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アーティストの考えるバリアフリー−岡田利規インタビュー

演劇は誰に向けて上演されているのか。チェルフィッチュ×金氏徹平『消しゴム山』東京公演では<みんなで行こう「消しゴム山」>として、より多くの人に観劇体験を届けるための様々な企画が実施される。取り組みの一つ、会場で貸し出される「エクストラ音声ガイド」では、従来の音声ガイドのように視覚情報を補うかたちではない、新しい音声ガイドのあり方が提案されている。アーティストの考えるバリアフリーとは。作・演出の岡田利規に聞いた。

岡田  いわゆるバリアフリーと言うときの「バリア」という言葉は、多くの場合、視覚であったり聴覚であったりに関わる障害のことを指しています。でも、劇場というのは空間だから、その空間に身を置くということは、視覚的な何かや聴覚的な何かを受け取ることとは別のものとしてある。今回、バリアフリーの取り組みをするにあたっては、それは特に大事にしたいと思いました。
そこにいなければ手に入れられない、空間に身を置いて得られる情報というのがありますよね。たとえば、どういう大きさの劇場なのか。自分がいる客席は舞台からどのくらいの距離があるのか。そういうことも、たとえば舞台上にどういうセットがあるかとか、今どういう音楽が流れているかとかに引けをとらない重要なことだと思いたいということです。
そうすると、上演中に視覚や聴覚で与えられている情報を別のやり方で補完するというのとは違うやり方でバリアフリーを実現するということになる。たとえば視覚で得られるものが得られなくてもいいと思っているわけではないんだけど、見えていないと手に入れられないものを、たとえば言葉で補完するということがしっくりこないんです。
そもそも、今問題にしている「バリア」以前に、自分が伝えようとしているものが届かないということは他にも山ほどある。つまり「わからない」と思われる、いうことですけど、それって当たり前のこととしてあります。だから、バリアというものを除去するべきものとして考えるということが、僕にとってはよくわからないところもあるんです。だって全然除去できないしバリアって。
もちろん、ハード的な面ではこれまでも字幕をつけるとかそういうことはしてきましたし、今回も公演全体としてはバリアフリーを実現するための様々な取り組みを実施しています。でも、僕が担当するのはソフト的な面なので。

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『消しゴム山』初演でのタッチツアーの様子
初演では視覚障害当事者や親子などを中心に、開演前にセノグラフィー金氏徹平の案内で舞台に上がって舞台セットなどを見たり触ったりできるタッチツアーを開催した。

▼世界を成立させている条件に目を向ける

——  今回、ソフト面でのバリアフリーの試みとして「エクストラ音声ガイド」が導入されていますが、具体的にはどのようなものになるのでしょうか。

岡田  エクストラ音声ガイドの貸し出しのサービスを受けると、僕が新たに書き下ろした「山がつぶやいている」というテキストを俳優が読み上げたものを聞くことができます。
何が「エクストラ」かというと、それ以外の上演の構成要素では語られていないものを音声によって付け加えているんですよね。イメージとしては、舞台上で行なわれたりそこで語られることだったりの、もう一回り大きいところに実はぐるりと何かがあって、でもそれは上演ではフィーチャーされていない。そこに該当するようなものなのかな。
舞台上には現れていないけど、ある上演が行なわれているその条件、背景、環境みたいなもの。そこに上演というものが置かれて、普段はその部分だけを作品として体験するというか、認識するわけじゃないですか。でもそのときにそれを成立させている条件、たとえば地面みたいな、そういうものへと認識を促すということをやっています。

劇場という空間に身を置くこと。人間を取り巻く環境へと目を向けること。音声を通じて上演の背景へと観客の認識を促す「エクストラ音声」の試みは、舞台芸術の鑑賞体験のあり方や「消しゴム」シリーズのコンセプトとも共鳴している。

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コネリングスタディ「チェルフィッチュと一緒に半透明になってみよう」ワークショップの様子

——  『消しゴム山』初演の際には、コネリング・スタディとして子供たちとのワークショップも実施していました。このような取り組みもバリアフリーの一環として捉えることができるのではないかと思います。

