世界の脱炭素化を妨げる日本のエネルギー外交
日本のエネルギー政策は世界規模のエネルギートランジションを促す力と妨げる力が並立している。しかし現状の日本エネルギー政策はそのトランジションを妨げる役割を果たしている。
世界全体の温室効果ガス排出量に占める日本の割合はわずか3%で、減少の傾向にある。アメリカやヨーロッパ、中国、インドなどの経済・エネルギー大国の動きに比べると、日本のエネルギー政策の影響力は極めて小さいと思われがちだ。
しかし日本のエネルギー政策は世界のエネルギートランジションおよび気候変動への対応を左右するほどの力を秘めている。特に日本のエネルギー外交と海外エネルギーインフラを対象にした投資は、化石燃料を温存し、世界の脱炭素化を妨げる効果を果たしている。
このレポートではその主張の四つの理由を挙げ、解説する。
1. 日本は「クリーン火力ナラティブ」を推進する
人為的な気候変動が深刻な社会課題の一つであり、その解決に向けた迅速な対策が必要だということは、世界各国の政治家やビジネスリーダーのほとんどが認めている。
しかし、その「対策」が何を意味するのか、トランジション後の未来像について合意できていない。未来像の一致を妨げる大きな課題が化石燃料の行方に関する理念の違いだ。その理念とは、大きく2つに分けることができる。それは、「再生可能エネルギーナラティブ」と「クリーン火力ナラティブ」だ。
再生可能エネルギーナラティブ
再生可能エネルギーナラティブ(以下、再エネナラティブ)は、各国の政府は公平性を維持し、安定したエネルギー供給を続けつつ、化石燃料発電を段階的に廃止すべきだと主張する。再エネナラティブの主要点をまとめると、以下の通りである:
再エネへの転換:火力発電は再エネ(主に太陽光や風力)に置き換えるべきである。
エネルギー貯蔵で補充:再エネの「変動性」や「間欠性」はエネルギー貯蔵システム(主にリチウム電池だが、他にも選択肢あり)によって補正されるべきである。
気候以外のコ・ベネフィット:これらのクリーン技術は、エネルギー安全保障の確保、経済発展の促進、市民の健康保護といった他の優先事項にも適格である。経済面では、再エネ投資は高等技術の雇用を創出し、発電設備の建設や保守を取り巻くビジネスエコシステムを育成する。
化石燃料依存は社会を危機に晒す:過度な化石燃料への依存は、政治的および経済的不安定や地政学的ショックにより、化石燃料市場のボラティリティに晒される。化石燃料を生産する国であっても、市場価格の急激な変動に翻弄されがちである。
クリーン火力ナラティブ
再エネナラティブに対立する世界観をクリーン火力ナラティブと呼ぼう。日本の文脈なら、大手電力会社が掲げる「ゼロエミッション火力」にほぼ匹敵するだろう。各国のリーダーの多くが提唱するクリーン火力ナラティブは、化石燃料が引き続き重要な役割を担う必要があると主張する。このナラティブの主要点をまとめると以下の通りである:
再エネのみでは不十分:再エネ普及は排出削減対策として必要だが、それのみではカーボンニュートラル、経済成長、エネルギー安全保障、エネルギーアクセスのバランスを達成することは極めて困難である。
化石燃料は貴重なベースロード電源:化石燃料は、ベースロード電源として今後もエネルギー供給の主要な役割を果たす必要がある。
廃止ではなく排出削減:政策とイノベーションは、化石燃料の使用を減らすのではなく、化石燃料からの温室効果ガス排出を減らすことを目標とするべきである。この排出削減は、石炭からガスへの切り替え、CO2回収・貯蔵(CCS)、および水素やアンモニアへの燃料切り替えによって達成するべきである。
日本は「クリーン火力ナラティブ」を推進
日本のエネルギー政策はクリーン火力ナラティブに沿い、国際的にもそのナラティブを拡散している。特に岸田政権の「グリーン・トランスフォメーション」(GX)戦略は以下の概念に基づいている:
再エネのみでは不十分:地理的制約や経済的コスト、変動性・間欠性のため、再エネだけでは国内のエネルギー需要を十分に満たすことは不可能。
火力を含む全てのエネルギー原が求められる:再エネの補完に、他のエネルギー源によるベースロード電力が必要であり、化石燃料や原発、バイオマス、そしていずれ水素がその鍵となる。
革新技術への賭け:化石燃料の排出削減のため、CCSおよび水素・アンモニア混焼などの革新技術の研究開発と大規模な投資が不可欠。
共通した目標、多様な道筋:他のアジア諸国においても、温暖化を1.5°Cに抑えるというパリ協定の目標を掲げながら、各国独自の地理、資源ポテンシャル、社会経済の状況に沿ったカーボンニュートラルの道筋を進むべきであり、日本もアジア各国の努力を援護するべきである。
「共通した目標、多様な道筋」という概念は一見合理的だが、日本の海外投資や合弁企業は圧倒的にCCSおよび水素・アンモニアなどの化石燃料の温存する技術や商用化の遠い革新技術に偏っている。
2. 日本の外交的影響力
日本のクリーン火力ナラティブの重要性は、日本が国際的に発揮する政治的・経済的・文化的影響力で増強される。
オーストラリアのシンクタンク Lowi Institute(ローウィ研究所)の「アジアパワーインデックス」によると、アジア太平洋地域での日本の影響力は、アメリカと中国に次いで第三位であり、インド、ロシア、オーストラリア、韓国、シンガポール以上に位置している。
