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チェルフィッチュ×金氏徹平『消しゴム山』タッチツアーレポート

舞台鑑賞の前に"触る"、"感じる"、タッチツアー

人間中心的な世界観から離陸してモノの演劇に向かっていくというコンセプトのもと、チェルフィッチュと美術家・金氏徹平がコラボレーションし、2019年10月に京都にて世界初演された『消しゴム山』。その公演二日目の正午ごろ、劇場ロビーに人が集まりはじめました。その数、おおよそ20名ほど。友達と一緒に来た子どもの笑い声がロビーに響いています。中には白杖を持った目の不自由な方もいらっしゃいます。

それにしても、14時からの公演のために来るにしては少し早すぎる時間なのでは…? と思いきや、この方々は、開演前に行われる「タッチツアー」の参加者。タッチツアーとは、日本ではまだあまりなじみがありませんが、子どもや視覚障害のある方などを主な対象として、上演だけでは伝わりづらい作品の情報を、参加者に提供する取り組みです。チェルフィッチュの公演としても初めて実施したタッチツアーの様子を、『消しゴム山』に演出助手として参加した和田ながらがレポートします。

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▲ロビーに集まるタッチツアー参加者たち。真面目に説明を聞く大人たちに反して、子供たちは別のことに夢中。

参加者が全員集まったところで、スタッフの誘導で劇場内に。舞台上には、舞台美術が開演時とほとんど同じように準備されています。参加者はまず客席に座り、金氏さんと『消しゴム山』のアソシエイト・プロデューサーである田中みゆきさんから、作品全体についての話を聞きます。

「人間に向かっていないお芝居を観客に見せる、という、まるでとんちのようなコンセプトをどう実現化するのか苦心しました。モノとの関わり方を探っている作品です。人間的な時間の尺度では動いていないように思えるモノも、千年ぐらいの単位ではもしかしたら動いているのかもしれない。そういったモノに対して、どんな言葉やアクションを投げかけたらよいのかを考えてきました。」と金氏さん。

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▲田中みゆきさんと金氏徹平さんによる解説の様子。


一通り説明が終わったら、参加者が舞台に上がって、舞台美術を実際に触ってみることに。視覚障害のある方には、スタッフが付き添いながら、モノの置かれている状況や大きさ、感触をひとつずつ確かめていきます。運動会で使うような大玉、青い液体が入ったボトル、猫の写真がプリントされているパネル…。金氏さんや立ち会っている舞台スタッフが参加者の質問に応じます。
子どもたちはやっぱり好奇心旺盛。「あ!テニスボールだ!」「あれ、水が出てる!」と、いろんなモノをどんどん発見していきます。「俳優と同じように舞台上から客席を見るのも面白い」とつぶやく大人の方も。

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▲視覚障害のある方とスタッフが一緒に舞台上をまわる様子。会話と手の感触、においなどで全体像を探っていきます。

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▲筒の中に興味津々な様子。子どもたちは躊躇なく興味を持ったものに触り、においを嗅ぎまわります。

無言で進行する劇中のとあるシーンについて、どういったことがどんなルールで行われるのか、また、そのシーンで映像がどのように活躍しているのか、解説がありました。視覚障害のある方も参加されるタッチツアーでは、台詞や音響では示されないことをなるべく具体的な言葉にして伝えます。こういったアナウンスは、目が見える人にとっても、「自分とは異なるチャンネルで作品を受け取っている人がいるんだ」という発見に繋がっていくだろうと感じました。

そうしてあっという間に予定していた30分が経過。タッチツアーは終了し、参加者は劇場を退出。劇場内は開演に向けての準備に入っていきました。

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▲舞台上にあるモノで何が起こるのかを説明する金氏徹平さん


ツアー後、何人かの参加者の方にお話をうかがいました。
お子さんが楽しんでくれた、という保護者の方からは「作家の狙いを理解するきっかけにもなり、今後も同じような取り組みがあれば子どもと一緒に参加したい」との声。また、別のお子さん連れのご家族は「SNSで情報を見かけて、子どもも一緒に参加できるというのが後押しになり、申し込みました。観劇前に舞台に上がったり、美術に触ったりできるのは新鮮な体験。今は、本番をどの席から見ようか悩んでいます」と笑顔でお話しいただきました。

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▲大人も子供も、舞台上にある見慣れたような見慣れないようなモノに夢中。

