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短編小説 振り子が重なる時〜P2P8曲目 Only Youより〜

僕にとって故郷は曇天の空だった。
東北の冬は長く曇り空が多い。

僕は小さい頃から自分の感情を表すのが苦手で、なので友達も少なく、いじめられる事も多かった。
母親からも疎まれることが多く、家でも居場所がなかった。
だから、僕の唯一の場所が将棋だった。
将棋は僕の代わりに話をしてくれた。
将棋をしている間だけは、曇天の空から晴れ間がさすような感覚で、その晴れ間を見たくて僕は将棋にのめり込んだ。

奨励会に入ってやっと、僕は仲間を手に入れ、そこで人間関係を形成することができた。

だから、母親が亡くなってからは酒田に帰ろうとも思わなかったし、帰らなかった。
それが、父親が亡くなったと言う知らせを受けて、僕はほぼ15年ぶりに酒田に帰った。

故郷は相変わらず曇天で、僕を拒絶しているようだった。
だから、僕は無性に真琴さんに会いたかった。

そんな真琴さんは、僕を拒絶する故郷に現れて、僕に毛布をかけて温めてくれた。
温めてくれただけでなく、僕の背中をちょっと強引に押してくれた。

おかげで、2人で父親の最期を見送ることができた。
煙になって骨になった父親に、正直何の感情も湧かなかった。ただ儀式を行ったと言う何とも言えない認識だった。
でも、最後に市役所の人が父親の荷物から僕に渡してくれたものがあった。

それは、僕の小さい頃の写真と、将棋の駒、棋譜だった。

将棋の駒は綺麗な飴色になっていて、それだけで、父親がこの将棋の駒を大切に手入れをしていたのが分かった。
市役所の人の話だと、父親は人と交わるのが苦手で、自分から孤立するような生活を送っていたのだと言う。
でもその中でも、将棋がとても好きで、将棋会館に顔を出しては将棋を指す毎日だったと言う。
その将棋会館の人たちが父親が最近顔を出さないと心配して、住所を調べて亡くなっているのが発見された。
父親は将棋会館でも人と交わることはほとんどしなかったらしいが、将棋を通してしっかり人間関係が出来上がっていたのだ。

父親は決して1人ではなかった。

そう思ったら、心の中に何かが落ちたような気がして、僕は静かに泣いていた。

「真琴さん、あの人は、1人じゃなかった。それが分かってよかった。やっぱり、ちゃんと見送って良かったよ」

記憶もない父親。母からはロクでもないと刷り込まれた父親。死んだことを知っても何も思えなかった父親。
でも、それでも将棋の駒から、父親の人生が垣間見えた。

そして奇しくも、父親の好きな将棋に僕ものめり込んでいたとは。
しかも、父親が持っていた写真は幼い僕と将棋をする写真だった。
将棋は幼い僕へのプレゼントだったんだ。

今まで繋がることのなかった僕と父親の点が急に繋がった。

そして残された棋譜は、僕の三段リーグでの棋譜だった。
何度も、何度も見返したんだろう。紙がボロボロになっていた。

僕のことを見守っていてくれたんだ。
棋譜からそれが伝わってきた。

「ほら!やっぱり、ちゃんとお父さんの人生があったよ。そして、透さんの事をちゃんと愛していたんだね」

そう言って笑った真琴さんは、東北の冬の晴れ間のようだった。

お父さんありがとう。
僕に将棋を教えてくれて。
将棋があったから、僕は住みにくかったこの土地を離れることができたし、仲間もできた。
プロになる事は出来なかったけど、その後の人生で得たものは本当に大きい。
まさか僕が、あの弱虫の僕が小さいながらも社長を務めるとは思わなかったでしょ?
そして、僕の隣には真琴さんがいるよ。
お父さん、真琴さんに出会わせてくれてありがとう。

酒田の景色を眺めながら、僕は父親に感謝した。

今まで曇天しかなかった酒田の風景が、少しだけ色づくのが分かった。
隣を見ると、真琴さんが笑ってた。

ああ、この色は、真琴さんの笑顔の色なんだ。

僕は、苦手なはずの満面の笑みで、酒田の風景を眺めた。

「透さん、良い顔で笑ってる。嘘のない笑顔だ。良いね、その顔とても好きだよ」

⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘

あれから一年。
僕たちは一緒に住むようになっていた。
お互い忙しいので、一緒に住んでいても顔を合わせるのは月に数える程度だった。

今日は久しぶりに休みが重なった。
僕は1人で将棋を指していた。

最近は1人で将棋を指すのがとても楽しい。
棋譜を見ながら駒を並べる。
茶色の盤面に、戦術が現れるとそこがカラフルになる。
その色を見たくて、僕は楽しんで将棋を指していた。

真琴さんは1人で絵を描いている。
今日も沢山の色を使って作品を作っていた。

僕たちの人生は別々の糸を辿って歩んでいる。
でも、今は2人で地図を見なくても、別々の道を辿っても何も怖くない。

振り子のように別の動きをしていても、必ず交わる時があるから。
僕と父親の点が急に繋がるように。

僕は現実派だし、理論派だ。
運命なんてものは信じていないし、運命は努力で引き寄せるものだと思っている。
それは今も揺るぎがない。
ただ、そこに今は、信頼という、これもまた揺るぎないものが真琴さんと僕の間には出来ている。

もちろん喧嘩もするし、すれ違いもある。
それも人生だし、そんなアクシデントも色となって僕たちの地図を彩ってくれるだろう。

「ねえ、コーヒー飲みたくない?」

隣の部屋にいる真琴さんに声をかけに行く。

「いいね。じゃあ、どっちが淹れるか…」

「じゃーーーんけーーーん!!!」
(おわり)

あとがき
松下洸平さんのライブツアーP2Pに参加してきました。
あまりの楽しさに、セットリスト通りにお話を作り始めました。
今回は8曲目のOnly Youです。
日常の中の幸せを感じる曲で、ライブでは最後「FIN」と大きなスクリーンに映し出されていました。
映画の最後のようにお話が終われば良いなと思って書きました。
これでこの2人のお話は一旦終わりになります。
セットリストはまだ続きがあるので、別の登場人物のお話にしようと思ってます。良かったら読んでください。

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