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大切な人が大切なことを失う寸前で気づく馬鹿者たち

枕がいつもと違う位置になっていた。それが一番の原因ではないけれど、光が部屋の中に差す前に、目が覚めた。ごく自然に天井のタバコのヤニの端切れの悪さが視界に飛び込んできたので、すぐに視線を窓に向ける。今日の天気はどうやらずっと雨になりそうだと思い、それだけで気分が落ちた。

昨夜、彼女を抱いた。少し乱暴だったかもしれない。いや、乱暴という言葉を当てはめるほどのことでもないかもしれない。けれど、僕の心は少し傷んでいたし、現に彼女は少し怖くなったのか、嫌になったのか、もうベッドにはいなかった。ワンルームの部屋の中には、もうその気配すらない。あるのは、無造作に投げ捨てられたコンドームの袋。それだけが、昨夜の彼女との時間を教えてくれた。

枕のせいか、天井のせいか、天気のせいか、はたまた気持ちのせいか、それとも彼女を乱暴に抱いてしまったせいか、しわくちゃのベッドから体を起こすだけで、なんだかとても不愉快な気分になる。

ベッドの脇の落ちかけたシーツを右手でグッと掴み、それで少し鬱憤を晴らすつもりが、もっと自分のだらしなさを強めただけだった。シーツから手を離し、カサカサの額に手を当てる。何もかもが、うまくいっていない、そう思った。

自分じゃなくて、他の誰かにのせいにしたい、そんな気分が昨日から続いている。人によってはそれほど大したことでもないのだろうけど、僕はあれから、ナマコを丸呑みした感覚がずっと胸の中で続いている。

それでもこうして、何事もなかったかのように、朝が来たことに、無性に腹が立っていた。

誰も僕のことをわかってはくれていない。この世界が、何よりも誰よりも自分中心で進んでほしいと思い、すぐに馬鹿らしくなった。

なんで自分はいつもこうなんだろう。どうしてもっとうまくシンプルに考えられないのだろう。

人生というものを1+1=2のような回答で進めていけばいいだけなのに、どうしても1+1=2億という答えを導き出そうとして失敗して、またやってしまったと嘆き、最後には誰かのせいにして、誰かに強く当たって、自分のことをあくまでも健全だと思いこもうとする。このままじゃダメだと思っても、反省を一通り終えると、明日にはまた同じことをする人種だ。

今日だけはどうか変わってくれと、自分を鼓舞しようとしているができない。気持ちは自分でコントロールするしかないのもわかっているけれど、僕にはそこまでのアイデンティさえないのかもしれない、そう思い込むほうが楽だと思っているのかもしれない。ひどく哀れな自分を楽しんでいるだけかもしれない。感情のままに生きることが正義だと思ってはいるけれど、本当はもっと感情をコントロールしなければならないことも分かっている。

企画会議のプロジェクトの時、自分のアイデアを同僚に否定されたことが、なぜ許せなかったのか。自分でもわからない。気づいたら、刑事ドラマでよく見かける、ドアを蹴破った時の音と全く同じくらいの勢いで会議室のドアを締めていた。

ベッドからようやく立ち上がった時、ちょうど彼女が玄関から入ってくるのが見えた。

「あっ、起きたね。君の大好きなメロンパン買ってきたから食べようよ」

彼女の優しい声は、いつものままだった。

大切なものは失う寸前で気づく

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ラストは、火花の時と同じように、めちゃくちゃ泣いた。今年の夏の公開の映画「劇場」が楽しみだ。

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