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【実話怪談】ドッキリカメラ

2ch(いまは5chか)のオカルト板にある洒落怖スレでも『人が狂う瞬間』というヒトコワ系の話があったが、僕もそういう瞬間に出くわしたことがある。

20代の頃の話だ。職場に人付き合いも面倒見も良い30歳くらいの先輩がいた。典型的な関西人って感じのノリの良い人で、禿げ始めていたことも自虐ネタのようにして笑って話すような人だった。

その人(Aさんとする)は、職場の傍に風呂無し1Kのボロアパートを借りていて、ほとんど部屋には寝る時だけ戻るような生活をしていた。銭湯が好きで、仕事中に色んな銭湯を巡ったりしている話もたまに聞いた。

とにかく、表面上で何か問題を抱えていたり悩んでいたりは全く感じさせないような人だった。

ある日の事。職場が手狭になった関係で駅近くの広めの物件に移転することになった。業者による運び出しと併せて自分たちの荷物は自分たちで運んだりもしている時に、とある仕事の保管資料が何点か紛失していることが発覚した。どう考えても無くなるような物ではなく、またちょっとした資料価値のある物だったので「もしかしたら引っ越しのドサクサで盗まれた?」という可能性も出た。社内でも事情を聞かれたが、僕らには思い当たる事もなく、結局は被害届も出したのか出さなかったのか、分からないまま有耶無耶になった。

Aさんがおかしくなるまでにあった変わった事と言えばこれくらいだ。

移転が完了して数日が経った頃から、Aさんが少しずつ変な事を言うようになった。

「最近、隣が夜中にうるさいねん」

最初はそんな愚痴からだったと思う。

「そうなんですか。災難ですね」

とか適当に流して聞いていた。それが徐々に

「帰ったら部屋が荒らされてた」「隣のヤツが壁をドンドン叩き続けとる」「誰かが部屋に勝手に入っとる気がする」

なんて話を困ったように話す事が増えてきた。「なんやろなぁ。なんやろか」と不安そうに言うので、僕らは何人かで連れ立ってAさんの部屋に行ってみた。Aさんのアパートは『まんが道』のトキワ荘のような木造2階建てで、Aさんの部屋はその1階の角部屋だった。「昨日も荒らされたんや」と言うAさんに促され部屋に入ると、とんでもない光景が広がっていた。

入口すぐのキッチンは異常なかったのだが、その奥の六畳間は壁紙はボロボロに剝がされており、押し入れやタンスの物が乱雑に部屋中に散らばっていた。なかでも異常だったのがテレビだ。ケーブルがズタズタに切断されており、ブラウン管もバキバキにヒビ割れていた。そしてその惨状に僕らが言葉を失っていると

「たぶん隣のヤツのせいやと思うんよ」

とAさんが呟いた。

「隣のヤツが監視しとるんよ。それで昨日も文句ゆうたってん」

ニヤリと笑うAさんに「えぇ……」とドン引きしてしまい、僕らは適当な相槌をするだけで早々に退散した。

Aさんはその日、職場には戻ってこなかった。

僕らは職場に戻っても、なんとなくさっきの事を話すのが怖くて各々の仕事に集中してAさんが戻ってこない事も忘れていった。

それから2日ほどAさんは無断欠勤をした。

全く連絡がつかなくて心配していた午後。Aさんが大声で叫びながら職場にやってきた。

「ドッキリや!ドッキリだったんや!」

大声で「ドッキリだ」と叫ぶのを呆気に取られて眺めていると、Aさんは「さっき〇〇さん(社長のこと)にもゆうたってん!」「なんでカメラあるの誰も言ってくれへんの!」と笑いながら仕事場をグルグル歩き出した。

そこに遅れて社長がやってきて黙ってAさんを強引に連れて出ていった。

Aさんは全く抵抗はせず、でもずっと笑いながら「〇〇さん、殺生やで!カメラでずっと撮ってんねんもん!ビックリするわ!ねえ!そうやったんや!」と叫んでいた。

それからAさんを見ることはなかった。

社長が言うには数日前から社長も引っ切り無しにAさんから異変を相談されていて、でもその内容や様子がおかしいことから関西在住のAさんの両親にも様子を伝えて連絡を取り合っていた矢先の事だったらしい。Aさんは上京してきた両親が引き取って入院する事になったが、最後までAさんは「これもドッキリか!」と笑っていたらしい。

人が狂う瞬間を見たのはこれがはじめてだった。

結局、原因は分からず仕舞いだったが、本当に昨日まで普通にしていた人が、突然おかしな行動、言動をしだす恐怖というのは筆舌に尽くし難い。なによりも怖かったのは、「ドッキリや!」と笑うAさんの瞳がハイライトの無いビー玉のように漆黒に染まっていた事と、Aさんの隣の部屋は誰も住んでいない空き部屋だったという話を後日聞いた事だった。

はたしてAさんの身に何が起きたんだろうか。何がAさんをアチラ側へと連れて行ってしまったんだろうか。

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