質的研究の話(前編)

一般的な研究のイメージは 「対象を測定して数量的なデータを収集し、それを統計的に処理して結論を得る」 ことです。

しかし量的に測定できるもの全てに意義があるわけではなく、意義あるもの全てが量的に測定できるわけではありません。対象を「量」でなく「質そのもの」 において把握する研究も重要です。それが質的研究です。


質的研究とは

質的研究とは現象の性質や特徴など数値で表せない質的データを扱う研究法です。一方、件数や頻度、身長体重など数値で表される量的データを扱う研究は量的研究といいます。

また質的データであっても、質問紙調査でよく利用されるリッカートスケールによって数量的に測定したり、数量化理論のようにダミー変数を仮定して分析する方法などもあり、これは混合研究法として分類されます。


質的研究の目的

質的研究の始まりは、対象によっては量的研究の適用が難しく実験や統計には適さない研究課題を解明する研究法として開発された経緯があり、医学や看護学にも応用されています。

質的研究には次の目的があります。
・仮説生成 (仮説がない状態から仮説を作る)
・対象の理論化 (質的データを抽象化して得られる概念を組み合わせ、対象を表現する理論を構築する)
・要素の抽出 (量的研究では黙殺されてしまう少数の意見にも注目し、項目のバリエーションを確認する)



質的研究の特徴

質的研究は次の特徴があります。
1. 仮説の検証は目的としない
2. 実験的研究状況を設定しない
3. インタビューや観察から言語データを作成する
4. 言語データを分析する
5. データ以外の得られる資料も総合して検討する
6. 研究者の主体的解釈を積極的に活用する.
7. 研究対象の有する具体性や個別性を通して一般性や普遍性を追究する
8. 心理・社会・文化的な文脈を考慮してデータを分析する
9. 現象に内在・潜在する意味を見い出して理論化する


質的/量的データ

【質的データ】
・口頭データ(対象者の具体的な語り)
・視覚データ(観察によって得られるデータや写真や映像によるデータ)
・記述データ(既に文章化されている文献資料や質問紙における自由記述など)
【量的データ】
数値化されたデータ



質的研究の流れ

質的研究は以下の流れで行われるのが一般的です。
1. リサーチクエスチョンの設定
2. 対象の選定
3. データ収集
4. データ分析
5. 理論化


1.リサーチクエスチョンの設定

まずリサーチクエスチョン(研究の問い)を設定します。質的研究では、量的研究では検討することが困難な研究課題を扱います。例えば心理・社会・文化的な内容で、次のような特性を有する場合です。「新規な事象や課題であるため利用できる既知の研究的知見がなく、観察やインタビューをしてそのデータを分析する必要があるもの」

他にも次の特徴があります。
・具体的状況過程の記述と解明
・外見的に観察・測定可能な行動ではなく個人や集団の内面的現実の解明
・研究対象とする事象に潜在する問題や課題の探索と発見
・ 研究対象とする事象に含まれる要素・要因の探索
・既知の要素・要因間の潜在する構造の解明


2.対象の選定

次に質的研究ではリサーチクエスチョンに適合した対象を合理的に選定する必要があります。この点は量的研究におけるランダムサンプリングと対照的です。

質的データの収集・分析の困難性から一般的に対象は少数となり、対象の範囲はどの程度にするか、データ収集法はどれが適切か、対象をいくつ収集するかなどを決定しなければなりません。

またデータ収集・データ分析・理論構築は密接に関係しており、一度作業を行えばよいというわけではなく、データ収集ごとに分析の結果を絶えず比較し。それをまたデータ収集に反映することを繰り返し(継続的比較)、結果の妥当性を高める必要があります。また結果を分析するなかで、これ以上対象を追加しても新たな結果が生まれない状態を理論的飽和といい、データ収集を打ち切る基準となります。


3.データ収集

リサーチクエスチョンに合ったデータの収集法を選択する必要があり、大きく分けて次の3つの方法があります。
・観察法
・面接法
・フォーカスグループディスカッション

面接法によるデータ収集の利点では調査者と回答者の顔が見えることによって、回答者の疑問にその場で答えることができ、回答率と回答の質を上げられることです。面接法には、アンケートのようにあらかじめ決められた内容をきく構造化インタビュー、一部以外は自由にきく半構造化インタビュー、 すべて自由にきく非構造化インタビューがあります。

フォーカスグループディスカッションは、同様な体験を共有する人々に集まってもらい、同時に話を聴くことで、参加者の間の相互作用によって、個人が言語化していなかった体験を言語化することを促進します。インタビューと観察の両側面を持つため「インタビュー」とは呼ばず「フォーカスグループディスカッション」と呼びます。




4.データ分析

質的研究におけるデータ分析の基本は、研究対象に対する経験と研究的知見を背景に、言語データを深く読み込むことです。その際、次の方法が用いられます。
・コーディング&カテゴリ化
・質的データ分析