岡田  子供たちとのワークショップは完全にクリエーションのためのものだったんですよね。英会話を上達するためにネイティブの人と話そう、というのとほぼ完全に同じノリで、モノと俳優とがどのように関係を持つかということを模索するために子供たちとのワークショップはやりました。だから、『消しゴム山』という作品が目指すコンセプトみたいなものに、子供たちとやったワークショップというのは深く結びついている。
バリアフリーということについて、僕は今すごくつかみどころのない言い方をしてると思うんですけど、それは『消しゴム山』という作品が目指そうとしているものとバリアフリーということが、上っ面じゃなくてものすごく深いところで結びついているからなんです。バリアフリー化するためにはこれをやればいいというふうに、作品と分けて、割り切って考えられるものではない。バリアフリーということを考えるのであればそれを作品の上にポンと乗せる感じじゃなくて、本質的なところに、できるだけ深い下の方に入れていきたい。
そうやって考えることありきでこれから先はものを作っていかないといけなくなる気がするんですよね。たとえば海外で公演をするようになる前、僕が観客として想定していたのは当然日本人でした。日本語が理解できるということだけじゃなくて、その社会がどういう社会かということも全部共有できる人たちが観客だった。でも海外で公演をするようになると、日本語がわからないのはもちろんのこと、日本がどういう社会なのかもわからない観客がいる。そういう人たちが含まれてるものとしての観客をイメージするように変わった。バリアフリーということに関してもそういう変化がこの先起こるだろうなということは自分に期待しています。

初演を見て
消しゴム山を、視覚を全く使わずに全編鑑賞した印象は、独白中心のラジオドラマを聴いているようなものでした。
そして、独白のようなセリフによって進められる劇と、舞台上に置かれた、雑多なものたちとの関連性を感じ取ることは、かなり困難なように感じられました。
けれども、終演後には、「ぼくらが日常生活や社会生活の中で、追われたり束縛されたりしている、短いスパンの時間とは、比べ物にならないような長いスパンの時間の経過の中で、少しずつ起こっている、ものの変化には、ぼくたちはなかなか気づくことができない。そして、その変化に気がついたときには、もう取り返しがつかないことになっているのかもしれない。」といった趣旨の、本質的で重いメッセージを、しっかりと受け取ることができたように思われました。
今回の東京公演では、エクストラ音声ガイドが提供されるとのこと、そのガイドを聴くことで、本作品の背景にあるだろう、人・物・事・状況等に、鑑賞者が少しでも近づくことができるのであれば、視覚情報を補うものとしての、音声ガイドのあり方には、さほどこだわる必要がないのかもしれません。
山川秀樹(視覚障害当事者)

▼2021年の東京での公演に向けて

——  『消しゴム山』で劇場からスタートした「消しゴム」シリーズは、美術館での『消しゴム森』、俳優の生活空間での『消しゴム畑』へと展開してきました。

岡田  『消しゴム山』と『消しゴム森』では、劇場や美術館というそれぞれに固有の文脈を持つ場所で、消しゴム的なものを実現したり、提示したりしてきました。でも劇場や美術館というのは日常的な場所ではない。人は劇場や美術館に住んでいるわけじゃないので、そこを出たら自分たちの日常がある。そういう意味で、劇場や美術館はやっぱり別世界だと思うんです。そうすると、その非日常的な場所で体験した何かを日常に持って帰るときに、その持ち帰るものというのは、ナフタリンみたいにすぐに揮発して目減りしていってしまう。ともすれば、あれは非日常の世界で、みたいになってしまうのを、どうやってできるだけごそっと持ち帰ってそのままゴロンとさせておけるかということが、すごく重要。
うまく持ち帰れたときは、すごいお宝を盗んでこれたという感じで、してやったと思うわけですよ。それは作り手というよりも、受け取る者として言ってますけど。でもそれはすごく難しい。どうしたらそういう「お宝」を日常に持ってこれるだろうって考えて、だったら最初から日常空間である家の中でやったらそれができるんじゃないかということで作ったのが『消しゴム畑』なんです。それがたまたま、ステイホームの、家を出られない状況とも合致した、都合がよかったということはあったんですけど。