この影響力は、日本が長年にわたって外交・地政学的影響力を育てる戦略の一環として理解するべきだ。日本はこれまで、米国、英国、ドイツなどの先進国に上回るほど自国企業の海外進出を支援をしてきた。近年のエネルギー分野でもその支援へのコミットメントは変わらない。
日本は主要国際機関や政府間フォーラムに積極的に参加しており、議題設定による権力も有している。
同時に、少子高齢化や長年の経済停滞、デジタル化の出遅れ、中国の地域的な存在感の拡大増などにより、日本の影響力は徐々に低下している。しかし、この影響力の緩やかな弱体化、日本経済の再活性化への必要性、そして中国の影響力に対抗する願望が、日本の地域およびグローバルな取り組みを再強化するモチベーションとなっている。そのモチベーションは次のような外交イニシアチブによって顕在化している。
安倍政権の「自由で開かれたインド太平洋」(FOIP)
安倍政権は日本経済の活性化を促進する手段として戦略的経済外交を強化することと、「自由で開かれたインド太平洋戦略」(Free and Open Indo-Pacific - FOIP) を宣言した。中国が2013年にアジアインフラ投資銀行を設立し、一帯一路イニシアチブを開始したことへの対応として、外交政策の最優先事項として挙げた。
岸田政権下の新しい「自由で開かれたインド太平洋」
岸田政権下で更新されたFOIPは、クリーン火力ナラティブに沿った気候変動、環境、エネルギー安全保障強化対策を海外向けに取り組むことを、より明確に言及している。その中で目立つのが、アジア・ゼロエミッション共同体(AZEC)とアジア・エネルギー転換イニシアティブ(AETI)を通じての努力だ。
アジア・ゼロエミッション共同体(AZEC)
新しいFOIP構想が第二の取組の柱の一つとして挙げているイニシアチブがアジア・ゼロエミッション共同体(AZEC)。2023年12月に岸田政権によって開始され、アジア太平洋地域の11カ国によって立ち上げられたこの枠組みは、「共通した目標、多様な道筋」の概念に基づいて、脱炭素、経済成長、エネルギー安全保障の同時実現を目指す。しかしこれまでのところ、AZECは主に日本企業が水素、アンモニア、CCS/CCUSの市場拡大を試みる場として使われている。
アジア・エネルギー転換イニシアティブ(AETI)
AETIは日本がアジア諸国のトランジションロードマップの策定を援助するために開始したイニシアティブであり、100億ドル(約1兆5億円)のファイナンス支援や人材育成、知見共有、ルール策定を行う構想。対象となる技術は再エネや省エネなどのクリーンエネルギーを含むが、大半は水素、アンモニア、LNG、CCUSなどの化石燃料を維持するものに偏っている様子。
これらの地域機関以外にも、日本はエネルギー分野に関連するほぼすべての多国間フォーラムおよび国際機関に参加し、GX戦略の根源となるクリーン火力ナラティブに沿った投資を促す行動をとっている。
3. 日本の化石燃料に対する海外公的資金は世界トップ
これらの外交努力の土台となっているのは、海外の化石燃料の生産や輸送および火力発電を圧倒的に支持する日本の海外公的投資だ。
国際NPO Oil Change International がまとめたデータによると、日本は国際的に化石燃料プロジェクトに投融資額でトップ2位を占める国の一つである。2019年から2021年にかけて、日本の開発銀行や輸出信用機関は、化石燃料プロジェクトに公的資金として100億ドル(1兆5億円)以上を投資した。これに対して、同じ期間にクリーンエネルギープロジェクトに投じたのはわずか20億ドル(2,100億円)だった。
この傾向は今でも続く。多くの国が2022年末までに排出削減対策の講じられていない化石燃料への直接な公的支援を撤廃することに合意したにもかかわらず、日本は引き続き世界で2番目に大きな国際公的資金提供国として残り、2020年から2022年の間に年間平均で少なくとも69億ドル(一兆600億円)を石油、ガス、石炭プロジェクトに投資し続けていた。
4. 日本の民間企業によるポートフォリオアプローチは化石燃料の温存につながる
日本政府に並び、日本の民間企業は多くの海外の化石燃料プロジェクトに参画し、経済援助を行っている。特に目立つのが日本のエネルギー企業や重工メーカー、金融機関の海外活動である。
エネルギー施設への参画
日本のエネルギー企業や重工メーカー、総合商社は、世界中で幅広いエネルギーポートフォリオを持っている。言い換えると、従来の化石燃料資産だけでなく、さまざまなクリーンエネルギー技術を所有し、提供していることを意味する。しかし全体として見ると、日本企業のポートフォリオは化石燃料に大きく偏っていることが分かる。
国際NPO Global Energy Monitorによると、日本の重工メーカー、電力会社、ガス事業者10社の海外発電資産は明確に火力発電に偏っている。J -POWERや三井物産などは太陽光と風力をはじめとする再エネ資産を多く所有しているが、それでも火力発電が再エネポートフォリオを明らかに上回る。世界の火力発電を温存させる象徴的な例として、三菱重工は去年、ガスタービン世界市場でシェア1位だった。
化石燃料資産への民間投資
最後に、日本の大手金融機関も活発に世界中の化石燃料資産への投融資を行っている。国際NPO7団体が公表する報告書『Banking on Climate Chaos』によると、日本の3大メガバンク(三菱UFJ銀行、みずほ銀行、三井住友銀行)は化石燃料への投融資でトップ10社に含まれている。