見出し画像

2022年7月前半

白熊は、日本の夏をどう感じているのだろうか?
その答えはわからないけれど、水色と白の組み合わせは涼しげ。

20220701 Fri.

この日、4日間の旅行最終日で北海道から東京へ戻った。
函館で朝市で朝ごはん、いさりび鉄道で函館山を眺めながら木古内駅へ、みそぎ浜や道の駅をぶらぶらした後、新幹線へ乗車し東京まで。厚い雲が覆う北海道から、ピカピカとした快晴の本州へ。

17時過ぎに東京へ着くと、連日の暑さ報道の通り東京は街中が発熱しているかのようだった。
日比谷公園の中にある松本楼で、学生時代友人4人の会食があり、スーツケースを引いてそこまで歩くことにした。暑いので地下鉄に乗ろうと思っていたが、丸の内南口で、オレンジ色に夕日がビルを照らしているのをみて、お堀まで行かないわけにいかなかった。

これは衝動。暑いのに、汗かくだろうに、それを脇へ置いても夕日・夕空を観たいという衝動。皇居のまわりは空が大きく広がっていて、今日の雲は、はっきり空を区分けしていた。東京では珍しいくらいに大きな空。美しい時間帯。それを見ないわけにいかなかった。

日比谷の夕空 シルエットは皇居の木々

ギリギリ待ち合わせ時刻に到着することになりそうだと歩いていたら、日比谷交差点にて足止めを受けた。こんなところで足止めされたら遅刻してしまうかもしれない。
人も車もストップ、警官が何人もいて滞留している車を交差点外へ流している。なんだろう? 交差点近くのホテルに黒い車が何台も並んでいる。外国要人でも来ているのだっけ? 5分くらい経過しただろうか。新橋方向から日比谷交差点を車列が通り過ぎた。そうか、皇室関係者が皇居へ入るための交通規制だったか。車内から手を振っておられていたが、女性ということしかわからなかった。あっというまに通り過ぎていかれて、先の方で左折して皇居へ入っていかれた。

警視庁の警察官が交差点だけで7―8人。笛と手信号を使い交通整理していて、信号は調整されて赤信号が点灯しっぱなしだった。理由がわからず問答無用で止められて、警官に従うことが少し居心地悪かった。彼らも事前説明できないのだろうけれど、やっと歩き始めた私には、「●●係長が、こちらの意をくんでくれるから有難い」などと同僚とお話しているのが漏れ聞こえたのは、向こうも人間なんだなと思われて、少しほっとした。

松本楼には、室内とテラス席がある。1か月も前には、こんな暑さになるとは思いもせずテラス席を予約していた。日が落ちたので、まぁ我慢できる暑さか。5分くらい遅れると連絡しておいたので、ちょうどビールを頼んだところだった。乾杯に間に合い、そこから二時間半、おしゃべりを楽しんだ。風が吹くとホッとする。19時頃、今年初めてのセミの鳴き声を聞いた。大きな銀杏の木が何本かあり、そこで鳴いていたのだろう。たまに風が通ると気持ち良い。21時過ぎ、会計のため建物内に入ると生き返るような涼しさだった。

20220702 Sat.

北海道旅行の費用まとめ、お土産の行先確認など。
今回の北海道旅行は、急遽決めた割には充実した5日間になったように思い安堵した。天候がここまで雨と曇りばかりとは、とても残念だが、そのなかで割とうまくまとめた。特急が運休するとか、夜景が見えなさそうで取りやめるとか、その場その場で判断して悪くない選択をした。イメージを描いていたような富良野の風景には出会えなかったけれど、あそこは現地で車を借りた方が良さそうだということもわかった(体力があれば自転車で回ると自由が利きそう)。

鉄道で北海道を周ることで気づいたこともあり、面白かった。開発と地元の暮らしのバランスは悩ましく、ちょっと観光しただけで何がわかるわけでもないけれど、地元の人の営みを見聞きする人々が一定数いることは大事だと思う。関係人口といえばいいだろうか。ほったらかしにしておいて、いつの間にか他国の人に占められていたような悲しいことにはさせたくない。そんな関心もあり、次は道東へJRとレンタカーの組み合わせで行ってみたい。

興味深いのは川かなぁ。護岸工事してある川がデフォルトになっている関東平野と違って、野性味のある北海道の川。川が生きている感じがして、列車で通るたびにわくわくした。これも人の暮らしと自然の間合いだな。


