LGBTsは増えているのか? シンプルな回答と現実の私たち
ある出版社が「トランスヘイトに当たる」と批判された本の刊行中止を決定しました。扇動的なタイトルやキャッチコピーだけではなく、出版社や書店に勤務する30人以上の従業員から「トランスジェンダー差別助長につながる書籍刊行に関しての意見書」が提出されていたことなど、執筆者や内容についての問題が既に認識されていたことが伺えます。
さて、「近年LGBTが増加している」という意見をしばしば聞きます。ここで湧いてくる疑問がいくつかあります。「本当にLGBTsは増加しているのか?」「増えることの何が問題なのか?」このうち「本当にLGBTsは増加しているのか?」という疑問について、今回は考えてみます。
私は一応大学で心理学を専攻し、資格も持っている身なので、今でもカウンセリングや精神医学に関する本を読んで最新情報を得ることは続けています。その経験の中でのお話です。もう10年近く前になりますが、大きな書店の平積みのコーナーにこんな感じのキャッチコピーの本が数種類、陳列されていました。
「陰謀論っていつの時代にもあるんだな~。私が書店でアルバイトしていたときは『ユダヤ人の陰謀』系の本が流行ってたもんな~」と思いながら手に取ってぱらぱらとめくると、こんな文章がありました。
皆さま、いかがですか? 私の感想は大変シンプルなものでした。「現実のさまざまな状態を表現するために名前を付けて行ったら、そりゃあ診断名だけは増えるでしょう」。
19世紀末頃の精神医学では、精神疾患と言えば統合失調症とうつ病の二種類しかない、と言われていたそうです。しかしどう診察しても解釈しても、そのふたつに当てはまらない状態の人もいます。そうした人たちをどうにか説明しようとすると、病名は増えざるを得ません。
では診断名が倍増しているように精神疾患の人は倍増しているかどうか? 少し古いデータですが、精神障害者手帳を取得する方のうち、統合失調症とうつ病を含む気分障害の方がやはり半数以上を占めています。近年では平均寿命が延びることで、認知症による精神障害者手帳の取得も増えています。医師がむやみやたらに診断名を付けるわけではなく、現実を反映した内訳になっていると考えることができます。
「精神疾患の診断名は増加しているが、診断される人が増えているわけではない」。これはLGBTsについても言えることではないかと思います。「セクシュアルマイノリティはL/レズビアンとG/ゲイとB/バイセクシュアルとT/トランスジェンダーだけじゃない」と言われたりします。実際に個人を細やかに表現しようとすると、ひとつの単語では説明し切れないものです。
ある人については、例えば「レズビアン」「ゲイ」だけではなく「シスジェンダーのレズビアン」「トランスジェンダーのゲイ」と説明することができます。また「シスジェンダーでモノアモリーのバイセクシュアル女性」「シスジェンダーでポリアモリーのゲイ男性」「ノンバイナリーでモノアモリーのパンセクシュアル」「シスジェンダーでAセクシュアルのバイセクシュアル女性」、さらに細かに説明すると「シスジェンダーでモノアモリーのヘテロセクシュアルで、現在は婚姻しておらず、パートナーがいて、子どもが3人いる40代の女性」等々、無限に広がって行きます。現実の私たちはそれぞれに個性的で、誰とも異なる個別の存在だからです。
そういった現実の私たちの個性を、シンプルにまとめ続けて来たことが問題視されているのが現状ではないでしょうか? 生まれたときに女性だ、男性だと言われたら、それは一生変わらないはずだという価値観、異性を好きになるのが当たり前という価値観、女性は女性らしく、男性は男性らしくするのが当たり前という価値観、パートナーは一人でなければならないという価値観。それらの価値観が現実の多様な私たちを一定の枠に閉じ込めて来たのだとしたら、その枠を取り払ったとき私たちにたくさんの個別の説明が必要になるのは、むしろ自然です。
時代とともに、私たちは枠を打ち破る力を手に入れつつあります。知識とタフさと優しさを持って、新しい時代をしたたかに生き抜いていきたいものですね。
日々を快適に過ごすために、住まいと暮らしのアイデアを、引き続きお届けして参ります。「こんなテーマを取り上げてほしい」といったご意見がありましたら、ぜひお寄せください。
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