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ハロヲタから観た『黑世界』に至る前日譚

演劇女子部ミュージカル『LILIUM-リリウム 少女純潔歌劇-』から早6年の月日が経った。もう6年だ。今や当時のキャストはスマイレージ(現アンジュルム)には竹内朱莉(カトレア)と佐々木莉佳子(ミモザ)しか在籍していない。モーニング娘。としても譜久村聖(竜胆)、石田亜佑美(チェリー)、佐藤優樹(マーガレット)、小田さくら(シルベチカ)、加賀楓(クレマチス)しか残っていない。

時の経つのは早い。

『LILIUM』の回想あるいは懐古

ミュージカル『LILIUM』は今や伝説となっている。ほとんど10代の少女のみで構成された舞台で、これほどまで完成されたものを目の当たりにすることは稀だ。僕が観劇したのは東京公演も半ば過ぎた頃だった。あの日も雨が降っていた。

ハロプロの舞台なんて、普通はヲタしか居ないものなのにロビーに着くと普通の女性客の姿が目立っていた。一瞬「あれ?場所間違えた?」と思うくらいヲタヲタしさが薄かった。後々知るのだが『LILIUM』の評判を聞いた『TRUMP』シリーズのファンである女性たちが当日券を購入して続々と押し寄せているらしかった。その時、僕に『TRUMP』の知識はなかった。『LILIUM』自体も2年前に『ステーシーズ』を見事なミュージカルに仕立てた末満さんが演出のオリジナルだというくらいしか前情報を入れてなかった。

そう、特に期待もしないでスッと入ったら、その2時間後にはズドンと奈落の底に突き落とされていた。周りでは女性のすすり泣く声が何時迄も聞こえている。そんななかで、僕はしばらく呆然と座っていた。ハロプロのようなアイドルにこんなにも残酷で救いのない物語を演じさせられることに衝撃を受けていた。そして、言いようのない感動で震えていた。

凄いものを観た。

案の定、終演後に帰宅しながらチェックしたTwitterなどでは様々な方面から絶賛の嵐が巻き起こっていた。あの時の熱狂は、一種のカルト的なムーブメントと化していた。舞台ファンは挙って「あのファルス役の美少年だれよ?」と沸き、それにハロヲタが「モーニング娘。の工藤遥さんです!」と布教し、『TRUMP』ファンたちはハロヲタに「他の『TRUMP』シリーズも観てください!過去との繋がりを知ると、より絶望が増します!」とよく分からない布教をし返していた。

僕はそんなうねりを見ているのが楽しくて仕方なかった。そして、この伝説の舞台に立ち会うことが出来て本当に良かったと思った。

『グランギニョル』と『マリーゴールド』

『LILIUM』が上演された2014年からハロプロ全体で卒業や新体制への移行が増えた。モーニング娘。はカリスマリーダー道重さゆみが卒業し、スマイレージは名前をアンジュルムと改名。そして『LILIUM』で主演のリリーを演じたモーニング娘。のエースであった鞘師里保が2015年に突然の卒業。翌2016年にはマリーゴールド役で一躍、将来のミュージカル女優へ期待が高まったアンジュルム田村芽実が、そのミュージカル女優への転向のため卒業した。

鞘師はモーニング娘。卒業後、そのまま海外へダンス留学し、半ば引退状態になるが、田村芽実は1年間の休養後に夢のミュージカル女優への階段を昇りだした。

2017年『TRUMP』シリーズの新作『グランギニョル』が発表された。

世は2.5次元舞台人気真っ盛り。『グランギニョル』はそんな層へも波及効果のある俳優陣、また元宝ジェンヌも配役することでズカオタにも広がり、更にはキキ役として田村芽実もキャスティングされ、ハロヲタからも再注目されるようになった。

当然、僕も観劇した。サンシャイン劇場は『LILIUM』とはまた違う客層で溢れていた。『TRUMP』ファン、ズカオタ、ハロヲタに一部2.5次元好きなアニオタも混ざっていたように思う。そういえば開演ギリギリに到着した僕の前を田村芽実ゆかりのアンジュルムメンバー達がキャッキャ言いながら通り過ぎるというサプライズもあった。

『グランギニョル』は極上のエンタメ舞台だった。そして、田村芽実の演じたキキは『LILIUM』にも通じるキャラクターだったことが判明し、それにハロヲタ、『TRUMP』ファンは震えて泣いた。

