ストレスの話


ストレスについて

「ストレス」という言葉は日常生活で頻繁に使われています。育児ストレス、看護・介護ストレス、テクノストレス、環境ストレス、酸化ストレス、たくさんあります。しかし「ストレス」という言葉は曖昧で明確な定義はありません。


ストレスの良悪

ストレスは多くの疾患に結びつき一般的に悪いものと捉えられています。しかし実際のストレスの影響は人それぞれです。人はストレスを受けると、まず初めに機能低下に陥ります(ショック相)。その後、反転して機能を増大させ、ストレスに対処しようとします(反ショック相)。この防御反応は生体を活性化させ、時にはプラスの効果をもたらすことがあります。

一つの例が仕事です。適度に大変な仕事は、ある人にとっては良い目標となり励みになります。このようにストレスは、あるレベルまでは無害、あるレベルからは有害となる非線形的な特徴を有しています。この非線形性をより科学的に落とし込んだモデルが次のホルミシス効果です。


ストレスのホルミシス効果1

毒性の物質はその使用量で影響が変わります。これを用量依存性と呼び「線形モデル、閾値モデル、ホルミシスモデル」の3種があります。線形モデルでは毒性が用量濃度依存的に現れ、閾値モデルではあるレベルまでは毒性が出ず、ある閾値以上になってはじめて毒性が現れます。一方、ホルミシスモデルは、あるレベルまでは逆に有益な影響が現れ、レベルが大きくなってはじめて毒性が現れるというものである。

ホルミシスの概念は古くから有り、生物の持つ普遍的な適応応答と考えられています。例えば放射線です。過去の研究から、1~20センチグレイという低線量の放射線を照射することで細胞の防御機能が向上することが確認されています。また、あらかじめ低線量の放射線を照射し、高線量の放射線を照射することで、事前照射していない場合よりも傷害が有意に少なくなる、ということが認められています。要するに、低線量の放射線はいいストレスとして作用するとされています。以上の効果は、前述した良いストレスの一種と言えます。


ストレスのホルミシス効果2

酸素は私達人間にとって欠かせないものです。しかし高濃度の酸素が毒にもなることは、例えば潜水夫に見られる肺気腫、未熟児網膜症などで知られています。不安によって生じる胃潰瘍などでも、活性酸素種が関わることが実験的に認められています。

しかし、酸素は治療にも使われてきました。また、生体は活性酸素種を積極的に、かつ合目的的に産生させて生体の防御反応にも利用しています。つまり酸素、活性酸素種ともに良悪どちらのストレスにもなります。


一般的なストレスの要因

ストレスに対する反応は様々な因子が関係します。
【1.継続時間】
ストレスに対する反応はストレスの継続時間で変わります。初期の段階では急性反応が生じる警告期があり、そのストレスが持続すると生体に適応性が出来た抵抗期となります。さらに長く続くと生体の抵抗力が落ち、疲弊期へと移ります。

【2.幼若期体験】
幼若期の体験はその後のストレス反応に大きく影響します。例えば虐待を受けて育つと、大人になってからのストレス反応が増強します。

【3.環境】
どのような状況でストレス刺激が加わるか、もストレス反応に影響します。例えば、ある種の香り刺激がある環境下では、ストレス反応が減弱することが報告されています。

【4.食事状態】
ストレス反応は食事状態でも変容します。例えば、飢餓状態ではストレス反応は増強します。

【6.遺伝的要因】
遺伝的素因によりストレス反応は異なります。




職場ストレスの原因

【1.職場の物理的環境】
騒音や換気状態、人間工学的問題などが労働者の精神衛生に影響します。また、騒音による心理的反応が労働者の血圧上昇をもたらすことが知られています。重金属、有機溶剤などの環境中の有害物質も、精神症状の原因となります。

【2.職務上の役割】
職務上の役割もストレス要因です。役割ストレスは「不明確」と「役割葛藤」から構成され、前者は、仕事上の責任や期待が不明確な状態を指し、自信の低下、仕事の緊張感、職務不満足、抑うつ症状、生活不満足、緊張、不安、怒りの発生に関与します。後者は、矛盾する指示や人員不足などによる葛藤により職務の遂行が困難になる状況です。役割葛藤も仕事の緊張感、職務不満足、さらに高血圧に関係します。

