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演劇の二次創作はもっとあっていい。未来のクリエーションのために、アーカイブはどうあるべき?

演劇は、上演期間が終わってしまうと形として残らない。もちろん上演DVDなどはあるけれど、創作者、スタッフの思想や、舞台ならではの熱量を伝えることは、なかなかできない。

演劇作品を豊かにアーカイブすることはできないのだろうか? そんな思いで制作されたのが、『プラータナー:憑依のポートレート』の公式ガイドブック、『憑依のバンコク オレンジブック』(著=ウティット・ヘーマムーン+岡田利規、2019、白水社)だ。

そこで今回は、公演のセノグラフィーアシスタント・映像と公式ガイドブックのアートディレクション・写真を担当した松見拓也さん、東京都写真美術館の学芸員であり「恵比寿映像祭」のキュレーターでもある田坂博子さん、precog代表の中村茜が、「演劇作品をアーカイブすること」について話し合った。

「アーカイブ」が芽を出し花を咲かせ、いつかの未来のクリエーションにつながるために必要なこととは──。

演劇作品を、豊かにアーカイブしたい


中村:
今回、『プラータナー』の上演に先駆けて、この本を作りました。

田坂:一足お先に拝読しました。まだ舞台は観れていないんですが、この本を読むだけで「もう舞台観なくてもいいんじゃない……?」って思ってしまうほど、内容が濃くて面白かった。

田坂 博子
東京都写真美術館学芸員/現在、2020年2月開催予定の第12回恵比寿映像祭をディレクターとして準備中。主な企画に「映像をめぐる冒険vol.5 記録は可能か。」(2012-13 年)、「高谷史郎 明るい部屋」(2013-14 年) 、「アピチャッポン・ウィーラセタクン 亡霊たち」(2016-17 年)「エクスパンデッド・シネマ再考」展(2017年)、「[第2-11回]恵比寿映像祭」(2009-19年)


中村・松見:舞台も観てください(笑)。

田坂:観ます、観ます(笑)。

そもそも、この本を作ろうと思ったきっかけって、なんだったんですか?

中村:『プラータナー』は、3年以上の時間をかけた、しかも日本とタイの国境を越えて作った壮大なプロジェクトなので、それを純粋に形に残したいなと思ったんです。

舞台って、公演が終わったら何も残らないじゃないですか。上演の記録DVDとかは出すけど、それは外側から見た記録であって、その時に考えていた思想や熱量は伝わらない。「もっと作品自体が劇場を出てオープンであり続けるためには」と考えたときに、本が一番いいかな、と思ったんです。

中村 茜
株式会社precog代表取締役。(一社)ドリフターズ・インターナショナル、NPO法人舞台制作者オープンネットワークON-PAM理事。1979年東京生まれ。チェルフィッチュ・岡田利規、ニブロール・矢内原美邦、飴屋法水、神里雄大などの国内外の活動をプロデュース、海外ツアーや国際共同製作の実績は30カ国70都市におよぶ。スペクタクル・イン・ザ・ファーム那須(09-10年)、国東半島芸術祭(12-14年)パフォーマンスプログラム・ディレクター等歴任。

田坂:なるほど。

中村:この本の制作には、作品のセノグラフィー(空間演出)のアシスタントを担当している松見くんに入ってもらって。

松見:はい。本のアートディレクションを担当しました。

中村:今日は、松見くんと、映像や写真に造詣が深い田坂さんと一緒に、「演劇作品を豊かにアーカイブすること」についてお話しできたらと思います。

松見・田坂:よろしくお願いします。

本の上で『プラータナー』を上演したらどうなるか?


田坂:
この本の制作コンセプトはなんだったんですか?

松見:「本の上で『プラータナー』を上演したらどうなるか?」というコンセプトでしたね。デザイナーの仲村健太郎さんと一緒に考えました。

松見 拓也
写真家。1986年生まれ。京都精華大学グラフィックデザインコース卒業。2010年よりパフォーマンスグループ、contact Gonzoに加入。同年、NAZEと共に「犯罪ボーイズ」を結成。紙片「bonna nezze kaartz」を毎月刊行している。

中村:これ、読み込むと本当にいろんなことがわかりますよね。

舞台において、ディテールの情報が読み取れるかどうかって、とても重要じゃないですか。たとえば、直接的な比喩もあれば、言葉の裏側や行間に隠されたメッセージもありますし、特定の地域や領域で共有されている文脈をどう拾い集められるか。

田坂:その情報があるかないかで、作品に対する感じ方が全然違いますよね。

中村:『プラータナー』にも、歴史的背景などのディテールを知らないと気づけないことがたくさん詰まっている。この本は、それが解き明かされていくなあって。

田坂:まるで、副音声で見ている感じ。

中村:そうそうそう!

松見:ありがとうございます。本ならではの表現方法は、すごく模索しましたね。

今回、「本全体の時間軸」と「作品の時間軸」を意識してつくりました。たとえばある章では、上演の記録的な写真を配置して、その上に、『プラータナー』の制作秘話などが掲載されているという、レイヤー構造を持ったページになっていて。

松見:ほかにも、「主人公の感受性が、大人になるにつれ失われていく」というストーリーに合わせて、後ろのページに進めば進むほど写真を無色にしたりとか。

田坂:すごい。そんな表現もできるんだ。

松見:印刷の方法や紙質も、前半と後半で違うんです。そういう印刷上の遊びも含め、デザイナーの仲村さんと一緒に「本でどうやって演劇を表現するか」をすごく議論しました。

舞台写真を撮るということ


中村:
松見くんには、この本を作るにあたって『プラータナー』の舞台写真も撮ってもらったけど、その撮り方もすごく独特ですよね。

なんかこう、ステージの上でも人に切り込んで、出演者にさらに迫っていくような撮り方をしていて。構図で考えてなさそうだな、おもしろいなと思ってたんだけど、何か意図はあるんですか?

