定量的と定性的の違いの話(前編)

仕事や研究では「定量性」が求められます。数値は誰がチェックしても変わらない客観性の高い指標であるからです。

しかし定性的な表現も重要です。例えば学問の目的は真理の探究ですが、ここでの真理とは計測した「定量的な数値」そのものにあるのではなく、それら数値から導かれるメカニズムや一般的な原理にあるといえます。

それでは定量と定性の違いはどこにあるのでしょうか。


定量と定性の違い

定量と定性の違いについて、よく数値を扱うかどうかが挙げられます。しかし本当の境界はもっと曖昧で難しいものです。

その理由の1つとして、定性/定量という区分が極めて多岐に渡っていることがあります。扱うデータの性質や集めたデータの分析手法、分析成果をまとめた報告書の文体、さらには分析の大前提となる認識論的前提にも関わるものです。


そこで以降では、定性と定量の違いについて次の5つの観点から解説していきます。

1.学問分野
2.研究法
3.データ
4.報告書の文体
5.認識論的前提





1.1.学問分野

定性・定量はまず第一に学問面から区分できます。

例えば、定量的なアプローチを採用している学問として経済学・心理学・社会学があります。これらは社会現象や心理現象を数値化し、数理統計モデルによって解析を行います。

反対に歴史学・文化人類学・社会人類学では、定量的な方法が試みられることもありますが、研究の中核には常に歴史事象の丹念な記述とそれについての解釈、記述があります。

もっとも以上の特徴は、極端に単純化して述べたものであって、実際には真逆の傾向もあります。例えば、定性的なアプローチをとる社会学者達も存在し、観察やインタビューを通して、特定の地域やグループの事例を詳細に記述・分析していくことがあります。

心理学においても臨床心理学と実験心理学は対称的です。臨床心理学が症例の理解とそれにもとづく治療を目的とすることが多いのに対して、実験心理学の場合は 「法則」や「効果」 の発見とその検証に重点がおかれています。



1.2.定量と定性の間の学問

社会科学とは、人間社会の様々な面を科学的に探求する学術分野です。「社会」という概念は「自然」と対比されるものであるため、今でこそは定性的な学問として認識されていますが、創生の頃は定量と定性の間を揺れ動いてきました。


当時の社会科学は、自然科学に対しても人文諸学に対しても中途半端によそ者であったため、時にはとんでもない誤解や解釈がありました。しかし時には2つの極の間を行ったりきたりする振り子運動のマージナルマンな視点から、既に認識が固まった問題に対して、全く違った角度から提起できることもありました。


2.1.研究法

研究には「定性的研究法」と「定量的研究法」があります。これは大まかには「事例研究法」と「統計的研究法」という区分に対応します。

事例研究法には歴史資料の分析、現場(臨床現場、人類学的フィールド等)での観察、インタビューが含まれます。

一方、統計的研究法には質問紙や質問票を用いたサーベイ、実験室実験、チェックリストを用いた組織的観察、既存の統計資料の二次分析があります。

もっともこの区分は絶対的なものではありません。例えば、事例研究の際に統計的技法が用いられることもあります。反対に統計的研究の前作業として定性分析が行われることもあります。



2.2.研究法の相互関係

少し抽象的ですが、定性的な分析作業の本質を「分析対象の構成要素を特定し、それらの要素間の関連構造を見極めること」すなわち 「対象にふさわしい名前を与えること」と解するならば、定性的な作業は、 ほとんどの研究に含まれていると言えます。

この場合、 定量的な分析作業は、定性的な作業を通じてある程度明確になった要素のうち数値化可能なもの、あるいは数値化することが意味のあるものについて数量的に記述する、すなわち「対象にふさわしい数を与える」 作業となります。


つまり定量的な分析を行う際は、その前段階として「そもそも何をどう見るべきなのか」という問題を確定するために定性的な観察が不可欠です。



2.3.研究法の問題

以上で述べた定性 / 定量的研究法の違いについて十分に理解していないと様々な問題が生じます。

例えば、定量的研究法だけに偏ると、問題そのものの掘り下げが不十分なため、解くべき問題とは独立して、解法テクニックだけが精緻なものになっていくという結果になります。

反対に定性的研究法だけに偏ると、自らの研究手法をことさらに特別化ないし秘伝化し、それ自体を客観的に見直す作業を怠る結果になります。

両者のこのような意味での「怠慢」 は、定性的アプローチと定量的アプローチの間の無用の対立を生み出すのみならず、問題を詰める質的な作業は「理論屋」に、それを操作化して実証する作業は 「調査屋」に任せきりという悪しき分業をもたらす事にも繋がります。



参考文献

中村春木、定量的なことと定性的なこと、生物物理、2004 年 44 巻 3 号 p. 99

佐藤郁哉、社会科学における定性/定量の区分についての覚え書き、一橋論叢 第115巻 第5号 平成8年 (1996年)

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