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詩『秋刀魚』

スーパーで二尾350円の秋刀魚を買う。
帰宅して塩をまぶし、しばらく置いてから
胴に切り込みを入れていく。
微かな反発のあと、プツリと表面が裂ける。
刃先が肉に沈む。
深く切ってはいけない。
深く切ると千切れてしまう。
いつもの習いで深く切り過ぎないように、
自分に言い聞かせる。
秋刀魚から流れ出した黒い体液が控えめに
俎板を染めていく。
私は長らくセックスしていなかった。
それは致し方ないことだった。
焼ける秋刀魚をグリルの窓から覗いていると、
何処かから赤子の泣く声が聞こえる。
訴えるような切実さの籠る声音ではない。
むしろそれは無垢で原始的だった。
私は手が焼けるのを躊躇わず、
グリルから秋刀魚を手掴みで取り出し、
口に運ぶ。
得体の知れない悲しみが口いっぱいに
広がっていく。
知らぬうちに股から流れ出した液体が
ぬらぬらと床を覆っていた。
ごめんなさい。
私は腹を摩って謝るしかなかった。

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