【3.職場の人間関係】
職場の人間関係上の葛藤や上司や同僚などからの支援がないことは、それ自身がストレス要因として職務不満足、抑うつ症状、心疾患の発症、高コレステロール血症の発生と関連します。

【4.能力発揮機会の欠如】
これまでに習得した技能を発揮できる機会が少ないことは、労働者のストレスです。職務不満足や身体症状、喫煙量に影響します。

【5.仕事のコントロール】
仕事を自律的にコントロールできているか、効率的にコントロールできているかどうかもストレスに関連します。

【6.将来の不明瞭さ・不安】
不安定な雇用関係、昇進の遅れ、解雇の不安などが仕事と生活の満足感の低下や自信のなさに繋がります。

【7.作業負担】
作業負担には量的負担(作業量の多さ)と質的負担(作業の複雑さや困難性)があります。長時間労働は心理的不調や心疾患の危険因子となります。また作業速度、時間の切迫および作業負担の著しい変化もストレス要因です。作業負担が量的および質的に過小であることも、ストレス要因になります。単調な監視作業においては作業者の覚醒水準が低下するため、事故への対応が遅れます。また、自律性の低い単調繰返し作業において、自覚症状および尿中カテコールアミン濃度が増加することが報告されているます。

【8.勤務形態】
交代制勤務と夜勤が、死亡率、消化器疾患および心血管障害に影響を与えると言われています。

【9.仕事と仕事外の葛藤】
仕事のために家庭生活に支障が生じるなど、仕事と仕事外との間の葛藤もストレスの原因となります。勤務時間が終わっても仕事のことを考える、および仕事外の問題が仕事を妨げることが身体症状および抑うつ症状に関係します。

【10.仕事上のライフイベント】
作業の特性とは別に、失職、昇進、降格、勤務形態の変化などの仕事上のライフイベントも職場におけるストレスの原因になります。うつ病患者には、病前に仕事に関連したライフイベントが多いと言われています。

【11.その他】
上記以外に、作業の質と量の間の葛藤、対人責任、不十分な給与、長時間通勤などもストレスの要因として挙げられます。




職場ストレスの反応

職場のストレスに対する反応は、生理的、心理的、行動的、社会的な反応に区分できます。

【1.生理的反応】
生理的反応の指標としては、心拍数、心電図RR間隔変動、血圧、ホルモン、神経伝達物質、皮膚電気反射、フリッカーテスト、脳波、消化器系の機能、血清脂質などが用いられます。健康障害としては、高血圧、虚血性心疾患、消化性潰瘍など種々の慢性の身体疾患が挙げられます。また、職場ストレスは、うつ病、アルコール依存症および集団の心因性疾患などの精神障害の危険因子となります。

【2.心理的反応】
不安、抑うつなど精神症状を含む心身の自覚症状、自尊心、職務満足感などが指標として用いられます。燃えつき症候群は、①精神的および身体的疲弊、②作業能率の低下および③過度の離人感を主徴とする状態で、対人関係が主体となる職業におけるストレス反応です。また、自律性の低い作業に従事することで思考の柔軟性や職場外の社会生活に対する自律性が低下するなど、作業の特性がパーソナリティの形成に影響することが指摘されています。

【3.行動的反応】
行動面におけるストレス反応としては、作業能率の低下、病気欠勤や転職率、医師の受診頻度、喫煙および飲酒量の増加など生活習慣の変化があります。

【4.社会的反応】
仕事によって生じたストレスは、仕事外の生活にも影響を与えます。例えば家庭における夫婦間のストレスを増加させます。




一般的なストレス対処行動

コーピング(coping)とはストレスの対処方法のことです。問題対処型、.認知的再評価型、社会的支援探索型などいくつかの種類に区分できます。

【1.問題対処型】
ストレスの根本的な原因に目を向けた対処法のことです。
例)頑張ってやる、とにかくやる、一生懸命取り組む、どうしたらいいか計両を立てる、検討してから実行、やり方を変える、反省する、反省し謝る

【2.認知的再評価型】
生じた出来事に対する考え方や捉え方の角度を変える方法です。
例)いい経験と思う、乗り過ごした時間本が読めると思った、いいチャンスと考えるよう努力する、昨年よりましだと思い返す、雨の日よりもまし

