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「フルーツ牛乳」the 1st spoon_かとうひろみ

文芸ユニット「るるるるん」によるツイッター400字小説『3spoons』第三回テーマ ”フルーツ牛乳“

風呂上がり、猛烈にフルーツ牛乳が飲みたいと思った。子供の頃、銭湯に行くと飲ませてもらえた。「これがフルーツだ」とゴリ押しするような人工的な味と薄黄色が、風呂上がりで清潔になった体の奥に落とし込まれていくのが子供心に嬉しく、隣でコーヒー牛乳を飲む弟を、軽蔑に似た気持ちで横目で眺めたのを思い出す。

一度飲みたいと思うともうだめで、まだ湿度を孕んで汗の玉さえ浮く肌に部屋着を引っかけ、コンビニへ走った。コンビニの入り口の殺虫灯で、蛾がパチッとはじけて目の前に落ちてきたのを手で払い、乳製品が並ぶ棚を探すがフルーツ牛乳はない。コーヒー牛乳は三種類もあるのに。そういえばコンビニでフルーツ牛乳を見かけたことはない。

翌日になってもフルーツ牛乳熱は収まらず、会社帰りにスーパーに寄るがここにもない。一般的な小売店でフルーツ牛乳を見たことなんてないのではないか。そのことに唐突に気が付く。

ならばと、銭湯に行くことにした。風呂上がりのあののど越しを想像して、渇きを煽るために長湯をする。髪を適当に乾かして、体重計の横の冷蔵庫におもむろに近づくと、ない。牛乳とコーヒー牛乳とビールがあるばかりである。茫然とした。フルーツ牛乳が飲みたくてたまらない。あのヒンヤリした瓶の縁にくちびるをつけたい。渇きがじりじりと全身に広がっていく。

私は急いで家に帰り、退職願を書いた。フルーツ牛乳がある場所で生きたいのだと、本当の理由は書かなかった。

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