蜘蛛の糸 こんな御釈迦様いやだ

※細字:蜘蛛の糸より抜粋 太字:弱聴オリジナル

 或日の事でございます。御釈迦様(おしゃかさま)は極楽の蓮池のふちを、独りでぶらぶら御歩きになっていらっしゃいました。

「あー、暇や。暇すぎる。」

 池の中に咲いている蓮の花は、みんな玉のようにまっ白で、そのまん中にある金色の蕊(ずい)からは、何とも云えない好い匂いが、絶え間なくあたりへ溢れております。極楽は丁度朝なのでございましょう。

「今日もいい天気、蓮の花の好い匂い、長閑な極楽…って毎日同じでつまらん!もっとこう楽しいこと無いわけ?」

 やがて御釈迦様はその池のふちに御佇みになって、水の面(おもて)を蔽っている蓮の葉の間から、ふと下の容子(ようす)を御覧になりました。この極楽の蓮池の下は、丁度地獄の底に当って居りますから、水晶のような水を透き徹して、三途の河や針の山の景色が、丁度覗き眼鏡を見るように、はっきりと見えるのでございます。

「暇だから、いつもの救済ゲームでもやるか。えっと、タブレット…あったあった!はい、地獄スキャン。」

 するとその地獄の底に、犍陀多(かんだた)と云う男が一人、外の罪人と一しょに蠢(うごめ)いている姿が、御目に止まりました。

タブレットでこの男をスキャンすると犍陀多の情報が表示されました。
「えーっと、名は犍陀多。大泥坊で殺人に放火。あぁ、いろいろやってきたのねぇ~。
 救済ポイントは、『蜘蛛を踏み殺そうとしたが思いとどまり殺さずに助けてやったことがある』なるほど、じゃあコイツの救済アイテムは蜘蛛の…どうしようかなぁ…蜘蛛の…糸だ!蜘蛛の糸にしよう!」

 幸(さいわい)、側を見ますと、翡翠(ひすい)のような色をした蓮の葉の上に、極楽の蜘蛛が一匹、美しい銀色の糸をかけております。御釈迦様はその蜘蛛の糸をそっと御手に御取りになって、玉のような白蓮の間から、遥か下にある地獄の底へ、まっすぐにそれを御下しなさいました。


 何気なく犍陀多が頭を挙げて、血の池の空を眺めますと、そのひっそりとした暗の中を、遠い遠い天上から、銀色の蜘蛛の糸が、まるで人目にかかるのを恐れるように、一すじ細く光りながら、するすると自分の上へ垂れて参るではございませんか。

 早速その蜘蛛の糸を両手でしっかりとつかみながら、一生懸命に上へ上へとたぐりのぼり始めました。

 しばらくのぼる中に、とうとう犍陀多もくたびれて、もう一たぐりも上の方へはのぼれなくなってしまいました。そこで仕方がございませんから、先(まず)一休み休むつもりで、糸の中途にぶら下がりながら、遥かに目の下を見下しました。

 蜘蛛の糸の下の方には、数限(かずかぎり)もない罪人たちが、自分ののぼった後をつけて、まるで蟻の行列のように、やはり上へ上へ一心によじのぼって来るではございませんか。

 そこで犍陀多は大きな声を出して、「こら、罪人ども。この蜘蛛の糸は己(おれ)のものだぞ。お前たちは一体誰に尋(き)いて、のぼって来た。下りろ。下りろ」と喚きました。
 その途端でございます。今まで何ともなかった蜘蛛の糸が、急に犍陀多のぶら下がっている所から、ぷつりと音を立てて断れました。ですから、犍陀多もたまりません。あっと云う間もなく風を切って、独楽(こま)のようにくるくるまわりながら、見る見る中に暗の底へ、まっさかまさにおちてしまいました。

「あーあ、落ちちゃったー。今日もダメだったかぁ」

 しかし極楽の蓮池の蓮は、少しもそんな事には頓着致しません。その玉のような白い花は、御釈迦様の御足(おみあし)のまわりに、ゆらゆら夢(うてな)を動かして、そのまん中にある金色の蕊(ずい)からは、何とも云えない好い匂いが、絶間なくあたりへ溢れて居ります。極楽ももう午(ひる)に近くなったのでございましょう。

「あぁ、つまんないなぁ。今日のお昼なにかなぁ」


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 今、芥川龍之介にハマっていて、幼少期の紙芝居で見た「蜘蛛の糸」以来初めて単行本の「蜘蛛の糸」を読みました。
 すると幼少期には感じなかった「理不尽さ」を感じましたので、御釈迦様にキャラをつけて、少しオーバーですが理不尽さを強調してみました。

 小さすぎる救済理由、心もとない救済アイテム、先の見えない綱のぼり。
 ここでは省きましたが、本文では御釈迦様に対する丁寧すぎる言葉使いや、極楽と地獄のギャップ。
 その他にも物語の節々に世の中の世知辛さを感じずにはいられません。

 「欲張っちゃだめだよ」という教訓、と見せかけて「世の中の理不尽さ」を描く。しかも「極楽と地獄」「御釈迦様」という設定で。
 また蜘蛛の糸は児童向けに書かれたものだそう。

 もし本当に芥川が、教訓だけではなく、違う意図も込めて子どもたちに向けて書いていたとしたら…

めっちゃ、カッコイイ―――――!!!!!

という、芥川ファンの叫びでした。おしまい。

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