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「アトマイザー」the 3rd spoon_UNI

文学ユニット「るるるるん」によるツイッター400字小説『3spoons』第四回テーマ ”アトマイザー“

「自由に出かけられるようになったら、どこに行きたい?」
「渋谷の交差点をちょっと行ったところ、ラッシュの角を曲がったコーヒー屋。日本語より外国語があふれて世界がごちゃまぜのあの店の空気を吸ったコーヒーを、アトマイザーに入れる」
シュッとわたしに噴きつける真似をする。
「そんなところに行ってたとはね」
「心配するほど深いところまで行ってない、14歳の行動範囲内」
未来のことを訊ねたのに彼女は過去を懐かしむ。未来と過去をばさりと切断してしまうことはできないということを、わたしは反芻する。
「ねぇ、ぎゅっとしてくれないかな」
彼女はティーンらしく無表情にわたしを抱きしめる。その腕は細くて硬くて安いレモンの香りがする。
わたしの胸骨のくぼみがぐっと縮まったとき、彼女はアトマイザーに帰っていった。またねと呟き、冷蔵庫へそれを戻す。
柑橘の合成香料は冷やされて孵化することなく、過去と今と未来をアトマイザーの中で紡いでいく。


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