騒音設計と快音設計の話

従来、製品から出る音は悪いものとの認識があり、騒音を抑えた製品開発が行われてきました。

しかし騒音レベルが同じであっても「聴感」は異なります。また、あまりに騒音が小さいと製品が機能していないと感じる場合もあります。

そこで製品から出る音を悪いもの(騒音)と捉えるのではなく、音を製品の価値の1つと捉えて製品開発を行う考え方が生まれました。これが快音設計です。





騒音設計と快音設計の違い

騒音設計では騒音を最小化するよう設計します。一方、快音設計では心地よい音を定義し、これを具体化するように製品を創り込んでいきます。

騒音設計の場合は、騒音工学が設計技術の主体となり遮音技術、防音技術等が活躍します。一方、快音設計では美しい音を定義するために音響心理学、顧客の多様性を評価するために統計学を必要とします。

他にも騒音工学や、ファン音(流体音)等の音源を最適化するための流体工学を必要とします。



騒音設計の難しさ

気密性の高い屋内や高級車などでは、低騒音化され静粛となっても、大きな騒音にマスキングされ目立たなかった多数の「小さな騒音」が逆に顕著化して新たな騒音が次々発生することがあります。

また、音圧は小さくても心理的に気になり、その音のみが選択的に聞こえることもあり、騒音対策は費用対効果の面が困難です。




快音設計の進化

従来の快音設計では、機体を試作した後に音響特性を評価し、問題があれば対策を実施する後付けの設計でした。そのため大きな設計変更が叶わず、根本的な対策が難しいなど非効率でした。後付け設計のために機能に悪影響を及ぼすこともありました(冷却性が悪くなる等) 。

しかし昨今の快音設計は、製品開発プロセスと一体化して行うため、製品価値を最大化できるようになりました。



快音設計の立ち位置

設計には次の3種があり、快音設計はこの内のDelight 設計に相当します。
・Must設計
・Better 設計
・Delight 設計


【1.Must設計】
名前の通り必要不可欠の設計で、基本品質を満たすための設計です。基本品質とは達成されていることが前提の品質で、例えば車のドアが開いても誰も喜びませんが、もし開かないと大きな不満が募ります。

【2.Better 設計】
顧客満足度に直結する設計です。Must設計では達成しても顧客満足度は向上しませんが、Better設計では上手く設計されているほど顧客満足度が向上します。例えば、燃費のいい車ほど顧客は喜びます。

【3. Delight 設計】
Delight設計は顧客が期待していなかったクオリティを提示する意外性のある設計です。事前に期待されていないだけに、提示されると顧客満足度が大きく向上します。




快音設計の手順

快音設計の一般的な手順は次の通りです。

【1.音質評価】
美しい音を定義します。音質評価には主観的な手法と客観的な手法の2種があります。


【2.目標音質】
1で定義した美しい音を基に、目標とする音質を設定します。音質設定では、音に対する過去の経験や国民性、また生活環境の影響などの考慮が必要です。

また日本語と英語で擬声語が異なるように、用いる言語の周波数特性で聴覚が異なることや、床や壁など住環境の材質による吸音性、部屋の大きさによる残響特性なども影響します。色彩と同様、音に対しても国別のチューニングが必要な場合もあります。


【3.音響シミュレーション】
音響シミュレーションを利用し、2で定めた音質を実現する手段を提案します。例えば、音の時間的な編集や減衰の増減、ローパス(LP)、ハイパス (HP) など各種フィルタ操作で周波数特性を変更し音質を変えます。


【4.音質評価】
再度、音質評価を行い、適切な目標音質に近づけます。




音質評価法

音質評価には主観的な手法と客観的な手法の2種があります。主観的な手法は次の通りです。

【SD法】
意味微分法(Semantic Differential 法)の略で「早い‐遅い、明るい‐暗い、重い‐軽い」といった対立する形容詞の対に対して、対象のイメージを多段階(5〜7段階)評価する方法です。評価対象に先入観があると評価値が変わります。


