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『夢中さ、きみに。』と『女の園の星』に見る令和時代の新しい“日常系”

最近は書店で新しいマンガに出会うより、Twitterの海で出会うことのが多くなった。これは本が売れなくなったこと、出版社が新刊を宣伝する体力がなくなったことと関係しているんじゃないだろうか。

編集部が(もしくは作者自身が)Twitterを使って1話分まるごとアップすることで“試し読み”の機会を作り出し、そこで話題になれば口コミでそのまま広がってくれるという流れが最近は主流になりつつある。

そう、まず読んでもらわないと始まらない。

その典型的なマンガのひとつが和山やま先生の『夢中さ、きみに。』だったと思う。僕もまんまとTwitterで読んでハマった。

男子高校生のゆるい日常

男子高校生たちの日常を描いた、とてもゆるくて爽やかなマンガだ。「オムニバス形式で男子高校生たちの生態を描く」と書くと、よくあるモノかと思われるが、これが爆発的にヒットしたのは“本当にゆるい”ことなんじゃないかと思う。

とにかく文脈にチカラが入っていない。殊更に“笑わそう”とか“考えさせよう”なんて色気は皆無で、大人になった僕らに本当になんも考えていなかった高校時代の牧歌的モラトリウムのような日々を懐古させてくれる。上にもYouTube動画を貼ったが、1話目の林くんの“ゆるさ”がとても素敵なのだ。

僕が好きな話は2話目の「友達になってくれませんか」だ。これが単行本が発売する時期だったかにTwitterでアップされたのを読んで、読んだ瞬間に「すき!」と思って即購入した。

文学少女が読後にSNSへ感想を投稿していると、知らない人からレスがつく。気になってプロフィールを覗くと、その人は街角で撮影した様々な文字をコラージュして文章を作っている変わった人物だった。なんとも現代的な出会いだが、実はこのコラージュ投稿の主は1話目にも登場する林くんで、その独特な世界観が文学少女の心を鷲掴みする。

現代的なシチュエーションではあるが、同時にとても純文学的なふたりのやり取りが美しく尊いとさえ思えてくる。

『夢中さ、きみに。』は口コミで爆発的に広がり、とうとう2020年の「第24回 手塚治虫文化賞 短編賞」と「第23回文化庁メディア芸術祭 マンガ部門 新人賞」をダブル受賞するまでになった。

女子高の教師という日常

こうなると次回作が楽しみだ、というところで刊行されたのが女子高を舞台に、そこに勤める国語教師・星先生の日常が描かれている『女の園の星』である。

「女子高」というと、とたんに“耽美で華やかな女子たちの生態”だったり、男子教師にとっては“ハーレム状態”な展開を安易に想像しがちだが、この作品は『夢中さ、きみに。』同様に、とてもゆるい。

『夢中さ、きみに。』の林くんにも通じる星先生の朴訥とした雰囲気と生真面目な性格がゆえに女子高生にからかわれたり、同僚の小林先生との男子同士のバカなやり取りも全てがゆるい。そして、そこがジワジワと癖になる。

それから、これも重要な要素だと思うのだが、絵柄がキャッチーなところも人気の一因だと思う。和山やま先生は古屋兎丸、伊藤潤二、小林まこと等に影響を受けているらしく、『夢中さ、きみに。』にはズバリ伊藤潤二作品に出てくるような二階堂くんという男子が出てきたり、この『女の園の星』では絵柄が古屋兎丸風味を増してきた印象すらある。

そして、そんな端正な顔立ちであまり表情を変えない淡々としたキャラクターたちのセリフ回しが、時に文学的な表現に展開していくところも読みごたえがあって良い塩梅なのだ。

そう、文学的なセリフのやり取りの行間をキャラクターの表情やコマ割りで過不足なく表現している絶妙なバランスが癖になるのだろう。これは逆に言うと映像化が難しい作品なのかもしれない。マンガだからこそ出来る“ゆるさ”という時間の流れを最大限楽しめる。そこが和山やま作品の素晴らしさなんだと思うのだ。

ところで7月21日(火)にBS日テレで特集されるらしい。これも併せてチェックすると魅力がさらに分かるかも。僕も楽しみだ。

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