【コーディング&カテゴリ化】
コーディングによって言語データにコードを割り当てます。 さらにコードにおける上位概念をカテゴリといい、カテゴリ化によって徐々に抽象化のレベルを上げ、カテゴリを作成します。言い換えれば、コーディングとカテゴリ化は、文字データに対して小見出しをつけ、文字データに含まれる情報を失わずに圧縮する作業です。この作業により、いくつかの文字データに含まれる同一テーマを発見することができ、また1つのテーマにおけるバリエーションを確認することができるようになります。

【質的データ分析】
質的データ分析とは、データに付したコードを手がかりに、データを変換 、 縮約して表示することで、 データに潜在する意味を見い出す手法です。この手法には、要素を書き込んだ表を操作して分析する質的マトリクスや、要素同士の意味上の関係や因果関係等を矢印や曲線で結んだ意味・因果ネットワークなどがあります。質的データ分析は、データを操作することで、データに潜在する意味を分析者の眼前に可視化して突きつけるような効果を持つため、適切な活用によって非常に効果的な分析ツールになります。


5.理論化

以上の手順から知見や理論を記述します。ただ質的研究における小規模なデータから一般化可能な理論を得ることは困難です。そのため確定的ではなく仮説的な理論を構築し、さらに別の視点からの質的分析を行う、または量的研究によって因果関係を得ることも視野に入れるべきです。

なお知見・理論には次の3種類があります。
①記述的知見・理論(どうなっているのか)
②予測的知見・理論(どうなるのか)
③処方的知見・理論(どうしたらいいのか)

専門職は、このうちの3。処方的理論を最初から求めようとする強い傾向があります。しかし基本はあくまで①記述的理論です。

優れた①記述的理論が得られれば、そこから演繹的に③処方的理論を立てることが可能になる場合もありますが、③処方的理論からは①記述的理論が得られません。 最初から③処方的理論を得ようとすれば、きちんとした①記述的理論が得られないままになり、研究対象についての深い理解や解明がなされないままになります。

  


質的研究の分析手法

代表的な分析として次の手法があります。
・グラウンデット・セオリー・アプローチ
・内容分析
・SCAT


【グラウンデット・セオリー・アプローチ】
Grounded Theory Approach(GTA)で、質的データから帰納的に理論を開発するための方法です。この手法の特徴は理論の検証ではなく理論の生成を目的とすることです。具体的には一般的な質的研究と同じく、データ収集・文字データの切片化・ラベル名の割当て・カテゴリ化・概念構築で進められます。利点としては全く新しい領域に関する理論を開発すること、心理・社会的現象に共通した現象を説明する理論を開発できることです。しかしながら、この手法は分析に熟練と経験が必要であり難易度が高いことが特徴です。

【内容分析】
内容分析はテキストのある特定の属性を客観的・体系的に同定し、推論を行うための方法です。この手法の始まりは、新聞・雑誌・メディアなどにおいて、何回単語が出てくるかを分析したことです。アンケートの自由記述や日記文などの既に記述されたテキストの分析に適用でき、テキストの中で何が語られているのかを知るために利用します。最終的に量的な分析を行うことも可能で、テキストマイニングなどにも応用できます。利点としては、質的データの分析手法として容易で、使いやすいことがあります。

【SCAT (steps for coding and theorization)】
SCAT は4つのステップでテキストの抽象度を高め、テーマの構成概念いわゆるコードを作成し、 最終的にストーリーラインおよび理論を構成する方法です。具体的には、まず文字化されたデータから注目すべき語句の切り出しを行い、 次にその語句についてデータで使われていない語句を用いて表現を言い換えるように表します。 さらにそれを説明するための概念を追記し、 それら全体を表すテーマ・構成概念 (コード) を割り当てます。 テーマ・構成概念とはそのテキストに記述されている出来事に潜在する意味や意義を追加した記述であり、これをつなぎ合わせたものがストーリーラインとなります。 利点としては容易であること、 最終的にストーリーラインを作成しなくても文字データからコードを抽出する手法としてのみでも用いることができることです。


質的研究の注意点

質的研究はサンプル数が少ないことなどから対象の代表性を問われたり、解釈が主観的であることから一般化可能性を指摘されたりすることがあります。質的研究は研究対象や調査現場の状況に関してリアルできめ細かく記述 されるべきであり、少なくとも妥当性が低く雑で薄い記述とならないように注意すべきです。

質的研究では分析結果の妥当性を確かなものにするためにトライアンギュレーションという考え方を用います。これは複数の研究法、 理論的立場、データ源、研究者などを組み合わせて、より多面的で妥当性の高い知見を得ようとする研究デザインです。具体的には質的研究の結果を受けた量的研究への移行、調査者とは別の有識者による助言などが考えられ、結果の洞察や深い議論の助けになります。またデータ収集・分析には深い理解と卓越した熟練が必要です。

研究法への無理解や偏見から質的研究に対する批判もありますが、質的研究法の特徴を理解し、意欲的に取り組む姿勢が大切です。



参考文献

・大谷尚、質的研究とは何か、薬学雑誌 137 (6)、653-658、2017
・寺下貴美、第7回 質的研究方法論~質的データを科学的に分析するために


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