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「後ろ髪を引かれる」-エッセイ-

〜50音でつづるエッセイ〜
今週は「う」から始まるテーマでお送りします♪

「後ろ髪を引かれる」という言葉があります。
通常は心残りや未練があることを意味する表現です。

ところで。ふと語源というか、この言葉の生まれた背景が気になったんです。
いったい「誰」にどういう状況で「後ろ髪を引かれた」んでしょう?

最初は、背中におんぶした子どもに髪の毛を引っ張られる状況かな?と思ったんです。
保育園へ預ける時に「ママー」って泣いてる子どもに髪を引っ張られる(物理)みたいな状況を想像してみると、妙にしっくりきたので。

でも、この表現は男性も使います。
男性でも長髪の方はおられますが、引っ張るほどの長さがないことがほとんどです。
って事は、引っ張る方?

例文を見ると、恋愛シーンにおいて、片時も離れたくない恋人同士が、互いに後ろ髪を引かれる思いで一時的に別れる時の心情などにも使われると書かれている事も……。

妄想してもキリがないので、語源とか初出と思われる文献を見てみます。 

重すぎる未練を表す言葉

一番古いと思われるのは、室町時代に書かれた「道盛(みちもり)」という謡曲(能の脚本的なものの事)。
この道盛という作品は『平家物語』を典拠にしていて、作者は室町時代の井阿弥という人だそうです。
「……いや、誰?」ってなったのですが。
のちに世阿弥が改訂したと書かれていて納得!
『風姿花伝』書いた人です。
あまり能とか知らないけど、世阿弥さんの名前や風姿花伝は教科書で見たよという人、多いんじゃないでしょうか?

ええと。話が逸れました。
その井阿弥さんの「道盛」という謡曲の中で「行くも行かれぬ一の谷の、所から須磨の山の、うしろ髪ぞ引かれし」という一節があるんです。

一ノ谷の決戦前夜。通盛は妻の小宰相をこっそり呼び寄せて二人きりで別れを惜しみます。 

平家物語とかだと、その後すぐ「皆が戦の準備してる時に何を自分だけ悠長にイチャついてるのか」と弟に怒られてたりするんです。

こういうシーンを中学の授業でしてくれたら、古典の魅力ももっと伝わると思うんですけどね。

自分は明日戦で命を落とすかもしれない。 
だから最期に少しだけでも会っていたいという気持ちはそりゃ理解できます。
宮廷一の美女と呼ばれた小宰相に片想いして、3年もラブレターを送りつづけた人ですし。
道盛は清盛の甥にあたる人なので、世が世ならそれなりに幸せに出来たかもしれない女性を、戦で命を落とすかもしれないと伝えるのは苦しかったでしょう。

小宰相の方も、お腹に道盛の子を身籠っていたので、この子のためにも生き延びてと懇願したそうです。

もうそんな状況……想像しただけで辛い。
正直、ここまで重い背景をもつ言葉とは思いませんでした。

二人とも、これが最期になると分かってるだけに。
まるで後ろで髪の毛を引っ張られて前に進めず、その場を立ち去ることができないような気持ちと表現せざるを得なかったのでしょう。

未練は誰にでもある

現代では、そこまで重たい意味で使われる事はないと思います。
でも、何かに心残りがあり、諦めきれない気持ちっていうのは、やっぱり辛いものです。

頭では分かっていても、きれいサッパリと忘れるなんて難しいこともあるでしょう。
私も未だに、心残りだなぁと思うことはあります。
天職だと信じていた仕事を辞めた時は、まさに後ろ髪を引かれる思いでした。
今も正直、少し引きずっている自覚はあります。
何しろ、学生時代はその夢を叶えるための勉強をいっぱいしたし、それが全て無駄になるかと思って怖かったです。

それでも当時の辛い決断があってこそ、今があるのも事実。
今は今で別の悩みは色々ありますが。
これ以上は未練を抱えなくて済むように、今とこれからを大切にしていきたいなと思うのです。

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