週末は選挙カーの稼ぎ時なのか、1週間後へ向けて連呼している。しかし、もう時代遅れな感じがする。

20220703 Sun.

最近の玉三郎さんブームで、横浜での素踊りを観に出かけてみた。

前半は玉三郎さんのお話。後半は謡と素踊り。素踊りでは、今回わかったことだけれど、豪華な衣装や化粧はない。シンプルな着物と、小道具として傘、はらはら落ちる桜の花びら。そんな舞台設定だった。

お話では、玉三郎さんの真摯な同時代への目線、七月歌舞伎「ふるあめりかに袖はぬらさじ」についての思いを伺った。たまたま七月歌舞伎を観ていたので、この作品への思い入れを伺うことができて大変よかった。時代が移り変わる中、女性がしたたかに、明るく、でも翻弄されて生きたことを表す舞台として、自分にとってはこれ以上のものが見つからないということだった。

玉三郎さんから来場者への問いかけに拍手で答える場面があったのだけれど、熊本 八千代座へ行ったことのある人は?との問いに、かなり大きな拍手が返った。まぁ皆さん行ったことがあるんだ、私はないなぁ、羨ましい。こういった踊りまで見に来るのは、コアなファンが大半だということが証明された感じだ。

後半の謡と素踊り、どちらも芸をこらして素晴らしいのだが、会場が広すぎて勿体なかった。
ただ玉三郎さんの今に触れられたのは来た甲斐があった。

言外に、松竹は歌舞伎はやらせるけれど、それ以外の玉三郎さんの活動についてはあまり協力的ではないらしいことが伝わってきた。何か舞台や映画の演出などをなさりたいようだった。ただ、彼が独自に活動するとなると公演のための準備・人手が大変かかるだろうし、玉三郎さんの要求レベルに達することは周囲も大変だろうなと思う。人間国宝であっても、自由に活動することは大変らしい。

曇りと小雨のなか、中華街で同行3人で夕飯。

20220704 Mon.

読書会『「わかりあえない」を越える』
5人で行っているのだが、毎回おしゃべり会に近くなってきた。書籍から思うことを制約なく自由に話す場。

友人の数は少なくていい方な人間だが、日常接する人の人数はある程度必要だと思う。それなりにやりとりがないと人として劣化していきそうだ。そういう意味では、買い物や図書館、何か必要があって対面する人と、ちょっとした会話をすることが役に立つ。それは「ありがとう」でもいいし、何か質問があれば邪魔にならない程度にきいてみたらいいと思う。自分が話しかけられた側になったら、適度に返したらいいと思う。

会話のやりとり。植物の水やりと同じようなものだ。

20220705 Tue.

午前中は、予定していたアンミラ訪問。
(アンミラ=アンナ・ミラーズ 宜しければ2022年6月17日参照ください)
先月報道された再開発のため8月末退店を惜しんで、ぜひ行きたいということで行列覚悟。10時までがモーニングメニュー、10時以降、通常メニューになるので、多少並ぶ時間を考慮しても、そのあたりを狙えばランチを兼ねてゆっくりできそうだということで現地10時集合とした。

品川駅、高輪口を出て交差点を渡り、エスカレーターを上がって左。10時前にすでに長い列ができてる。それも2列あるぞ? なんとテイクアウトするケーキ購入列と店内飲食列だった。「最後尾」のプラカードを持った整列整備係の方がひとりいて、親切にも目安時間など教えてくれた。店内でモーニングから入店している人、いま列に並んでいる人がおよそ20数名、私のところで2時間から2時間半ということだった。うわーっ。店内利用すれば、そのときにケーキのテイクアウトも注文できるとのこと。もちろん、その時に残っているケーキのみだけれど。驚くことに、10時15分ごろテイクアウトケーキの列をのぞいてみたら、すでに整理券は配布済で、いま並んでも無効だとのこと。10時・18時にケーキ販売するので、10時分はすでに受付終了ということらしい。

私も含め、何年振りかというお客さんは多いはずで、なんで今まで来なかったのに?とは思う。だけれども思い出の店舗が退店し、移転予定がないとなれば行列にもひるむことなく行くでしょう。