翌2018年にはミュージカルとして『マリーゴールド』の公演が発表された。もう、タイトルが発表された瞬間に『LILIUM』観劇を済ませている民は全員が繭期を再発した。

完全に『LILIUM』で登場した狂気と悲劇の少女マリーゴールド(ガーベラ)がクランへとやってくるまでの前日譚である。そして当然、主演は田村芽実だった。

あのマリーゴールドが、如何にしてマリーゴールドとなったのかを「これでもか!これでもか!」と胸を抉るような悲劇として『マリーゴールド』は繭期の僕らを打ちのめした。その台詞の一言、一言に泣き、彼女の未来に絶望し、末満という悪魔を呪った。

そして田村芽実は元宝塚トップスターである壮一帆(アナベル)、愛加あゆ(エリカ)と堂々渡り合って本格的なミュージカル女優としての存在感を存分に見せつけてくれた。

『TRUMP』シリーズの年表は、こうして次々と埋められていき、2019年には『SPECTER』『COCOON 月の翳り・星ひとつ』が上演されていった。

そして同2019年には別の大ニュースがハロプロ界隈にあった。

それが鞘師里保の芸能界復帰である。

コロナ禍に咲いた黑い百合の花

2019年3月30日幕張メッセで行われた『Hello! Project 20th Anniversary!! Hello! Project ひなフェス 2019』に鞘師里保がゲスト出演を果たしたのだ。この衝撃度は筆舌に尽くし難い。

辻希美、加護亜依によるW(ダブルユー)再結成も涙なしには観られないのだが、それ以上に一夜限りの鞘師里保モーニング娘。復帰は、ぜひ観て欲しい。もう、登場した瞬間に「ぎゃああああああああああああ!」という黄色い絶叫が幕張メッセを揺らしたほどだった。そう、2015年以降にモーニング娘。を知った新規層からしたら鞘師里保は生きるレジェンドだ。その雄姿は映像でしか観ることが出来なかったし、今後も観れる保証はどこにもなかった。

それが何のキマグレか、実現したのだ。会場の絶叫はほぼ女性の声で占められていた。これはジャニーズのコンサートか?と思うほど、女性の大絶叫が木霊した。それは春の幻だったんじゃないだろうか。

鞘師はその後、盟友・中元すず香が率いるBABYMETALへ電撃サポート参戦を発表し、自身の舞台を一気に世界へと飛躍させた。グラストンベリーに立つ鞘師を観た時、鳥肌が立つほど感動した。

だが、鞘師がこのままベビメタのダンサーになるというのには懐疑的だった。なんとなく、鞘師はもっと色んな面を見せていく人になるように感じた。その為の一歩がベビメタ参戦だったように思えたのだ。

2020年、年明けから世界は不穏な空気に包まれた。

未曽有のコロナ禍によって、あらゆる娯楽が奪われた。舞台、コンサート、スポーツ観戦、全てのエンタメが停滞し、世界は暗黒に包まれた。

そんな7月。ひとつのニュースが飛び込んできた。

上演が予定されていた『TRUMP』シリーズの新作ミュージカル『キルバーン』が新型コロナウイルスの影響により延期となったことを受けて、上演が決まったのが朗読劇『黑世界』だ。

そのタイトル発表と共に解禁された主演が鞘師里保だった。

そう、『黑世界』は『LILIUM』で生き残り不老不死となってしまったリリーが悠久の時を放浪して彷徨う世界の物語であったのだ。その突然の大ニュースは陰鬱としたコロナ禍にあって、ハロプロ界隈、TRUMP界隈は元より新たにベビメタ界隈まで巻き込んで狂喜乱舞の大騒ぎとなった。

とうとう鞘師が『TRUMP』シリーズに帰ってきた。リリーが僕らの前に帰ってきたのだ。僕らは刮目しなければならない。表舞台へと帰還した鞘師里保とリリーがどんな旅路を歩むのか。それはもしかしたら、リリーにとって新たな悲劇の始まりかもしれない。しかし鞘師里保にとって、また鞘師里保を待望していた僕らにとっては、この暗い世界にポツリと優しく咲く道しるべの百合の花であることを願うのだ。

そんな祈りを胸に『雨下の章』『日和の章』を観劇しようではないか。


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