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ショートショート「桃の川」

昔々、人里離れた場所に1人のお爺さんが住んでいました。

そのお爺さんには配偶者がいません。

いた事はあったのですが、その人はもう他界してしまいました。

そんなお爺さんが川で洗濯をしていると、大きな桃が、どんぶらこ、どんぶらこと流れてきました。

そんな大きな桃を見たことがなかったお爺さんは、珍しく思い、持ち帰ろうと思いました。

持ってみると見た目よりは重たくはなく、お爺さんでも簡単に運ぶことができました。

それを家まで持ち帰ると、お爺さんは早速、桃を切りました。

中には果肉が詰まっているわけではなく、空洞で1人の男の子の赤ちゃんがいました。

お爺さんは驚きました。

驚きと共に不安も生じました。

赤ちゃんを受け取ったと言う事は育てなければならないと思ったからです。

もちろん、お爺さんはその赤子を川に流す決断もできました。

しかし、お爺さんはそんな事をしませんでした。

貧しいながらも、お爺さん自身の身を削り、その赤子を養う事を決意しました。

◇◇

お爺さんはいつものように生活するだけで、あまり身体に変化はありませんが、赤ちゃんの成長は著しく、お爺さんとっては日に日に大きくなっているように思えました。

◇◇

大きな桃を受け取ってから5年の年月が経ちました。

最初はとても小さかった赤ちゃんもお爺さんの腰辺りの身長にまで成長しました。

その男の子はお爺さんと遊ぶのが楽しくて仕方ありませんでした。

お爺さんもまた、男の子と遊ぶのを楽しんでいました。

その上、男の子はお爺さんのお手伝いをしたがりました。

「ねーねー、お爺ちゃん。僕がお洗濯するよ」

お爺さんは子どもが1人で川辺にいるのは危険だと思いましたが、木に囲まれ、人を見ない場所なので、少しの妥協をしました。

そして、お爺さんは山へ芝刈りに男の子は川で洗濯をしました。

◇◇

お爺さんが芝刈りを終え、川へ戻ってくると、男の子はしっかり仕事をこなし、川辺の石で遊んでいました。

お爺さんは目一杯、男の子を褒めてあげました。

「よーし、よくやった!今日はご飯大盛りにしよう!」

「やったー!」

お爺さんは幸せでした。

久々の話し相手でした。

年齢差があり、特定の話題で盛り上がる事は出来ませんが、寂しさを忘れさせてくれます。

お爺さんが、洗濯という仕事をする必要がなくなったのは、単純に楽になったと言える物ではありませんでした。

◇◇

来る日も来る日もそんな毎日が続きました。

すると、ある日、いつものようにお爺さんが芝刈りを終え、川へ戻ると男の子が駆け寄ってきました。

「お爺ちゃーん!」

「おーおー、どうしたんだい?」

「ねーねー、お爺ちゃん。さっきね、お川でお洗濯してたらね、ママがいたよ。ママは僕よりもっともっとお洗濯が上手だったよ。あとね、僕が石ころで遊んでたら、一緒に遊んでくれたの。楽しかったよ!」