幸い一緒に並んだ友達と、北海道旅行の話をしたり、その人のモデル体験話を聞いたりして、だらだらと退屈せず(足は疲れたけれど)着席するまでたどり着くことができた。中には折りたたみ椅子持参している人もいて、周到な仕込みに関心した。並んでいるのは、私たちのようなおばさんたち、昔お兄さんだったようなお一人様の男性、ご夫婦など。平日のこんな時間、暇人でなければこんなことできない。

4人座れるスペースに2人着席させてもらったので、並んで座ることで感染対策とした。ケーキ2個、罪滅ぼしのサラダ、飲み物。それとテイクアウト。豪華なテーブルになった。目当てのケーキが売り切れていたものもあったけれど、アメリカンチェリーのパイやタルトを食べて、やっぱりこれが一番だなと思った。いや~、またアホなことをしたけれど、これは楽しい。相手のケーキも一口いただいたから、2人で4種類味わった。満足、満足!

ケーキ2つとサラダがひとり分 ふたりでケーキ4種💛

腹ごなしに昔の会社近辺へ歩いて行って様変わりに驚き、雨が降ってきたので一旦電車で移動し、さらに歩き出したころには雨も上がった。今日は13000歩以上。よしとしよう。


夜は、半年くらい続けていた読書会で浮かんだ疑問を、訳者の方へお伺いする質問&対話会。
訳者とは、3月オンライン講座のブレークアウトルームで連続してご一緒し、4月旅行中に近くへ行った折りにお会いして、今日の質問&対話会へつながった。

場に6人が集まった。事前に出された8個くらいの質問について語っていただいて、多少のフリー会話があって2時間を少しはみ出た状態。私の頭のなかは満杯。

それでもこういう場を持つのは、実際に対話することから得られる質感、感覚が自分にとって必要だと思うから。書籍からの知識・自分の体感。それだけでは足りないから。まだ見ぬ先の景色を、見たことがある人と話をして手探りする感覚だ。

20220706 Wed.

何となく冴えない1日。

暑い気候と意識の焦点の欠如か。これが夏の間ずっと続くのだから、対応策を取らなくてはならない。家では除湿するけれど、なるべく公共の場やカフェなど空調してあるところで頭を動かすことをしよう。

図書館で予約した本を借りに行ったのだが、予約棚にあるはずの本を見つけられない。以前、指定された場所に本が無かったことがあり、今回もそうかもしれないと思い、係の人に「見つけられないので一緒に探してもらえませんか」とお願いした。快く探してくれた。そして、指定の棚に本があった。なんということ。親切なことに「ちょっとわかりにくいところにありましたね」と明るく手渡してくれた。

もしかしたら、私がADHDのような病気を持っているのかもしれないと配慮してくれたのかもしれない。見つけにくいこともありますよねと。

イメージで外界を見がちな私には、こんな大きさでこんな色、とわかっていたほうが探しやすい。今回も単行本だと思っていたら、文庫本だった。そのことが見つけられなかった理由になるのかもしれない。

そんな言い訳もできるけど、一番可能性が高いのは、暑さにぼーっとしているからだと思う。

20220707 Thu.

渋谷SKYで七夕の星空観察。年間パスポートを持っていると、このイベントに参加できる。(持っていなくても参加できる。) これまでに3回あったがいつも都合が合わず、今回初めての参加となった。

織姫と彦星が会えるのか、という日。これまであまり見ようとしたことはないけれど、観察会という機会を利用してみたかった。都会の空は、街の明かりが雲に反射して空が明るい。それにも関わらず、どちらの星も見えた。さすが織姫は今の時期、一番明るい星だそうだ。係の人に教えて貰えるというアシストが大きい。

望遠鏡3台をつかって、織姫、月のクレーターを観測した
左の赤丸:織姫、右の赤丸:彦星
30分のうち5分、このようなレーザービームが光っている。
観測はレーザービームがない時間帯に行なった。

今日は上弦の月でもあり、月のクレーターを観る望遠鏡を2台、織姫を観る望遠鏡を1台準備していてくれて、それを参加者が順番に見せてもらう。ほんの10秒くらいだけれど、大きく見えるのは結構感激するものだ。

まだ暗くなる前に、集まった人たちに係の人が、空や星のことをいろいろと教えてくれた。そのひとつ、ビーナスベルト。

ピンク・グレー・ブルーと移り変わる境界が緩い弧を描いている。ビーナスベルト

西の空で日没が起きる頃、数分間、東側の空でみえる。青から下が夜なのだという。
つまりは、この反対もある。朝方、東の空で、朝の始まりを観ることもできるのだ。
東の方に開けた場所、探してみたい。


