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【長編小説】分岐するパラノイア-schwartz-【C29】

<Chapter 29 記憶と夢と迷い道>


「あれ?おかしいな。受け取りにはきてないはずなんだけど。」

店主はレジの下に置いてある箱をごそごそと掘り返している。
「メグちゃんはね、なんかこの常連の人とすごく気が合ったっぽいんだよね。特に話したりとか特別な親交があったわけじゃないんだけど。
雰囲気とか、まとってるオーラとか、似てたんだよね。」

「さっきの話なんですけど。」

店主はレジの下に箱を戻す。
「どういうことだろ。絶対に受け取りにはきてないはずなんだけど。
さっきの話って?」

「マンデラ、エフェクト?」

「あぁ。あくまでもそういう都市伝説的な話があるってだけで君がそれだって確証なんてないから。気にしないで。」

「よく同じ夢を見るんです。」

店主はレジから戻り、椅子に腰掛ける。

「夢?寝てる時に見るあの夢?」

「はい。その夢は昔住んだことのある家の夢なんです。
その家の外観とか、内装とか間取りとかもしっかり覚えてて。
で、その家を自分がウロウロうろつくんです。」

「君は夢の中で君自身が見えてるの?」

「あ、そうなんです。そうなんですけど問題はそこじゃなくて、
その家に住んだことなんてないんです。」

「へ?さっき“住んだことのある家”って言ってなかった?」

「はい。住んだことのある家なんです。だけど、実際はそんな家には住んだこともないし、あの家に住むことは不可能なんです。」

「どういうことかな?」

「その夢は定期的に見るんです。住んだことのある家、外観や間取りまではっきりと覚えているのに、自分の経歴と重ねるとそんな家には住んでいないんです。だけどその夢に出てくる家には絶対に住んでいたはずなんです。」

「どうしてそう思うのかな?」

「忘れ物をしてるんです。
忘れ物って言うほどかわいいものではないですが。
若い時、生活が荒れてる時期があって。
なんとか一人暮らしをするんですけど、払うべきものが払えないことも多々ありました。
夢に出てくる家はそんな時期に住んでいたはずの家なんです。
その家にはまだまだたくさん荷物を残したままで、それを取りに行かなければならないと夢の中でいつも焦るんです。
夢の中で、その荷物の場所を確認してるんですよ。」

「荷物が残ってる、ことってあるの?」

「ありえないですよね。私はその家に住んでいたことがあるという確信があるのに、入居や退去をどうしたのか覚えていないんです。
荷物なんか残したままだったら大事になると思うんです。
でも私はそこに何かを忘れている、取りに行かなければっていう確信だけがあるんです。」

「その家の住所とかはわかるの?」

「わかりません。何度も物件情報とかで調べたんですけど同じような家は見つかりません。」

「他に似たようなことはある?“長谷部くんとの思い出”が一つ、その“夢の家”で二つ。他に何かあるかな?」

「不思議な体験で言うと、深夜に友達を家まで送ったんです。
そこはかなり田舎で、ほぼほぼ一本道でした。
で、送っていくまでは何もなかったんですけど、帰りに迷ってしまって。
ガソリンはギリギリだし、携帯の充電は切れそうだしでけっこうピンチでした。」

「一本道で迷ったの?」

「一本道、だったはずなんですよ。友達を家まで送ってそのまま来た道を戻るだけのはずなんです。戻るだけのはずが、送って行く時と風景がまったくちがうんです。」

「Uターンしたのにってこと?」

「はい。普通に来た道を戻ったのに風景が違ってて、迷っちゃって。
携帯の充電が心配だったけど、その家まで送った友達に電話して、確認してもらおうって思ったんです。」

「それが確実だね。」

「そう思ってました。
一応目印があった方がいいと思って、その迷っている中で見つけたバス停に車を止めて、電話したんです。だけどその時はそのバス停すらどこにあるのかその友達もよくわからなくて。
仕方ないからぐるぐる回ってたら結果大きな国道に出てことなきを得ました。」

「戻って来れたんだね。」

「後日、別の友達に話をしたらももう一回その道を辿ってみようって話になりました。同じように進み、送って行った家からまた同じように戻る。
案の定普通に戻ることができました。」

「君が見た風景とは違ったの?」

「はい。そこが不思議っていうか怖かったんですけど。わたしが迷っている時にみた風景ってどこか古めかしいんですよ。
田舎とは言え、遠くには街のネオンが見えるはずなんですけどまったく見えないし、街灯すらなくなって、ずっと畑や小屋がぽつんぽつんとあるだけで。後日検証したときにはそんな風景なんてどこにもなかったんです。」

「“長谷部くんとの思い出”、“夢の家”、そして“迷い道”、もしかしたらほんとうに世界線を移動しているのかもしれないね。」

そう言うと店主は黙ってしまった。
黙ったままコーヒーを飲む時間が数分続いた。

「君とはもう二度と会えない気がする。」
店主はため息と同時につぶやいた。

「え?どういうことですか?」

「疑っているわけではないし、嘘だと言う気もない。
かと言ってすべてを信じるわけでもない。
だけど、一番ありえない真実を語るとするなら君は
知らず知らずのうちに、どうやったかはわからないけど世界を移動しているってことになる。」

「おじいさんの時計屋の跡地が存在する世界、この店が存在する世界、
夢に出てくる家に住んでいた世界、住んでいない世界、
いろんな世界線を君は渡り歩いている。
それに気がつかないまま生きているから記憶が混乱しているのかもしれない。」

私はゆっくりとコーヒーを飲んだ。
店主の言っていることはわかりそうでわからないけど、
このコーヒーがもしかしたら二度と飲めないコーヒーかもしれないと思うと
味わいたくなった。

店主はタバコに火を付ける。

「不思議だね。そうなると君が本来いるべき世界っていうのはどこなんだろうね。そしてその世界の君や、未来の君はどうなっているのかな。」

本来いるべき世界。

今この世界が満足かと言われればそうではないが、不満があるわけでもない。実際私は“世界が変わっている”ことなんて感じたことがない。
でももし、何かの理由で世界線を移動したとしたらその最初の世界のままの未来はどういう未来だったのだろう。

友人たちは残ってくれていただろうか。
那実は死なずにいただろうか。

お気に入りの靴や時計はずっとそこにあっただろうか。

「君、この後どうするの?」

「考えてないですね。とりあえずぶらっと寄っただけですから。」

タバコの煙がふわふわ漂ってくるのが心地よかった。
向かいの床屋の不気味な女のポスターにも少し慣れた気がした。


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