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高尾歳時記 番外編:奥多摩 川苔山 2023年11月19日(日)

本日日本列島は典型的な西高東低の、冬型の気圧配置となりました。

冬型の気圧配置になると、日本列島には大陸のシベリア気団由来の寒気が吹き込みます。この寒気は日本海で水蒸気を蓄え湿った空気となり、列島中央の高山帯にぶつかって日本海側に大量の雪をもたらします。そして、乾いた空気は山を超えて吹き下ろし、太平洋側、特に関東地方は空気が乾燥した晴天になります。

今日は特にその傾向が強く、関東地方南部は早朝から雲ひとつない晴天。空気も澄んで、遠景は霞もなく、絶好の登山日和。ただし、このような日は放射冷却で気温はグッと下がります。

今日みたいな日は、稜線からの遠景が素晴らしい丹沢や雲取山が真っ先に候補として脳裏に浮かびますが、激混みになることは必至。人が少なく、紅葉が楽しめるところはないかとあれこれ検討した結果、川苔山かわのりやまに行くことにしました。

川苔山に行くなら絶対行程に組み込みたいのは、百尋ノ滝ひゃくひろのたき。百尋ノ滝へと向かう川乗谷沿いの登山道は、奥多摩では貴重なブナを主体とする落葉広葉樹の原生林が保存されており、特に春の新緑の季節と秋の紅葉の季節はえもいわれぬ美しさ。

JR奥多摩駅始発のバスに間に合うよう夜明け前に自宅を車で出発。駅前の駐車場に車を停めて、バスに乗車。本日のスタート地点である川乗橋バス停へと向かいます。

夜間の放射冷却で、出発時点の気温は1℃。寒いのですが、わかっていたので準備はバッチリ。紅葉の川乗谷へ歩みを進めます。

山行地図(注1)

川乗橋バス停(06:50)→百尋ノ滝(07:45)→川苔山(08:40)→大根ノ山ノ神(10:10)→JR鳩ノ巣駅(10:35)

川乗橋バス停でバスを降り出発。出発時点の気温は1℃。
序盤は日がさすのが遅い、山の北側を進みます。
川乗林道では、箇所箇所でカエデが色づいていました。

カエデもモミジも、同じムクロジ科カエデ属に属する同系統の植物です。葉の切れ込みが比較的深いものをモミジ(イロハモミジ、オオモミジ、ヤマモミジなど)、浅いものをカエデ(ハウチワカエデ、イタヤカエデ、カジカエデなど)と呼ぶ傾向がありますが規則性はなく、また、モミジは紅葉、カエデは黄葉するイメージがありますが、必ずしもどちらとは言えません。また、カエデは葉が分裂する種がほとんどですが、高尾山でも見かけるメグスリノキやチドリノキなど、分裂しないものもあります。

NHKはニュースなどで紅葉の情報を伝える時、具体的な樹木の種別を言うときはカエデとモミジを使い分け(「高尾山ではイロハモミジが色づき始めています」など)、それらを包含して言うときはカエデと呼ぶ(「いろは坂ではカエデの色づきがピークを迎えています」など)ことにしているようです。

林道から登山道に入ります。ブナの森が色づき始めていました。ブナの葉は黄色く色づきます。
ブナの森の緑がカエデの紅色を映すキャンバスになります。
川乗谷は、川が山を削った渓谷。
ところどころにこのような小滝があります。
支流から川乗谷に注ぐせせらぎ。黄葉に彩られてきれいです。
このあたりのブナはまだ色づきが進んでいませんが、遠景にカエデの紅色がちらり。

川乗林道から百尋ノ滝へと続く登山道では、渓谷沿いの美しい景色が堪能できます。しかし道は狭く、日本の登山道に多い、斜面にとりつけられた典型的なトラヴァース道(斜面を横切る道)が続きます。

登山の基礎のひとつに、「山側やまがわを歩く」というのがあります。普段街で舗装された歩道を歩いているとき、道の端がよもや崩れるなどということは考えもしないと思います。しかるに登山道では、谷側たにがわの端はいとも簡単に崩れてしまいます。むしろ、足を乗せたらほぼ必ず崩れるものと理解しなくてはいけません。これが滑落を引き起こします。

川苔山の登山道は、場所によっては谷側が垂直に切り立った崖になっていて、そこから落ちたら命はありません。先週この山域で、60代の女性が谷に50m滑落して死亡する事故が起きました。

日本の登山道の大半は尾根道と、写真のような山の斜面に取り付けたトラヴァース道。トラヴァース道では、安全確保のため手をつき身を委ねることができる山側と、道が崩れやすく空間があき危険な谷側を常に意識して、必ず山側を歩く。

このようなところですれ違いや追い越しをするとき、道を譲るほうは必ず山側に身を寄せ、譲られるほうは接触に気を付けながらもできるだけ山側に近いところを通って安全を確保しなければなりません。山では皆背中に大きな荷物を背負っているので、自分の体積がいつもより大きくなることも、接触の危険を増すので(ザックをどこかにぶつけて、もんどり打って谷側に寄せられぬよう)注意します。

