【小説】雨降る隠れ里 一

―ねちゃり、ぬちゅ。

 奇妙な粘性の音を立てて、軟体質が絡み付く。

「早く、口を割ったらどうなのだ」

 触手が少女の体を這い回る。いざとなれば、直に想念が読めるのだが。人ならざる者、雨月には。
 そもそも先程、自分の四肢とは別の手足の先で、少女の口を塞いでいるのだった。
 明らかな焦燥の色、怯え、そして潤んだ目。家に帰りたいと言っていた。

―埒があかない。

 むしろ、気に入らない。それだけのことで、少女の胸先をひねりあげた。驚いて少し開いた口の中へ足先をぐいと押し込む。閉じた瞼の端から涙が溢れる。そのまま喉まで突き入れてやりたいところだったが、ふと、趣向を変えた。

「そうだった。人は、それだけはやめてほしい、という弱点があるのだったな」

 特に若い女は。人を襲うのなど久しぶりで忘れていた。そんな知識も。
 雨月は軽やかに微笑みを浮かべ……見た目は童女のごとく……、背中から、もう一本の脚を伸ばした。その先は、細く丸く、差し込みやすくなっている。
 それを見て少女は、恐慌するが、目にも止まらぬ速さで触手は延びていき、着衣の隙間から脚の付け根へと向かう。そして、ひたり張り付き……

「やめてっ!」

 制止の声がかかった。責め苛んでいる少女ではなく、雨月の後ろから。
 振り向いた。少し離れた、あじさいの木の傍に、『天敵』、雨月同様人に似た姿ではあるが、大きな目をした蛙の娘、沙登が立っていた。
 それを認識したら、三すくみの原則、雨月は今している行動を停めるしかできない。少女にとっては、すんでのところで助かったというわけであった。

 いや、もしかしたら沙登に止められたからでなく、一瞬、少女の顔立ちや……特に黒くやさしい瞳が、あることを思い出させたからかもしれなかった。

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