——  「消しゴム」シリーズを経ての『消しゴム山』東京公演に期待することはありますか。

岡田  『消しゴム山』という作品について言えば、今回の再演で上演の段取りが初演から大きく変わるということはないです。もちろん、『消しゴム森』や『消しゴム畑』、『消しゴム山』ニューヨーク公演を経て、俳優は作品のコンセプトをより自分の腑に落ちるかたちで血肉化していて、確実にステージを上げていっている。それは僕にとってもすごく面白い。でも、作品自体が大きく変わっているわけではない。
一方で、作品やお客さん、作り手である我々や社会が置かれてる状況は大きく変わっています。作品を再演するときはいつもそうですけど、それによって作品の受け取られ方がどう変わるのかということは楽しみにしています。
『消しゴム山』を作るそもそものきっかけになったのが、東日本大震災で津波の被害にあった岩手県陸前高田市で復興の工事を見たときに覚えた違和感だったんです。人間の尺度に基づいたプロジェクトがそこでは行なわれている。でも津波というのはそういうことを全然考慮しないでやってくるわけです。今の新型コロナウイルスの感染拡大の状況にも似たところはあって、巨大な存在が迫りきて、この先どうなるかわからない状況で、それでも我々は先の計画を立てている。
そういう状況に対して、唯一絶対的な捉え方というのはありません。解釈と言ってもいいですけど、それぞれ自分なりの、あるいはたとえば政府としての解釈をするわけです。解釈なしで、状況そのものと向き合うということは多分できないので、たとえば神の怒りだ、みたいなかたちで何らかの解釈をする。『消しゴム山』という作品を2021年の2月に見るということは、そういう、自分が経験したこととそれに与える解釈、あるいは解釈なしでいられないこと自体に対するフィードバックやクエスチョンマークになる可能性はあるのではないかと思っています。

取材・文:山﨑健太


公演でのバリアフリーの取り組みについて

本公演はお子様連れのご家族や、障害のある方などなかなか劇場に足を運びづらいと感じている方にも観劇体験を届けるための様々な企画をご用意してお待ちしています。みんなで新たな観劇体験をしてみませんか?

鑑賞マナーハードル低めの回
実施回:2/13(土)12:00
客席でジッと静かに座っていることは観劇の基本的なマナー。でもそれが観劇のためのハードルに感じられてしまうこともあります。「子供がおしゃべりしちゃうかも」「障害があって上演中に休憩したくなるかも」など、演劇は観たいけど心配なことがあるという方にも気兼ねなくご観劇いただくために、この回の客席では鑑賞マナーを少しだけゆるくすることにしました。

※鑑賞マナーハードル低めの回でのみ実施
・手話通訳あり
ロビー開場中、劇場受付・ロビーに手話通訳者を配置しております。
・東池袋駅までのお迎え
車椅子でお越しの方や視覚障害をお持ちの方など駅から劇場までにお手伝いが必要な方へ
鑑賞マナーハードル低めの回では東池袋駅までのお迎えを実施いたします。

エクストラ音声ガイド貸出
通常回上演の構成要素に、ナレーション音声(作・演出:岡田利規の書き下ろしテキストを読み上げたもの)が重なる骨伝導イヤホンの貸出を行います。上演と合わせて聞くことで、エクストラな『消しゴム山』が姿を現します。
(数量限定・当日劇場受付にて希望者にのみ貸出・視覚障害の方優先)

チェルフィッチュ×金氏徹平『消しゴム山』東京公演
2021年2月11日(木)〜2月14日(日)
2/11(木) 17:00
2/12(金) 12:00/ 17:00
2/13(土) 12:00★/ 17:00☆
2/14(日) 14:00☆
★:鑑賞マナーハードル低めの回、☆:ライブ配信あり
会場:あうるすぽっと【豊島芸術交流センター】
特設サイト:https://www.keshigomu.online
音声読み上げ対応のテキストページ:https://www.keshigomu.online/uncategorized/text

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