『東京オリンピック SideA』観ないうちに本日が最終日。
オリンピックは自分にとって関係なかったなぁ。だから映画にはわざわざ行く必要ないかー、いや行くかー。迷った末に行かなかった。
最近、国立競技場の近くを通った時は、1年前にここでオリンピックを行っていて、制限エリアには入れなかったことなど思い出しながら、なんだかまぼろしのような、現実感がない感覚を味わった。SideBはもう少し先まで上映している。


20220708 Fri.

予定していたオンライン読書会がリード役の方の都合で直前にキャンセルとなった。週末の試験が気になりつつ、本日最終となるアイヌの映画に行かなくては、と思いながらダラダラ勉強していたらニュースが舞い込んできた。

安倍元首相が撃たれたと。
国会でヤジを飛ばしたときのニヤッとした顔。森加家で赤木さんの死へ無情な対応をしたこと。このふたつが瞬間的に頭をよぎった。ああ、こういうことをしてきて、こういう死に方をする。合点。合掌。

ざわつく部分もあるが、予定通り夕方から、アイヌの映画を見に出かけた。
行ってみたら、プロデューサーの方が終演後トークをしてくださり、映画をより味わうことができた。

後日書いた映画の感想


映画後、街を歩きながら、この人は知っているのか知らないのか、どちらだろう? きっとみんな内心ザワザワしているのだろうな、と思う。
帰ってSNSを開くと、正式発表後の短い間にも声高に「テロだと非難」する人、「個人や家族には気の毒でお悔やみ申し上げるが、政治家や首相として行ったことを有耶無耶にはできない、きちんと評価・検証すべき」と表明する人、「世の中の反応や、残酷なことに心が揺れるが、個人個人が普通の生活、やることを淡々とやることが大切」と説く人などがいる。

7/4 アメリカ独立記念日にパレードへ向けた銃乱射事件
7/7 イギリス ボリス・ジョンソン首相辞任表明
7/8 安倍元首相銃撃
なんとなく流れがあるような気がする。

20220709 Sat.

昨日から急に強い言葉で正義を主張する人がいる。
落ち着いて、こんな風に過ごそうというSNS投稿する人もいる。

高橋源一郎さんがラジオで話していたことが、とても全うだった。(書き起こしすればよかったが聞き逃し期間を過ぎてしまった:16日記載)

私は試験勉強をした。
2回続けて落ちている実技試験。面談をその場で15分実施し、5分程度の口頭試問を受ける。これらを4区分で点数化し、すべてが60点以上でなければ合格しない。1回目は平均57点、2区分が60点未満。2回目は平均62点、1区分が60点未満。もう少しなのだが、間が埋まった気がしない。何が足りないのか。欠けたピースは何なのか。


昨日の映画の感想と紹介を描きたいのにまとまらない。と同時に、たまたま見た動画に、映画と関連する場面が出てきて書かねばという気もちを押される。

20220710 Sun.

参院選投票日。

その前に私にとっては、とある資格の2級技能士資格の面接実技テストの日。16時集合。
この試験は、筆記と実技があり、実技には論述と面接がある。私は2回続けて面接実技で不合格となっている。一体どうしたら受かるの? 今回の対策は口頭試問の答え方について、必須部分をパタン化したことだ。第2回の事例をもとに、口頭試問の答えをつくり正解になるようブラッシュアップした。それをきちんと押さえておけば、今回の試験でうまくいくだろう。

試験の後に投票するのか、前にしておくか、朝から落ち着かない。自宅・投票場所・試験会場という順に行くこともできるし、帰りに寄ってもいいし、投票してから一旦戻って、改めて試験に行ってもいい。こんなことが頭のなかをめぐり、ちっとも試験へ向けて落ち着いた状態にならない。

んー、投票に行き、近くのカフェで復習をして、一旦戻ってから試験へ行こう。

今回は、面接実技そのものより、その後の口頭試問の回答を工夫して臨む。
手ごたえあり。試験官ふたりがホッとしているように見えた。

これまで2回実技試験で落ちていて、受かっている学科免除の権利?は来年まで。それまでに実技試験に合格しないと、またゼロから試験に取り組まなくてはならない。実技試験にどうやったら合格するのか、これまであまりよくわかっていなかった。と、あとから思う。そのときは理解しているつもりだったのだけれど。

