私にはわかりません 下①
スマートフォンの電源を押すと、たやすく明るくなった
パスワード設定もされていない
そして、意外さで手が止まった
たくさんのアプリが並んでいると予想していたが、裏切られた
LINEさえ無い
あるのは、真っ暗な背景に浮かぶ写真のファイルのみ
なんだ?
死ぬ間際だから整理したのか?
ファイルを開くことをほんの少しためらい……指を乗せた
開いたファイルには1枚の写真
まるでロッジのような、明るい木造の壁に、男が立っている
上半身は裸だ
腹から下は映されていない
他には何もない
蛍光灯でも点いているのか、肌がやたらに蒼白い
気味が悪い
男は下を見ていて、表情がひとつもわからない
僕はあることに気づき
スマートフォンを握る手に、力が入った
え?
いや、なんで?
この写真は動画じゃない
ない筈なのに…
画面の右側に、さっきまで無かった黒い半円がある
なんだこれは
急に飛び出したような半円…
思った瞬間に半円がじりっと男に近づく
それが、頭だと気づいたのは動く一瞬手前だった
写真画面の前よりに居るらしく頭の上部しか映らないが、髪の毛独特の光の反射がある
背の低い子供?らしき頭の上部がじりっじりっと男に僅かずつ近づく
あ…瞬き?
僕が瞬きをする度に、この黒い半円が男に近づく
その事に気づき、瞬きをやめるとやはり半円は近づくのを止めた
だがずっと瞬きを止めることは不可能だ
人智を越えた現象
嫌な予感で背筋に冷たい汗が伝う
スマートフォンの電源を落とそうとするも、まったく変わらない画面
見ないようにしよう、と目を逸らすも逆らえない好奇心と恐怖で写真を見つめてしまう
と、とうとう半円は男の真正面に移動した
ドッという唐突な衝撃音
何かが振り上げられたような動きに合わせて
半円が小刻みに揺れた
明るい茶色の木造の壁が、あり得ない量の血飛沫に彩られる
ず……ずず……とうつむいたままの男が座り込んでいく
と、男が画面から消えた
あるのは血飛沫を背景にした、微動だにしない半円の頭
半円が動く
振り返って、こちらを見ている
顔は相変わらず見えないが、強烈な視線を感じる
瞬きをする度に、こちら側に近づいてくる…
大きくなっていく黒い半円
このままではやばい
余りの衝撃に固まったままの手のひらを思い切り振り離した
スマートフォンが、リビングの片隅に飛んでいく
なんだ
あれはなんだ……写真が動いた?
血飛沫……殺人?
混乱する頭を落ち着かせたい
今、見たばかりの禍々しい映像の説明が欲しい
とりあえずこの部屋には居たくない
自分を落ち着かせる為にも、コンビニでも逃げよう
1人は嫌だ
僕は取るもとりあえず財布を掴み、リビングの扉を開けた