このように、トラヴァース道では安全確保のため、自分から見てどちらが山側でどちらが谷側かを常に意識して歩くことが求められます。山ではいろいろな人たちに出逢いますが、すれ違いの時に、谷側につつつと身を寄せていってしまうひとが、実に多くいます。登山を全く知らないひとたちです。どうやら、人間は何も考えていないと、空間の広い方(谷側)に無意識に行ってしまうようです。滑落は峻険な岩場で起こるものと考えるひとが多いのですが、こういうトラヴァース道の谷側で足を乗せたところが崩れ、落っこちるケースが大半です。高尾山のような、皆が易しい山と考えているところでも、谷側を踏み抜いて谷に落っこちたひとを、6号路でこれまでに3回目撃しています。

すれ違いや追い越しの際に必ずするのが声がけです。山であいさつをする理由を「マナーだから」や「遭難時の救助に有益な追加情報として、すれ違うひとに覚えてもらうため」などと言うひとがいますが、これも登山を全く知らないひとたちです。山ではかならず声がけをして、お互いの安全を確認しながら道を譲り合わないといけないのですが、そのきっかけを作るのがあいさつです。分別ある大人であれば、知らない人に話しかけるときは、まず自分からきちんとあいさつをするのは常識ですよね。話しかけられるほうも、山ではこのように声がけされることを理解していないといけません。

あいさつにはほかに、人気ひとけのない山深いところで登山道や天気、山の状況の最新情報を交換し合うきっかけを作る意味もありますが、これもお互いの安全のためです。北アルプス薬師岳の稜線上で追い越しをさせてもらった登山者に山小屋の到着が遅れることを伝えてほしいと頼まれて、その日の行程途中にあった山小屋に立ち寄って伝言したこともありますし、穂高槍ヶ岳連峰の稜線上の尾根道が地震で崩落し、その崩落箇所で声がけをしあった登山者らと、お互いの安全と判断を確認するため情報交換をしながら迂回路を同行したこともあります。

もちろん、何もなくても朗らかにあいさつを交わすことは気持ちのいいものですので、山を楽しむ同志として、道中の安全を祈って、多忙のおり山に来られたことを祝って、そして今日の好天に感謝して、明るくあいさつするということはわたくしも含めて登山を嗜む多くの愛好家がしていることです。このように普段からあたりまえのようにあいさつしていれば、本当に必要な時でもみなさん自然な振る舞いになります。そもそもの意味がわかっていないひと、付け焼き刃はすぐにバレます。あいさつのあとの会話が成り立ちませんので。

山道では少なからず、無言で目も合わさずにすれ違ったり、黙って後ろから脇をすり抜けたりするとんでもない輩がいます。それで自分が落っこちるのならまだ自業自得ですが(助けなけばならなくなる周りは大迷惑ですが)、それで接触し、相手を落っことして死に至らすようなことがあったら、加害者として自分の人生が台無しになるぐらいの結果が待っているということを、どうぞご覚悟ください。特に高尾山は、山をよく知っているひとならばこちらから安全への配慮をすべき観光客やお年寄りが、自然を楽しみに大勢訪れます。

繰り返しになりますが、山のあいさつはマナーや助けてもらうためなどとかいう意味不明の話ではなく、危険の多い日本の山岳で先人たちが脈々と築いてきた安全確保の仕組みのひとつです。山でコミュニケーションを取れないひとは、山に来てはいけません。

ブナの葉の緑にカエデの紅がグラデーションを加え、彩を添えます。
美しい渓谷。
そして本日のハイライトのひとつ、百尋ノ滝ひゃくひろのたきに到着。
滝の落差は40mほどで、迫力があります。春の新緑、水量が増え迫力が増す夏、紅葉の秋、そして冬の氷瀑と、四季を通じて楽しむことができる奥多摩屈指の名瀑です。
紅葉に彩られた美しい百尋ノ滝で思う存分写真をとって、心が満たされました。
いざ、川苔山山頂を目指します。
日が登ってきました。
朝日がトレイルを明るく照らします。
あと少しで川苔山山頂。空は抜けるような青空。
稜線上は陽がさんさんとふりそそぎ、あたたかく気持ちがいい。
川苔山山頂に到着。
遠景に雄大な石尾根の稜線。
そして富士山!空は霞なく、クリスタルクリア。
やっぱ富士山が見えると嬉しくなっちゃいます。
ご機嫌で、JR鳩ノ巣駅に向かって下山します。
檜林で空を見上げてパチリ。
途中振り返って、秋色になった川苔山を撮影。
お花はほとんど終わっていました。ヤブミョウガの実。
トネアザミが残っていてくれました。
フユイチゴの実がなっていました。
JR鳩ノ巣駅にゴール。素晴らしい登山日和で、今日も楽しかった。

(注1)《国土地理院コンテンツ利用規約に基づく表示》

出典:国土地理院ウェブサイト(地理院地図:電子国土Web)
GPSデータに基づく軌跡を描線。

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