前回は、試験官が最後の質問をして、うーむと苦しそうな感じで時間で切り上げた感じだった。ああ、救おうとしてくれたけど、いまの回答では救えなかったんだなと感じた。

そんな経緯があって、今回は予祝しようと決めた。
ちょうど好きな食器をこの期間売っていたので、お皿を1枚買った。
そして帰宅するときに、近くの新しいドーナツ屋の行列が今日は短めで、通りがかったら入れそうなことに気づいた。私が店に入る時点で、前に7,8人、後ろに6人くらい居たが、3人前のひとが10個くらいドーナツを購入したので、私が選ぶ時点には、甘いドーナツ5個(1種類)、もちもちドーナツ2個(1種類)、総菜系10個くらい(5,6種類)となっていた。私の目当ては甘いドーナツだったので、辛うじて買えた・・・ということ。まぁ、5分くらい並んで買えたのだから良しとするか。

帰ってすぐさま購入したお皿に乗せて、ドーナツを食べて一休みした。ドーナツは、それほど好みではなかった。でもいい。とにかくこれで区切りだ。


選挙速報。夜半に聴いてみると選挙の結果は、与党勝利のようだ。


テレビはますます煩わしくなり、小澤征爾の昔の映像をみた。そのなかでこんなことを話していた。小澤征爾はオーケストラの指揮者で、欧米でひろく認められた日本人指揮者として草分け的な人。
ー----
夕日が、きれいな夕日が
ハワイ、マニラ 真っ赤な太陽が見えるんだよね
パリでも 苦学生のとき 寮でみた景色
日本 みんな美しい どこにいても夕日は美しい

なんでそうなるのか、そう思うのか

自分の状態
夕日をみることができると、
観る気持ちがあると、 
味わえる

忙しくてほかの事をしているとみることもできない

そういうのがクラシック音楽にも言えて
受け入れるつもりがあるか理解できるか
受け入れる余裕があるか
美しいと思う心があるかないか
それが
音楽に対して大事なんじゃないかな 
ー----

私は、それもそうだし、
でも夕日を見ることが先。観た経験が重なってそう思えるんじゃないか
と思った。

その後に続いた話は
「モーツァルト あれはウィーンやザルツブルクだけのものではなくて、
みんなにくれたもの 人類全体への贈り物だと思う」

そう思う。音楽は人間にとって必須なものだ。聴く分には特別な知識だとか教育だとかは関係ない。耳に入ってきたところで何か作用しているのだ。

20220711 Mon.

朝一番。選挙速報のまとめを確認。最後の1議席が初当選の自民・越智俊之氏(比例区)へ渡ったとのこと。あー、がっかりな結果だ。東京都をみると、私の投じた票は死に票にはならなかった。これは良かった。

世田谷の畑でトウモロコシ・トマト・枝豆を収穫し貰ってきた。どれも完熟。美味しい。

映画『ガザ 素顔の日常 GAZA』


選挙後の気になる言葉

昨日、有権者の皆さんの判断が示されました。非改選を含め与党で過半数の議席を確保するという目標を大きく超え、与党で改選前議席数を上回る76議席という結果を得ることができました。また、自民党単独でも63議席をいただくことができました。

岸田総裁 自民党総裁としての記者会見での発言

→わたしは残念です。

いただいた議席の数が示すのは自公政権、岸田内閣に対する信任だけではありません。遊説中に卑劣な暴力により亡くなられた安倍元総理のこの国への思いや、自分たちが感じている危機感を正面から受け止めて日本を守り、未来を切り開くために、全力で仕事を進めよと国民の皆さんから叱咤激励をいただいたと覚悟を新たにしているところです。

岸田総裁 自民党総裁としての記者会見での発言

 →わたしは違うのです。

民意と取られると、私は違うのに。与党に投票しなかった1/3の人の声はどこへ行ってしまうのだろうか
それとも、もしかしたら自公を変えていくことが課題なのか。

安倍さんについてはあえて書かず。
命の終わりについて弔意を持っている。
思うことは沢山あるが、書く意味が感じられない。


プーチンは、ロシア国籍取得の簡素化をウクライナ全土で行えるようにする、と表明。プーチンが考えることは本当に執拗だ。やはりKGBだ。
アフリカ・アジア・中東のなかでロシアと手を組む相手国を、経済条件を呼び水に拡大している。東西冷戦のときのように、世界は二分されるのではなくモザイク化している。だからロシアと(部分的にであっても)手を組む国はある。アメリカは人気者ではなくなっている。ウクライナ侵攻は長期化するだろうし、別な国で新たな火種が燃えるかもしれない。不気味だ。

