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バレエマスターの想い

みなさま、こんにちは。
バレエ「えんとつ町のプペル」製作総指揮の関 巴瑠花(せき はるか)と申します(作品への想いはこちらから)。

プペルバレエのプロ公演プロジェクトが本格化し、初期製作チームを解散して、バレエマスターの中島駿野さんと私の2人だけがチームに残りました(決断の時)。
 
そのときの会議で、「言い出しっぺである2人は、このあと2人で話したほうがいんじゃないか?」と言ってもらい、解散後にそのまま2人で話すことになりました。
 
本格的にプロ公演を進めるためには、相応の覚悟が必要になります。その覚悟があるのかどうかを、お互いに確認しましょう!となりました。
 
このとき中島さんからは、「一緒にやっていきたい想いはあるが、覚悟を決めきる想いの部分がうまく説明できない」と言われました。
 
実は中島さんは、私が動き出したちょうど同じころ、プペルバレエをつくりたいと別のところで動き出していたのです。その時の仲間から始まったのが初期チームです(初期チーム結成)。
 
私としては、中島さんもプペルバレエをやりたいと思って自分で動き始めていたわけだから、「プペルバレエへの熱い想いがあるはず。それがなくて動き始めるかな?」と思っていました。
 
そこで、「今ここで、想いを深堀ってみよう!」としつこく聞いてみることにしたのです。
 
いろいろ質問をしてみると、中島さんは外に表現できていなかっただけで、あふれるようにプペルバレエへの想いが湧きあがってきました。
 
その1つが、「自分もバレエダンサーとしてあきらめたくない」「みんなにもバレエダンサーとしてあきらめてほしくない」という想いでした。
 
プロのダンサーになることはゴールではなくて、スタートである。
 
ダンサーになったあとに、「良い役はもらえないから」とか、そこであきらめたくない。
 
プロダンサーが上を向いて、がんばっている姿を見せることで、子どもたちに夢や希望を届けたい。
 
そんな熱い想いでした。
 
中島さんは、「星はある」と信じ続けるルビッチの姿にプロダンサーとしての自分の姿を重ね、勇気づけられていたそうです。
 
「やる理由、こんなにあったね」
 
と話し、バレエマスターを続投することに決まりました。
 
私は「自分らしくあきらめないでほしい」、中島さんは「プロダンサーとしてあきらめたくない」と。プロジェクトの「想い」がさらに強く、大きくなった瞬間でした。
 


バレエ「えんとつ町のプペル」
製作総指揮 関 巴瑠花



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