし、西川峰子は絶対教えねぇからなっ!

 こいつ、藤あや子のことを根にもっていやがんな。ってか、お前ら何でそんな冷めた目で俺を見るんだ?
「しかし懲役は相変わらず恐いなぁ、、、乃木坂は8人だけだぞ」そう反論するのが精一杯だった俺。
「ちなみにジンさん、誰と誰を買ったんですか?」何だよマサ、お前も買う気になったのか?

「元も入れると西野七瀬にまいやんに、齋藤飛鳥にさゆりんご。それから生ちゃんと与田ちゃんと、、、」って、おいおいおい、そんなに引くなよマサ、、、。でも、これだけは言わせてくれ。5期生の井上和ちゃんのを買いたいんだがな、もう出てるかどうかだけ教えてくれねぇかなぁ、、、。だって俺、まだ50代だぞ。

 どうだ、懲役ってエンジョイしてるように聴こえっか?
でもな、ションベン刑ならともかく、ロングはある意味こうじゃなきゃ壊れちまうと俺は思ってる。事実、何人か壊れてるしな。まっ、自業自得か。
賛否、、、いや、批判されんのは当然で、甘んじて受ける。だから、あんたは絶対にここに来るなよ!


―了―
ペンネーム楠 友仁


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