日本はこれまで想定してなかった国と問題を抱えるかもしれない。やはり、米国傘下から抜け出すことも選択肢として持ち、シフトできる可能性をつくるため、戦略的にこれまで想定していなかった国とも手を組んでいく必要があるのではないか。

20220712 Tue.

映画『さよなら、ベルリン またはファビアンの選択について』
映画『わたしは最悪。』
どちらの映画も、一生懸命生きている人が出ていたことに救いがある。

自分の側に、まともな意志が働かず、映画の世界に身を投げ出してみた一日。


最高位の勲章を出すという判断にがっかりする。
功も罪も並べてみてほしい。

20220713 Wed.

『東京オリンピック SIDE:B』
SIDE:Aを観なかったので、これだけ観てもどうかなと思いつつ、気になったので見てきた。
とある批評では、やはりB面であって”余計なもの””蛇足だ”と評されていたが、私は、これはオリンピックを巡り、様々な立場の日本人が様々に熱く感情を動かされ行動したことの記録なのだと感じた。
また表裏一体という言葉のように、選手の活躍が表舞台だとしたら、その裏部隊もまた真実で、雄弁にその出来事を語るものだと再確認した。

<気になったことメモ>
・野田聖子さんが森さんのあとを引き受けて会長になったのち、女性理事を増やした。会長によって会議場面での雰囲気が異なる。森会長のときは男性同士の表面的な言葉の羅列。野田会長のときは、話に具体性があり、プロセスにおける重要ポイントが明確に示されていた。そのため、男性メンバーも話しやすいように見えた。
・反省なければ先に進まない。ただ、正しく反省せねば、先に進まない。
・社会のバージョンアップが必要な時、上の世代は、自ら身を引くことが求められている。人口減で働き手がいないからといって、いつまでも老年がはびこってはいけないのだ。森さんの子供と橋本聖子は同じ年だそうだ。だから子供のようにかわいいという応援の趣旨で話していた。橋本さんが会長(東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会会長)として仕切れるように、森さんが最初から介添えに徹すればよかったのかもしれない。男性中心社会において、橋本さんが動けるように地ならしする役割にとどまるという意味だ。それ以上に頑張ってしまったので「女性が多いと話が長くなる」等々問題が生じたともいえる。問題が顕在化したため解決が早まったという効果はあった。
・ただ野田さんは森さんはじめ既存社会に適応できるからお役を貰えた。旧・新の移行を野田さんがブリッジしたことになるのだろうか。野田さんももはや旧なのか。
・上の世代からの移行は、退任するとか、亡くなって居なくなる、そのどちらかの選択になるのだろうか。退場しない限り、前の時代の慣性は取り除けないのか。身もふたもないが、これを身も蓋もあるものにするためには、当事者である上の世代自らが意思表示しないとならない。


わが意を得たり的記事
ジェンダー世界順位

政治参加において、アイスランドと大きなギャップがある。
教育や健康ではあまり差がない。

これが現実の暮らしや人生において、どういう差になるのだろうか?
アイスランド映画で『主婦の学校』という映画を昨年観た。映画のタイトル通りの学校名だったのだが、現在は『家政学校』という名前で男女共学だそうだ。1年弱の過程で、フレキシブルに様々な年齢の人が入学するらしい。男性が入学することもある。現在、環境大臣を担っている男性はここの卒業生だ。
アイスランドの家庭で、男女とも家事を行うことが当たり前なのだそうだ。もし女性だけに家事を担う状況があれば、高い確率で離婚となるだろうという。男性は家事を行えること、自分自身で生活を回せることをとても重要だと考えている。

家庭でそうなのであれば、仕事でもそうだろう。
政治では40%が女性となるよう基準を作っている。

20220714 Thu.

安倍さんについてあえて書かずと記しながら、前言撤回することになる。

国葬をするという。
日本のなかに、国葬したいという人と、したくないという人の割合はどのくらいなのだろうか。一昨日、沿道で涙を流したり、増上寺へ記帳にいったりした人達が大勢いた。