※書籍『憑依のバンコク』で使用しているすべての背景写真はこちらからご覧いただけます。

松見:ぼくは舞台写真を撮るときに、引いた目線で取らないようにしているんです。「ここでシーンが変わりました」といった、説明的なカットをできるだけ撮らないようにしていて。

自分が舞台の登場人物になって、その現場を目撃している設定なんですよ。スナップ写真みたいなんです。

田坂:それは、『プラータナー』だからそういう撮影の仕方をしたんですか?

松見:いや、他の舞台作品を撮るときもそうですね。

《山山》(地点、2018、KAAT神奈川芸術劇場)

《ヘッダ・ガブラー》(地点、2017、アンダースロー)

松見:でも『プラータナー』ではセノグラフィーアシスタントと映像を担当していたこともあって、演劇の中身もすごく理解していたので、普段よりもさらに、舞台に入り込みやすくはありました。

田坂:そのような撮り方をするようになった理由はあるんですか?

松見:うーん。日常的に撮る写真がスナップ写真だから、という部分が大きいですね。舞台写真と日常の写真を、別にわけなくてもいいかな、と思ったんです。

記録性の高い写真、つまり「写真を1枚見たら、その演劇の構造が詳細にわかる」みたいなことではなくて、その時々起こったことが蓄積されていったら、流れとして何が起こったかが結果的にわかる。そんな写真だからこそ表現できる空気感もあるのかなと。

舞台写真って、そういう写真が少ないじゃないですか。

田坂:たしかに、いわゆる構図をバシッと決めた写真が多いかも。

今まさに、パフォーマンスの記録も含む60年代の写真が再評価されているんですよ。「アレ・ブレ・ボケ」と形容されるプロボークのように、意識的にボケてたりする。素人かな? って思ってしまうくらい。でもそれが再評価されているのは、そうじゃないと撮れない空気、視点があるからなんでしょうね。

そういう意味で言うと、松見さんの舞台写真には、すごく「松見さんの視点」が入っているんですね。

松見:たしかに、舞台の記録を撮りに来た一カメラマンではなく、「松見拓也」として撮っているかもしれないです。僕のタイミングで、僕が見たものを撮っているので。

でもそのかわり、普段の納品数はものすごく多いんですよ。1つの舞台につき、200〜300枚程度お渡しすることもあります。

中村:多い! それはどうして?

松見:僕はずっと稽古に行っているわけじゃないし、演出の人と「じゃあこういう角度で撮ろう」ってとことん話し合っているわけでもない。

自分が作ったセットでもなく、自分が用意したモデルでもないので、自分で「この演劇はこの写真でしょ」ということを決められないと思っているんです。

もちろん「いいな」と思うものはたくさん入れますが、「自分では選ばないけど、これは他の写真とは違う視点を持っている」と思えるものなども、必ず入れています。

田坂:なるほど。最終的に決めるのは、舞台の制作チームだと。

松見:はい。最終的な「この舞台ならこの写真だよね」という写真は、チームの人たちが選んだらいいと思っていて。だから、「こういう写真が撮れています。あとは調理してください」と言って渡すようには気をつけています。

「アーカイブ」に編集を入れ込む


田坂:
なんだか松見さんの話を聞いていると、「アーカイブ」はもはや作品なんだな、ということを感じます。

松見:たしかに、いわゆるカテゴライズしてソートして、純粋に「記録」として残すのではなく、その記録を編集してアーカイブしていくことは、作品づくりに近いかもしれません。

中村:うん、うん。

松見:そのときってやっぱり、「誰が見るのか」「誰に見せたいのか」を考えることがとても大事なんじゃないかな、と思うんです。アーカイブは、なんのためにあるのか。その目的によって、方法はまったく違ってくる。

アーカイブするということは、誰かに見せたい、これを残して誰かに伝えたいということなので。その方法を決めるためには、「未来でそれがどう使われたいのか」という、だいぶ先の理想についてを話し始めなきゃいけないよな、と思います。

田坂:去年、ベルリンに行ったとき、ベルリン国際映画祭のステファニー・シュルテ=ストラートハウスさんから彼女の提唱する「リビングアーカイブ」という考え方を聞きました。

具体的には映画祭のアーカイブのことですが、簡単に言うと、古い記録を持っていない、持っていたとしても権利の所在がわからなくてどうしようもないときに、いろんな人の手を借りて「今ある情報で、生きたアーカイブを新しく作っていこう」とする方法の提案です。

アーカイブ自体も、結局完璧ではないんですよね。いつも何かが欠けていて、だからこそ、今の「生の声」を聞いて、もう一度考えていこうとする必要があるのかもしれない。アーカイブをアップデートしたりとか、クリエーションとして捉えたりする方が、絶対おもしろいですよね。

中村:そうやって、いろんな目的のもと、豊かに演劇作品がアーカイブされていくといいですよね。もっと、舞台の二次創作があっていい。

そういうアーカイブが芽を出し花を咲かせて、いつかの未来のクリエーションにつながるといいなあ、と思います。

文=あかしゆか
舞台写真=松見拓也

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