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赤いカーディガン〜最愛サイドストーリー〜

「こんにちは」
そう小さい声で挨拶する梨央を見て、この子の挨拶は平坦だな。
加瀬はそう思った。
感情が表に出にくい。
梓さんの娘さんの梨央さんのイメージはそんな感じだった。
梓さんはどちらかと言うと、その言葉の力で人を巻き込んでいく人だ。
別れたご主人の達雄さんは反対に、行動で全てを示していく。

その2人の子供である梨央さんは、梓さんと会う時、いつも所在がないような、言ってみれば、子供らしくない。そんな雰囲気でその時間を過ごしていた。

2人の子供なのに、似ていないな。
そんなふうに勝手に思っていた。

ある日、達雄さんに依頼されて白川を訪れた私は、駅で途方に暮れていた。
指定された時間の午後8時を午前8時と勘違いしたのだ。
「加瀬さんすみませんが、昼間は駅伝の大切な大会がありますんで、無理なんですわ」
達雄さんに電話の向こうでそう言われて、どうしたものかと駅で途方に暮れていたが、キラキラと光る白川の緑の景色に私は誘われて歩き出した。

休みの日は公園で本を読んだりするのが好きな私は緑に囲まれるのが好きだ。
でもこの白川の緑は桁違いだった。

青々と勢いよく伸びた森の木々。
たくさんの水を携えてまっすぐ伸びる稲。
その風景に溶け込むように建つ合掌造りの家。

私は白川の景色に飲み込まれるように、時間を忘れて歩き回った。
すると、遠くから赤いカーディガンを着た自転車に乗る女性が近づいてきた。

「こんにちは」
すれ違いざまに、にこやかに挨拶をしてくれたその女性は、梓さんの娘さん、梨央さんだった。
私は思わず振り返る。

私の知っている梨央さんは、いつもその風景に馴染めず、誰にも染まらずその時間が過ぎるのをただじっと待っている。そんなような子だった。
でも、今私の前を通り過ぎた梨央さんは、白川の緑の景色に溶け込み、赤いカーディガンが映える女性だった。

私は、ここが彼女の居場所なんだなと強く思ったとともに、その時の表情だけで人を判断するのはよくないことだなと、お昼に寄った飲食店で、反省をしていた。すると、そこで白川で大学駅伝の予選が行われていることを知った。
ああそうか、達雄さんはこれがあるから夜にしてほしいと言っていたんだな。
そう思い、暇つぶしに達雄さんが夢中になっている駅伝を観に行ってみよう、そう思い、競技場を目指した。

競技場に着くと、沢山の選手がトラックを走っていて、どうやら番狂わせが起きているらしく、スタンドは興奮につつまれていた。
その中心に達雄さん家族がいるのがわかった。
みんな一心不乱に応援している。
「宮崎頑張れ!」
そんな声が大きく聞こえてきたので、先頭集団で走っているオレンジ色の彼が、宮崎君なんだな。そう思って見始める。
レースも終盤になっているのだろう、周りのペースが乱れてきたが、そんな中、宮崎君と思われる彼は1人どんどんペースを上げていき、集団から抜け出す。
私も思わず「宮崎頑張れ!」と心の中で応援してしまうほど、彼の走りは力強かった。

レースが終了し、達雄さんが働く白山大学が全国大会に駒を進めたのがわかった。
大会も終了し、選手も応援団も解散したその時、
赤いカーディガンを腰に巻いた梨央さんが、スタンドの下の方に駆け降り、宮崎君とおぼしき青年と会話を交わしていた。
遠くから見ていても、好き合っている2人なんだな。
そう思っていたら、目の前で告白タイムが繰り広げられそうになる。
私は年甲斐もなくドキドキして観ていた。
この2人をずっと観ていたい、そう思えるほどに彼女たちは人生を謳歌しているのがわかったし、観ているこちらがワクワクしてしまった。

彼と話をする梨央さんは、キラキラと輝き、生き生きとしていた。
その正直な言葉で彼と向き合い、その行動で相手を巻き込む。

それはまるで梓さんのように言葉で人を巻き込み、行動で全てを示していく達雄さんのようであった。

2人の子供なんだな。

私はなんだか、親になったように微笑ましく梨央さんを見つめた。
彼女が東京に来た時は、彼女の支えになろう。
あの笑顔を守ってあげなければ。
私はそう、白川の景色に誓った。
それより、あの2人は焦ったいな。私は笑いながら、競技場を後にした。

嵐の雲が近づいていたが、それに気づかないくらい、私は、自分の誓いに満たされていた。

あとがき
ドラマ最愛が、ギャラクシー賞を受賞し、それを受けて井浦新さんがインスタに赤いカーディガンを着る梨央を遠くから撮った写真をUPしました。
その新さんの写真から、今回のお話を思いつきました。

なお、このお話は完全に私の妄想であり、本編とは全く関係がありませんので、あしからずです。

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