「ママ?」

「うん。ママがいたの」

「ママってどんなママだった?」

「えっとねー、きれいなお洋服を着ててねー、長いスカートでー、髪が肩ぐらいまである可愛い人だった!」

お爺さんは何かを思い出しました。

そして、男の子は続けました。

「でね、ママが明日も僕と遊んでくれるんだって!お洗濯してからにするから、遊んでも良いよね!」

お爺さんは心の中ではうなずいていましたが、信じられず、身体は固まったままでした。

そして、お爺さんが遅れて返事をしました。

「…うん。もちろん良いよ。お爺さんは明日は芝刈りに行くのやめておこうかな。お爺さんもそのママと遊んでみたいし」

「え!お爺ちゃんも遊んでくれるの!?やったー!」

お爺さんは、この男の子がなぜその人を「ママ」と信じているのかは分かりませんでした。

しかし、お爺さんは微かな希望を求め、次の日の仕事を休む事を決めました。

◇◇

翌日。

お爺さんは早く起きてしまいました。

男の子はまだ寝ていました。

お爺さんは早くから流れる川を見て、癒されました。

少しすると、男の子は目を擦りながら川へやって来ました。

「お爺ちゃん、一緒にお洗濯しよーよ」

「…うん。しようか」

お爺さんは、まだかまだかとその「ママ」を待ちながら洗濯板で服を擦ります。

1枚、2枚、3枚と洗った時、川の向こう側に1人の女性が立っているのが見えました。

男の子の言っていた見た目で、且つ、お爺さんはその女性に既視感を感じました。

その女性は若く、お爺さんの大好きな人でした。

お爺さんは声を出して驚きました。

女性はこちらの方へ向かってきました。

その女性は少し微笑み、照れ臭そうにお爺さんの第一声を待ちました。

お爺さんは

「久しぶり」

と恥ずかしそうに言いました。

女性も

「久しぶり」

と返しました。

お爺さんは考えながら話しました。

「まさか、会えるなんて」

「ほんとに、私こそ」

「ははっ。ごめんな。こんな老いた姿で」

「ふふっ。ううん。大丈夫。どれだけ老いても私の好きな人という事に変わりはないから」

お爺さんもその女性もニコニコしていました。

お爺さんは話しかけました。

「遊びに来てくれたの?」

「うん。でも、今日が遊びに来る最後の日になっちゃうかな」

「えっ」

「ごめんね。実は何回もここには来てたんだけど、驚いてアナタの心臓が止まったらって思ったら、アナタの前に姿を現せなくて」

「ははっ。そんな。最期に君の姿を見て死ぬなら悔いは無いよ」

「ふふっ。良かった。佑都いるかな?」

「佑都?」

「アナタとの子どもじゃない。老化で忘れちゃったの?あ、いたいた。佑都!」

その女性が男の子の方を見て、呼ぶとその男の子は女性に駆け寄りました。

「わ!ママ!やっぱり来てくれたんだ!」

「うん。来たわよ。一緒にお洗濯しよっか!」

「やったー!」

お爺さんは呆然としていました。

その男の子が自分の息子だという事を今、初めて知ったからです。

その女性は物凄いスピードで洗濯を終えると、男の子と河原の石で遊び始めました。

お爺さんは聞きました。

「ねぇ、なんで今日が最後なの?」

「うーん。決められてるの」

「決められてる?」

「うん。これ以上は話せないけどね」

「そうか…。えっとー、君と一緒に住めないの?」

「それは私もしたいけど、無理なの。だって私、死んじゃってるから」

お爺さんが30歳の頃、このような田舎ではなく都会に住んでいました。

そこで当時の彼女が妊娠したので、彼女は無痛分娩を受けました。

しかし、それは失敗に終わり、赤ちゃんは死んでしまいました。

その赤ちゃんの後を追うように、彼女は帰らぬ人となりました。

そこで、分娩室の前で期待を胸にしていたお爺さんは何もかもを忘れる為、田舎で自給自足の生活を始めたのです。

お爺さんは、ただ息子と彼女が戯れているのを眺めていました。

男の子と彼女は石を縦に積んでいました。

今まではどうしても最後の1個を詰めませんでしたが、彼女が助けて、なんとか積み上げる事に成功しました。

お爺さんと男の子はその事に素直に喜びましたが、彼女は悲しそうでした。

気づくと、男の子は少しずつ実体が薄くなっていました。

その時に、お爺さんは自分の喜んだリアクションがいかに間違っているのかを知りました。

そして、男の子は無垢な笑顔を最後に何も言わずに消えてしまいました。

そこには、お爺さんとお爺さんの彼女の2人が残されました。

そして、彼女は言いました。

「でも、佑都の成長した姿を見れて良かったなぁ」

それから、無言が続きました。

お爺さんも彼女も最期に何を話せば良いのかは急には決めれませんでした。

しかし、その沈黙はお爺さんにとって、とても貴重な時間でした。

少しして、彼女は言いました。

「じゃあ、そろそろ行かなきゃ」

お爺さんはそれを引き止めずに、容認しました。

すると、スーッと彼女は川の向こう側に消えて行きました。

◇◇

1人になり、周りは小鳥のさえずりと、川の流れる音が目立ちました。

その状況とお爺さんからは淋しさを感じました。

それから毎日、お爺さんは1人で柴刈りと洗濯を両立させました。

お爺さんは川の前を通る度、川上から桃が流れる事を期待しました。

期待した事は叶いませんでしたが、お爺さんはそんな毎日を満足そうに生きていましたとさ。

おしまい。

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