気になるのは手続き。一体どういう手続きで国葬となったのか。
雰囲気を読みとり前回一致で決めたのであってはいけない。

外交面、特に欧州において一定の地位を築いたという功績が日本では評価されている。確かに日本の首相はしょっちゅう変わるし、薄っぺらい感じで、相手にされなかった。安倍さんは恐らく岸首相の孫、安倍外相の息子という顔もあり、他の歴代首相よりは覚えてもらったのかと思う。

しかし、しかし、直接手を下したかどうかは別として、人を死に追いやったり、不正を働いたという様々な状況証拠がある。統一教会との祖父岸信介元首相の時代からの関係も取り沙汰されている。国葬するとは、海外からみたら驚きと呆れしかないだろう。
これは部分を拡大しているだけで、バランスの悪い見方なのだろうか?

このように疑問をもって考えていることと一致する海外の記事。

1)ドイツの公共放送連盟(ARD) カトリーン・エルトマン ARD 東京 

ブログ筆者のコメントが前後にあるが、記事そのものの日本語訳が掲載されている。7/8当日の記事なのでその後の動きなどは反映されていないが的を得た内容だと思う。

2)クーリエジャポン (各国の記事タイトルを並べてあるサイト。個別記事は無料登録で閲覧可能)

https://courrier.jp/feature/294033/?utm_source=piano&utm_medium=slidein&utm_campaign=abe&cx_testId=60&cx_testVariant=cx_14&cx_artPos=0&cx_productId=8mhdoc8ug51k&fbclid=IwAR1aw0aghvcU1BnKr5ItjqzNgNHlHFWPqfxM2f_8PA1-DDMApjZroSYATDQ#cxrecs_s


国葬について

首相経験者の葬儀には国葬や国民葬や内閣・自民党の合同葬がある。政府によると、それぞれに明確な法律上の定義はないという。支出する主体の違いによって慣例で呼称を使い分け、いずれも国費の支出を閣議決定してきた。戦前は国葬の法的根拠となる国葬令があり首相経験者では伊藤博文や山県有朋が国葬で送られた。同令は47年に失効し、吉田氏のときはすでに法的根拠はなかった。当時の佐藤栄作政権が功績を踏まえ例外として決めた。

7/14 日経新聞記事より

 

全国の政党別得票数比較と、議席数の比較をしてもらいたいなぁ。
と思ったら、ないわけではなかった。

参照サイト(https://zeimo.jp/article/64234)をベースに作表
「選挙区」「比例区」「合計」は議席数 /「党名+候補者名」のみ票数


上記自作の表によれば、比例区は100万票で1人当選というカウントになるようだ。その点はあまり損得なく議席数に繋がっているようだ。
ということは、記名選挙区での負けが野党にとって響いていると言える。やはり記名投票の得票数をカウントしないとわからない。

今回は安倍銃撃事件は選挙結果に影響を与えていないという分析が優勢のようだ。野党は前回選挙と比較して、野党統一候補の有効性を今一度確認してもらい選挙民に知らせてもらいたい。


実家の庭仕事。
このところの雨降りでも、案外雑草が伸びていないのはなぜだろう。
奇跡的に雑草が目立たない芝生と、落ち葉も履いた美しい庭が出現している。嬉しい。


鎌倉では、鶯が鳴き、セミが大合唱をし、朝顔が咲いている7月14日であった。フランスは革命記念日。本日はパリ祭だ。


来年のオリンピック、魅せてくれるだろうなぁ。ああ、パリに行きたい。

昔の写真を引っ張り出してきて、2006年ブダペスト・ウィーン・プラハ旅行を思い出してみた。もう16年も前なのか。会社で結構大変な思いをしている時期の旅行だったわりには、素直な表情をしている。

海外旅行、行きたいところは・・・
・チェコ プラハの動物園を入れて、街巡り、カフェ巡り
・ポルトガル できればドライブしてあちこち回ってみたい
・スペイン サンセバスチャンでピンチョスなどグルメを楽しみたい
・アイスランド どんな雰囲気の国か ジェンダー第一位のリアル
・カナダ トレッキングしたい
・スカンジナビア半島三国
・バルト三国
・アルゼンチン 草原でBBQをしたい
・キューバ
・ヨルダン
・イラン
・ロシア サンクトペテルブルグ エルミタージュ美術館 シベリア横断鉄道… もう一生行けないかも