【一対比較法】
二つずつ交互に聞いて判断する評価方法です。


【因子分析】
音質評価では、SD法や一対比較法がよく用いられ、これらの方法で収集した情報を基に、因子分析を行い音質特徴を抽出します。因子分析の例は次の通りです。

・金属性因子(鮮やかな-ぼけた、鋭い-鈍い等)
・迫力因子(強い-弱い、豊か-貧弱等)
・美的因子(綺麗-汚い、滑らか-ざらざら等)


【心理音響評価尺度】
また音質の時間特性や周波数特性を加味し、心理的な要因を定量的に分析する心理音響評価尺度もあります。
・ラウドネス
・シャープネス
・ラフネス
・変動強度

人は同じ音圧であっても聴感特性により各周波数で異なった大きさに聞こえ、さらに心理状態で音に対する認識が異なることがあります。


【客観的な音質評価法】
一方、脳波や呼吸ゆらぎなど生体情報を用いた客観的な音質評価もあります。主観的な方法と異なり用語解釈の差異が現れず、被験者に音質評価を意識させずに測定が可能で音質評価の数値化が可能です。



複合刺激を考慮した快音設計

【聴覚と視覚】
自動車のドアが閉まる音は、ボディが黒色でも赤色でも同一ですが、それぞれの色のイメージに合致したドア閉まり音に変えることで、印象は効果的に変えられます。

快音設計は、聴覚のみに着目するのではなく、視覚や触覚なども加味した複合刺激を考慮してそれぞれの寄与を的確に把握することが重要です。


【聴覚と触覚】
カメラではレンズによって手に掛かる重量、振動特性などの操作感、操作音が変化します。またカメラの重量調整や構造変更、手へ伝わる振動を調整することで、迫力のある歯切れの良いシャッター音が実現できます。

他にも、製品コンセプトに見合った音創りとして、機械的な動作により発生する機械音に、音質評価に基づき推定された不足する音を、電子音で付加して快音化することがあります。



【聴覚と空間認識】
環境に存在する人に対して音を有効に作用させ,住環境では安らぎ、オフィス環境では業務が捗るなど、目的とする活動を支援する機能性を有する音響空間がスマートサウンドスペースです。

スマートサウンドスペースは、製品単体の快音化ではなく、設置環境の影響を含め同一空間をエリア毎に適切に音場制御することで、目的とする活動を支援します。

例えば、家庭ではリラクセーションやコミュニケーションしやすい音環境、教育・オフィスでは集中力を高めることで知的生産性の向上が期待できます。

自動車では、運転に対する集中力不足や眠気の抑制として走行音に好みの音楽を加えます。

また、高覚醒水準時心拍相当 (80回/分) の1/fゆらぎに合わせたランダムな間隔で音圧を変化させることで、覚醒効果が高くなることを見出し、好みの音楽に覚醒音も加えることで、さらに長く覚醒水準を維持できます。





音響シミュレーション

近年のCAE技術の発展、コンピュータの高速化、メモリの大容量化によって、音響シミュレーションは高速かつ高精度となりました。

しかし、そのほとんどは定常音のためのものです。時間と共に変動する非定常音のシミュレーションは、不確実性要因が多いため難しく、解析精度はあまり良くありません。

多数の部品で構成される機器は、部品の形状や材料特性の不確実性、更に組立誤差などにより、各機器間で音質がばらつきます。また製品を使い続けたときに、部品の劣化や変形、材料特性の変化などの経時変化により、音質が変化してしまいます。




参考文献

大富浩、設計工学の目指すところ: 設計からデザインへ、日本機械学会論文集(C編)、75 巻 751号 (2009-3)


勘久保広一、小林 聖、音色の心理評価に関する研究


大串健吾、音色および音質の研究、テレビジョン学会誌、第34巻、第12号(1980)


山口雅夫、白方翔、戸井武司、精密情報機器の快音設計と音質安定化手法の開発-過渡音のばらつきが聴感に与える影響の評価-、日本音響学会誌 69 巻6号 (2013), pp.267-275


戸井武司、音響利用による質感向上のための快音設計、映像情報メディア学会誌 Vol. 66, No.5 (2012)

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