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平田仁子のセオリー・オブ・チェンジ (第二部)

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クライメート・インテグレートの設立

日本の気候変動対策の最前線で20年以上活動を続けてきた平田は、日本がより積極的な気候変動対策に取り組めない根本的な原因として、3つのギャップがあることを確信した。

まず一つ目は、平田がエコシステム・ギャップと呼ぶものだ。これは、気候変動NGOのエコシステムを意味するもので、「気候政策を前に進めるコミュニティ、広い意味でのコミュニティが脆弱」な状態を指す。

第二に、インフォメーション・ギャップ。「やんなきゃいけないことがわかってるのに、変な情報がいっぱい飛び交って、原子力も安いとか、温暖化対策はみんな我慢しなきゃいけないとか、何が正しいかわかんない情報が回ってて、人々は判断避けちゃう。」

そして最後に、トランジション・ギャップである。「2050年までのネットゼロは決まってるけど、道筋が全然見えてない。」

平田は長年気候ネットーワークで活躍してきた過程で、気候ネットワークがこうしたギャップを効果的に埋めるには束縛が多すぎると感じるようになった。環境NGOとしての使命から、政治的には「グリーン」あるいは「左翼」派と見られ、緊密に協力できる団体の種類も限られていたのだ。特に、インフォメーション・ギャップやトランジション・ギャップを埋めるには、客観的な分析能力を高めることが何よりも必要であったため、多くの研究機関と連携しづらいことは痛かった。「十分な研究だったり、分析だったり、裏付けっていうのが必ずしも無いんですよ。バックアップが。で自分たちは環境団体だから作りきれないとこもあるし、キャパシティーの問題もあった」と平田は語る。

これら3つのギャップと気候ネットワークの限界を感じた平田は、2022年初頭に団体を離れ、自身のシンクタンク、Climate Integrate(クライメート・インテグレート)を設立した。アドボカシー団体ではなく、中立的な使命を持つ新しい研究機関として、クライメート・インテグレートはこれらのギャップを埋め始めることができるかもしれない。また、日本の脱炭素化を推進する組織のエコシステムを拡大し、より多くのスタッフや研究者を雇用するとともに、国内外の研究者と提携し、エネルギー転換に関する厳密な分析を普及させることが可能になる。「クライメート・インテグレートに移ったら、割と研究機関との、今まで付き合いのなかった人たちと付き合える、力にできる」と平田は言う。

これまで、共同研究こそがクライメート・インテグレートの最大の強みだ。設立から2年間で、米ローレンス・バークレー国立研究所と提携し、2035年までの日本の電力セクターの脱炭素化の道筋を示し、またドイツに拠点を置くNGO NewClimate Instituteと提携し、日本の大手企業10社の排出削減対策を評価する報告書を作成するまでに至った。

平田は現在も気候ネットワークの理事を務めている。2つの団体は、脱石炭火力に関わる諸問題について現在も連携で活動を続けている。“クライメート・インテグレートが仕事をする結果、気候ネットワークがもっともっと強くなることも願っているので、気持ちとしては一緒に走っている感じです。”と平田氏は語る。

地域に根付いた取り組み

クライメート・インテグレートのもう一つの強みは、地域社会や地方自治体とつながり、それぞれの地域で気候変動対策に取り組むための助言を行うことだ。

それこそが、平田が検証しているもう一つのセオリー・オブ・チェンジであり、自治体から国へと広がるボトムアップの変革理論なのだ。

(市町村との取り組みが) 究極の目的ではなくて、政策転換がセオリー・オブ・チェンジのコアだと思っているので、やっぱりそこにつなげていくための材料なんですよね。材料とかピースって言うと、なんか駒みたいに使ってるみたいなんですが、私にとっては非常に大事なピースで、それをフィードバックして最終的には政策を動かしていかないと、スピード感という意味でもスケールでも(気候変動対策として)間に合わない。

これまで助言を提供してきた多数の団体の中で、クライメート・インテグレートが最も緊密に連携してきた自治体は3つ。山形県酒田市では、平田と彼女の同僚らが地域の石炭火力発電所や風力タービンの所有者、学生、青少年グループと会合を持ち、排出削減戦略と過疎化する都市を活性化させるための戦略を練っている。

また、兵庫県豊岡市では、地元の観光協会がクライメート・インテグレートを招き、気候変動への適応策について話し合うための勉強会を開催した。ウィンターツーリズムに依存する多くの町と同様に、豊岡市のスキー場も気温の上昇と降雪量の減少の影響を感じつつあった。そこでクライメート・インテグレートと観光協会は、2040年代のカーボンニュートラル実現に向けた「ゆきみらい100年宣言」を発表する運びとなった。

そして最後に、平田は千葉県市川市の環境政策アドバイザーに任命された。彼女は市川市の市民でもあり、市のウェブサイト市長もその事実を誇らしげに記しているほどだ。

こうした自治体のニーズはそれぞれ異なるため、クライメート・インテグレートの関与の仕方も異なるが、これが平田の最新のセオリー・オブ・チェンジなのだ。

人々への信頼

平田が指摘したインフォメーション・ギャップ、つまり気候変動やエネルギー政策に関する誤った情報があまりにも多く、人々を無為無策へと陥れている現象を改善するには、人々への信頼が不可欠であることは明らかだ。平田は特に日本の人々に対してそのような信頼を抱いている。しかし、彼女の信頼は決して盲信ではない。

日本人って、社会問題みたいに大きい問題を自分が変えられると教えられてないので、自分の問題じゃない問題は考えないっていう意識の断絶が、結果的には悪意を持ってなくても現状の体制を維持することに加担していて、そこには気づいていない人たちだと思う。

その一方で、彼女は日本人の本質的な良さを見抜いている。「逆に私はそこはまだ可能性があると思って信じてる。」

何かしたいし、心配だから人にいいことしたいって優しい人いっぱいいるじゃないですか、日本人って。なので、その人たちにちゃんと今こうしないとまずくて、こうしたらできるよって情報が届けば、日本の人たちって力を出せる

だからこそ平田は、クライメート・インテグレートやそのような組織が、「心に届くように、すとんと落ちるように伝えて、人々がそれぞれの場所で一歩踏み出すことを後押しするように」正確な情報を発信し続けることが不可欠だと考えているのだ。

この記事を読んでいる、活動家やアナリストや政治家でもない人々に向け、平田はこんな言葉を残した:「私自身、もともと力もないけど, 一歩動いてみようって動いているところから始まっている。一人一人の力は実はすごいものなので、それを過小評価せず、今動く力に変えてもらえると嬉しい。」


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