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暮色を帯びた『蜜柑』と和田彩花

先日、あやちょがぱいぱいでか美さんの配信イベントにゲスト出演した。

最初、視聴するかどうか迷っていたが、直前にあやちょのつぶやきを見て、チケットを買った。

文豪と呼ばれる人たちで人気があるのは、やはり太宰治だろう。だが、僕が一番好きなのは芥川龍之介だ。小学生の頃、芥川の『杜子春』を元にしたミュージカル劇を「学習発表会」という行事で演じたことがある。その時に読んだ『杜子春』がとても面白く、子供の僕にも読みやすく、取っつきやすかった。

なかでも『蜘蛛の糸』が一番好きだった。絵画コンクールでは『蜘蛛の糸』のラストシーンをモチーフに絵を描いたこともあった。

高校の頃、学校が嫌になってドロップアウト寸前まで行った僕がギリギリで踏みとどまって反発しながらも卒業できたのも、その頃の進研ゼミのCMで筋肉少女帯の『蜘蛛の糸』という曲がテレビからよく流れていて僕を励ましてくれたからだ。

よく高校を勝手に早退して、ブラブラと河川敷を歩いてダムの畔で過ごした。遠くに見える高架を走る貨物列車をぼんやり眺めては、夕方まで時間を潰していた。そして『蜜柑』を読んだのもその頃だ。

『蜜柑』は短編小説なんだが、とても私小説的な雰囲気、どこかエッセイのようなラフさのある作品である。

内容を簡単に言うとこうだ。

ある曇り空の冬の日。「私」が憂鬱な気持ちを抱きながら汽車に乗り込むと近くに13歳くらいの娘がやってきた。その娘は大きな風呂敷を抱え、ひどく田舎者に見えた。

娘はトンネルに入ると閉め切っていた窓を無理やり開けようとしだす。もうもうと煙を吐きながら走る汽車の窓をトンネルで開けるとどうなるかも理解していない彼女を「私」は疎ましく見ている。彼女は、しかしお構いなしに窓を開けてしまう。

案の定、外の煙が車内に入ってきて「私」はひどく咳き込む。頭にきて叱りつけようとしたその時、トンネルを抜けた踏切の先に頬の赤い幼い少年たちがいた。

娘は、すると懐から蜜柑を取り出し、彼らに向かって窓から投げだした。ひとり旅立つ娘をわざわざ弟たちが見送りにきていたのだろう。感謝の気持ちをこめて蜜柑を投げる娘を見ていると「私」にもなんだか爽やかな気持ちが湧いて来るのだった。

簡単にと言ったが、ほぼこれが全てだ。憂鬱な気持ちで周りの全てにイライラしている「私」が、一瞬の光景の美しさに心を奪われて、一気に晴れやかになるラストシーンの爽快さが最高に心地よい。

冬の夕暮れに頬を赤らめた少年たちと蜜柑。その赤とオレンジのコントラストが鮮やかで泣きそうになるほど美しい。

学校をさぼって読んでいた僕も、ちょうど通り過ぎる貨物列車の警笛と夕焼けが眩しくて泣きそうになったのを鮮明に覚えている。というか、今回あやちょが『蜜柑』を題材にすると呟いた瞬間、ブワッと記憶が蘇った。

僕は、すぐさま配信チケットを購入した。

「アカデミック☆デカミックスナイト」と銘打ったイベントだけあって、そういう学術的なモノとのコラボを思いついたのだろうか。なぜ、あやちょが『蜜柑』を題材に選んだのかは言及されなかったが、僕なりにライブを観ながら思ったことを書いていきたい。

ライブは『蜜柑』の朗読からはじまった。しばらく読んだ流れで『#15』を歌いだす。朗読のBGMからシームレスに曲が始まっていくのが自然で良かった。そのまま2曲目『空を遮る首都高速』がはじまる。

個人的に2020年のハロプロ楽曲大賞の楽曲部門4位にしたくらい好きな曲だ。そして、この憂鬱な首都高速と『蜜柑』の汽車が奇妙にリンクする。

『空を遮る首都高速』から再び朗読。あやちょがカオスパッドを操作しながら自分の声をサンプリングしていく。その声とSEが不協和音のように木霊して、ゆわんゆわんとした空間を作り出す。

新曲『パーク』から『Une idole』の流れ、それは『蜜柑』の「私」が見つめる娘の見え方、先入観や決めつけの感情をトレースしているように感じる。

そこからの『ホットラテ』は、物語終盤の劇的な光景によって「私」にあった偏見や思い込みを溶かすような温かみを表現しているようだった。

ライブは『エピローグ』で美しく終わる。

とても考え抜かれた構成に思えた。『蜜柑』の世界観と自分の曲に共通する感覚をうまく融合させていた。僕の解釈が、あやちょの考えと同じかどうかは分からないが、僕のなかにある『蜜柑』のイメージは、たしかに具現化されていたように感じた。

素晴らしい試みだと思う。

終演後の感想であまり『蜜柑』に言及するものがなかったので、ここに主題であるライブと朗読の融合についての考察を記しておきたくなった。たぶん、今後の和田彩花ライブは同じような純文学や小説、詩集を題材にした構成が増えていくのだろう。もしかしたら、絵画や画家からインスパイアされた演出なんかも考えていくかもしれない。

そんな新しい表現を提示してくれる和田彩花が、今後も楽しみだ。



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