全盲の参加者の方からは、「モノに触ることで、言葉だけでは伝わりづらい空間の迫力がわかった。舞台の右手側に(運動会で使う)大玉があります、と言われるだけよりも、実際に置いてある大玉を触ってみると、これだけ大きいものがあるんだ、という規模感をとらえることができる」「短時間で理解するのはもちろん難しいのだけれども、仮に上演に音声ガイドがあったとしてもわからないことを今回のタッチツアーでは知ることができた。」とコメントをいただきました。
他にも、「舞台に立ってみることではじめて、舞台上の噴水や扇風機などが出している音の存在を感じることができた」など、音から舞台上の空間を立体的に感じられた、というご感想も。

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▲舞台上を歩きまわりながら、空間の広さやモノの多さを把握していく、視覚障害のある方々。


『消しゴム山』で試みる、観客の多様性とクリエイション

観客の間口を広げる取り組みとして『消しゴム山』では他にも、耳の聞こえない/聞こえづらい方にも作品を楽しんでいただけるように、日本語字幕を付けて上演を行われました。海外からの観客も訪れる国際舞台芸術祭のプログラムだったため日本語での上演に英語字幕があるのはあまり不思議ではないのですが、さらに日本語の字幕がついているということは、多くの観客にとって珍しい体験だったのではないでしょうか。

また、一般的な演劇の字幕は台詞のみが投影されますが、今回は、音響の操作によって聞こえる音(そして、その音が消えるタイミング)も、字幕の中に含まれています。耳が聞こえている人にとっては、わざわざ言葉にするまでもない、不要な情報かもしれません。でも、その情報を必要とする人も自分と同じように観客席に座っているのだ、と感じることは、耳の聞こえている人にとって大切な気付きのように思います。

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▲スクリーンには日本語と英語の字幕が表示されている。
(撮影:守屋友樹 提供:KYOTO EXPERIMENT事務局)

上記の通り、タッチツアーと日本語字幕は公演における取り組みですが、『消しゴム山』では、そのクリエイションの過程でも、障害のある方や子どもの力を借りて作品の可能性を広げてきました。8月上旬には、視覚から離れてモノを考えるエクササイズとして、「視覚障害者とつくる美術鑑賞ワークショップ(https://www.facebook.com/kanshows/)」代表の林建太さんにご協力いただき、作品鑑賞ワークショップを非公開で行いました。「異なる知覚の世界を持っている人との異文化交流のようだった」とは、俳優と一緒にワークショップを受けたチェルフィッチュ・岡田利規さんの言葉。『消しゴム山』が作り手側の世界観の更新を必要とするラディカルな作品だったことと、この体験が結びつき、実際のシーンづくりにも反映されました。

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▲写真や絵を見ながら視覚障害のある方に言葉で説明を試みるチェルフィッチュのメンバー

そして、8月末に行われた山吹ファクトリー主催のCONNELING STUDY(コネリング・スタディ)企画第一弾「チェルフィッチュといっしょに半透明になってみよう」では、今回のクリエイションにおいて重要なキーワードとなった「半透明化」という方法論を、子どもたちといっしょに探りました。モノに対する子どもたちの自由度と瞬発力の高さにはチーム全体が刺激を受け、作品の中で俳優がモノと関わる時のヒントとなっています。

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▲コネリング・スタディにて「半透明化」を試みる子供たち。
コネリング・スタディについてのnoteはこちらから!https://note.com/precog/n/n548a254887f2


「人間の人間による人間のための演劇というのから
さらに先へとその描く対象の梢、機能の梢を伸ばした演劇」

これは、岡田さんが『消しゴム山』のクリエイションに臨むにあたって書かれたコメントを締めくくる一文です。この「梢」は、作品の内側で育っていくのと同時に、作品の外側に向かっても伸びやかだったように思います。成人の健常者を観客と想定し、その幅の分だけの入り口を用意する従来の演劇公演のかたちから、子どもや、目の見えない方、耳の聞こえない方たちも、さまざまな方向から入場できるフラットな広がりをめざすこと。
私自身も現場に立ち会いながら、これまでの価値観がほぐれ、視野が拡張していくのを実感しました。観客に向けた取り組みでありながら、作り手サイドへのフィードバックとしても、貴重で豊かなものがあったように思います。
タッチツアー、日本語字幕、ワークショップ…。『消しゴム山』という作品と共鳴しながら行われたいくつかの実践が、この作品のみに留まることなく、またさらにその梢を伸ばしていくことを期待しています。

文:和田ながら
協力:コネリング・スタディ/山吹ファクトリー

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