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【レポート】気象データの取得環境を問う――「地球温暖化観測所」設置の提案(キヤノングローバル戦略研究所ワーキングペーパー)

 地球温暖化の根拠となる気温上昇値の測定は、適切な環境で行われているのか。調査・研究のバックボーンとなるデータの取得方法について、より厳密に行うべきだとの提言をキヤノングローバル戦略研究所(CIGS)の杉山大志研究主幹と近藤純正・東北大名誉教授が共同で発表し、去る12月19日、CIGSで開かれた記者懇談会に出席して参りました。

 両氏が発表した「『地球温暖化観測所』設置の提案」は、日本の地球温暖化量の正しい評価を行うために、地上30〜50メートルでの観測を提案しています。観測は全国20〜30か所の鉄塔で行うのが望ましいとし、風速測定用の測風塔や電力送電用の鉄塔、携帯電話基地局を活用することで費用を抑えるとしています。

 今回の提言の背景にあるのは、地球温暖化のデータに用いられている観測値を取得する周辺環境の問題があります。理想的な観測施設は、ビルなどの建築による都市化や周辺の植生の変化による影響が少ないことが挙げられますが、実際には周辺環境の状態はさまざまだそうです(後述しますが、近藤先生は全国各地の観測施設に赴いて調査しています)。地球温暖化により、日本国内の気温は100年で1.1℃上昇したというのが気象庁の「公式見解」になっていますが、そのベースとなる測定のしかたそのものが十分な状態とは言えない、と杉山研究主幹と近藤先生は指摘しているのです。

 東北大学で長らく気象学について研究した近藤先生は、現役時代から気象庁が発表する地球温暖化量に疑問を持っていたそうで、1997年に退官してからは、気象庁の全国の観測施設を訪ね歩き、周辺環境を調べています。近藤先生が特に注視しているのは、気象観測値に影響する三つの要素です。①時代による観測方法の変化のほかに、②都市化の影響(緑地の減少やビルの高層化)と、③「日だまり効果」(=観測所の風通しが悪くなり平均気温が上昇)で、これらの要素を考慮して補正した値が、「正しい温暖化量である」と近藤先生は主張しています。近藤先生が調べたところでは、地球温暖化による日本の平均気温の上昇値は、100年につき0.7℃だとしています。

 上述の3点の要素のうち、近藤先生が名づけた「日だまり効果」の定義は、「観測露場の『空間広さ』*が狭くなると風通しが悪くなり、日中の気温は高めに観測される。夜間は放射冷却が強くなり、気温は低く観測される。日中の気温上昇量が夜間の下降量よりも大きく、日平均・年平均気温は高めになる」ことです。
* 観測露場の空間広さと計測される温度の関係については、提言書4ページ参照のこと。

 気象データを観測する施設は当然のことながら、一定の環境のもとで観測することが求められています。具体的には、地上から1.5メートルほどの高さで、風通しの良い場所で観測することが求められていますが、実際には日本の気象データを取得する気象庁の観測施設が、すべてこの条件を満たしているわけではないというのが、各地を巡って調査してきた近藤先生の見解です。観測施設のごく周囲は定期的に気象庁が管理していたとしても、さらに広い範囲に目を向けると草木が荒れ放題になっていて、観測値に影響を与えているケースは少なくないそうです。

 上述のこれまでの主張に加え、今回、近藤先生が杉山研究主幹と共に提言した「地球温暖化観測所の設置」を求める理由としては、高度30〜50mの観測ならば、従来の地上1.5mの場合のように周辺環境の影響を受けづらいことも挙げています。

 筆者と近藤先生とは、前職の新聞社時代に取材したご縁があり、このたびまる10年の時を経て再会しました。2009年秋、各地の測候所を巡る近藤先生の活動を取材するため、青森県深浦町に同行しました。偶然に出会った現地の方をつかまえて、観測施設の周辺環境の手入れが必要なことを熱心に説くことから始めた姿が、今も強く印象に残っています。最終的には、町役場まで動かしていました(この時の記事は、読売新聞2009年12月10日付夕刊に掲載)。現地を訪れて調査しながら、地域の人たちを巻き込んで協力を得ていくのが先生のスタイルです。

 奇遇なことに、10年ぶりに連絡を受けるわずか10日ほど前、まったく別の場で近藤先生のことを思い出しておりました。別分野で観測を日常的に行っているN先生と話す機会があり、最近の学生に見られる傾向として、たった1回きりの観測で得られたデータを真値と信じ込む傾向が強い(=つまり観測は面倒だという言い訳のため)と伺いました。N先生は、観測を重ねてデータを絞り込んでいくという、研究を行う上で当然の作業をいかにして学生に動機づけられるか、試行錯誤を重ねています。その際に、自分が観測の大切さについて学んだのは近藤先生であったと、思い出していたのでした。

 近藤先生の今回の発表の中で、「気温について各種補正ができる人材が不足している」との指摘があります。観測環境が悪化している観測所から他観測所へのデータ接続時に不明の誤差が生じており、補正が必要なのだそうです。定期的かつ継続的な観測が必要な研究のみならず、データをいかに適正に取得し、評価するかという、さまざまな研究の分野で直面している問題が通底しているように感じました。

 地球温暖化に関していえば、近藤先生の主張通りならこの100年間での平均気温の上昇幅は現在の「公式」データよりも少ないことになります。地球温暖化が急速に進んでいるという危機感が社会に広がっている中では、都合が良いデータでないと捉える向きもあるかもしれません。サイエンスにおいて得られるさまざまなデータの扱いについては近年、特にシビアな視線が向けられているのは周知の通りです。今後の気象庁の出方に注目したいところです。近藤先生によりますと、同庁にコンタクトしたところ、同庁と環境研で講演することが決まったそうです。