【3.社会的支援探索型】
ストレスの基となる出来事を身近な人に相談して助言をもらうなど、第三者からサポートを受けて解決に向かう方法のことです。
例)相談する、意見を求める、誰かと話す、話を聞いてもらう、電話する、夫に甘える、妻に肩をもんでもらう、仲間の協力を得る、医者にみてもらう、カウンセラーに相談

【4.気晴らし・リラクゼーション型】
自分の趣味や好きなことに取り組み、気持ちのリフレッシュを図る方法です。
(喫飲)コーヒー・紅茶・たばこ・酒を飲む、お菓子を食べる
(休息)眠る、昼寝入浴、マッサージ、トリートメント
(運動)散歩・体操・スポーツ、軽くマラソン、ヨガ
(趣味他)音楽を開く、歌を歌う、 TV・ ビデオ・映画を見る、本、雑誌、新聞を読む、片づけをする、外出する、買い物する

【5.情緒焦点型】
感情にフォーカスしてコントロールを図る方法です。
肯定型: 自分を励ます、言い聞かせる、納得させる、
抑制型: 我慢する、あきらめる、黙る、無視する
否認型: どなる、大声を出す、怒る

【6.回避型】
家事の手抜きをする、仕事をやめたい、休みたい・早く帰りたい、事務的に仕事に没頭、他のこと(仕事・遊び・大酒)で忘れようとする、ピアノの練習をやらないことにする、あとまわしにした、時間に遅れていく

【7.責任転嫁型】
どなる、大声を出す、物にあたる

【8.その他】
ただウロウロする、どうしていいかわからない、何もしない




職場ストレスの対策

職場ストレスの対策としては、①職場の社会心理的環境の改善、②職場ストレスの監視、③知識の提供、教育および訓練、④職域精神保健サービスの拡充が挙げられます。

【1.職場における社会心理的環境の改善】
作業方法の改善による職場ストレス対策として以下の方法があります。
①過大・過小な量的負担を避ける
②労働時間のフレックス化や集約労働
③仕事上の役割および責任の明確化
④将来の昇進昇級および技術知識の獲得の機会について明確化
⑤職場の人間関係づくり
⑥仕事の内容の改善
⑦従業員の作業コントロールの機会を促進
⑧職場の意志決定への参加の機会を促進
こうした自主的な改善を職場単位で促進することが提案されています。


【2.職場ストレスの監視】
日本では労働者の健康状況調査において、勤労者の約半数が仕事、職業生活に関することでの強い不安、悩み、ストレスを感じ、特に仕事の量および質の問題、職場の人間関係などの訴えが多いと報告されています。このような調査が経年的に行われる必要があります。


【3.職場ストレスに関する教育および訓練】
従業員自身、管理職、安全管理者、職域および地域の健康管理スタッフに対する、それぞれ異なった内容の教育が行われる必要があります。このために、教育・訓練の機会の提供、教育・訓練用資料の開発、知識および情報の出版・公開、および既存学会や団体の職場ストレスの健康管理に対する関心の高揚が推進される必要があります。

【4.精神保健サービスの拡充】
職場ストレスを抱える従業員を援助するため、以下のような職域精神保健サービスの拡充が必要です。
①大企業には、非常勤の精神科医およびカウンセラーを配置する。
②職場の健康管理活動の一部に精神保健サービスを組み込む。
③中小企業では、地域の病院、保健所、健診機関等との連携により、心理的問題を抱える従業員に対応できる体制をつくる。
④病院、保健所、健診機関は、内部に職域精神保健サービスの専門家を持つ。
⑤プライバシーの保護、家族、家庭医、病院との連携など、職場の精神障害者が受診しやすい条件を整える。
⑥より高度の職域精神保健サービスを提供できるように努力する。




参考文献

・二木鋭雄、良いストレスと悪いストレス、日本薬理学雑誌。129巻(2007)2号

・尾仲達史、ストレス反応とその脳内機構、日本薬理学雑誌、126巻(2005)3号

・荒記俊一、川上憲人、職場ストレスの健康管理:総説、産業医学、35巻 (1993) 2号

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