いくらでも出てくるなぁ。アフリカがここに含まれていないし。ザンジバル、南アフリカ、ケニア・・・
国内だってあちこち行きたい。
一生かかっても行ききれない。

そもそも
これからも日本から海外へ行けるのであろうか? 
・世界に受け入れられる国であるのか。
・日本円で海外を旅行できる程度の強さを保っているか。
 
頭のなかで暴走している。


これ面白い。有益。この東大の取組みを知らなかった。5/9話した内容が本日アップされたようだ。


20220715 Fri.

外の出来事に反応してザワザワしている日が多い。
周囲の出来事に反応して、あれこれ思うが、自分自身はどうなのか。

3年前と比べて変化しているか。深まっているか。
3年前よりはるかに精神的に安定して日々楽しいが、チャレンジがない。

座禅・内観・マインドフルネスなど
自分自身に立ち戻る、つながる感覚をもつというけれど・・・

自分が空虚だから、旅行へ行ったり映画を観たり本を読むのか?
いや自分なんてものは、玉ねぎの皮むきと同じで、剥いても剥いてもキリがないともいう。それに自分が決めていると思っていたところで、実は決めさせられていることだって沢山あるのだ。(脳で決定する少し前に腸で決めている/自分で決めているつもりが世の中のゲームのなかで決めさせられている等)

自分の内側からだけ、何かが生まれてくるわけではない。
外界との接点から何かを得ることは欠かせない。

頭で考えるより、やりたいことがあれば実践すればいいし、実践していることが自分をつくっていく。
何かになるのではなく、いまの在り方がその人なのだ。

そういえば小さいとき
大人になったら何になる?という質問に答えることが苦手だった。
何になるという意識がなかったから。
それはある意味、的を得ているかもしれない。
「医者になる」「御嫁さんになる」頑張って、そこを目指すのはいい。でもそれになったら、その後どうするの?

20代のころ、ひねり出した答えは「幸せなおばあさんになる」だった。
何かをして、何者かになるのだろうけれどそれが何であっても、最終的に幸せだと思っているおばあさんになることが目標だと考えた。幸せだと思えるためには”自分だけ”ということでもなく、自分と周囲が幸せだと感じる状況であってほしい。そうなるように自分の力を使いたい。

30代もまだ方向が見えず、外の規範にたがわないよう努力していたような気がする。
40代になって自分なりの力を発揮しはじめ、ふと気づくと「おじさん」になっていた。それはそれで楽しい。
50代になるころ、「おじさん」ではなく、男前であっていいけれど「にんげんらしく、自分らしく」ありたい、だから考えて動こう(マニュアルやルールありきではなく)と思った。
50代後半となった今、まあまあそういう状態だけれど、何か物足りない。

”何かになるのではなく、いまの在り方がその人なのだ” 
この一文をもう一度考える。
そう思えば、いまやっていることを楽しんでいるか、今日死んでも後悔しないか、と問うことが重要なのかもしれない。
その問にYesと答えることより重要なことは、その問いかけを行うことで、何か外部指標のために生きるのではなく、自分の命を活かす方向へ意識を向けて選択することが大事なのではないだろうか。

世界とひとりは繋がっている。
世界の大きなことも、ひとりの小さな日々も。


岩波ホール。今月末に閉館となる。
最後の上映『歩いて見た世界 ブルース・チャトウィンの足跡』を観た。

ブルース・チャトウィンはNOMADノマド、放浪の旅人だった。その人と、映画監督ヴェルナー・ヘルツォークは、縁起の関係にあった。人生のなかで何度か交差し、同じものを違うタイミングで体験し、大事なタイミングに共にいた。そういう稀有な関係から生み出された映画。

壁に開館以来これまで上映した映画のすべてのチラシを並べて貼ってあった。いくつ見ただろう。最初に観たのは、どの映画だろう。

岩波ホールにて撮影

帰り道、東京はすごい雨だった。交差点の脇に雨水が溜まり、雨用ブーツを履いていても、結局水が入ってしまうくらい。子供のころのように靴の中で「クチュッ、クチュッ」と音を鳴らして歩いた。



最後まで読んでくださりありがとうございます。
変化が大きく、思いがけないことがあると思って数ヶ月。この半月も驚くような事態が重なりました。
しかしそこに無批判に巻き込まれてはいけない。そう思います。

これからの半月に、よき時間が少しでも多くありますように。


Revised without changing the purpose of the text at July 17.19.

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?