Jリーグ通算100試合。
先日の試合でJリーグ通算100試合を迎えました。
100試合目が古巣の大分戦で100試合のセレモニーが育成年代からプロまで育ててもらったヴェルディ戦でなおかつ新国立で試合するタイミングという運命的な形でとても幸せな時間を過ごすことができました。ありがとうございます。
J1で14試合
J2で86試合
できることならJ1の試合数をもっと増やしたかったのが正直なところです。誤解をされる言い方になるかも知れませんけど、所詮はJ2です。決して見下してるとかそういう訳ではありません。
事実として僕は現状J2の選手です。J1という舞台を少しですけど経験したからこそ価値の違いを感じています。
残酷ですがこの世界は上には上がいます。現状に満足してはいけないと思いますし、サッカー選手である以上は常に上を目指し、向上心を持って成長することに挑戦するべきだと思っています。
キャリアを重ねていくといつしか挑戦を恐れ、もがくことをしない人や何となく現状に満足してる人を僕は沢山みてきました。
自分はそうなりたくないし何歳になってもサッカーに生きてギラギラしていたいと思っています。
客観的に見ても28歳での100試合到達は遅いと思います。GKである以上他のポジションよりチャンスが少ないのは仕方がないことですが、それでも若くして試合に出続けてるGKはいるので自分がいかに未熟だったか気付かされます。
技術的にも精神的にも全体的にレベルが高くないといけない非常に難しいポジションです。特に精神的な成熟が非常に大切だと僕は思います。細かい技術の安定感や味方からの安心感に繋がる立ち振る舞いの部分は基本的に精神的なモノが影響させる割合が大きいと思っています。
自分のミスが試合を壊すことにもなりますし、勝敗に直結してしまうので常に紙一重の状態です。たった一度のミスでチャンスを失い試合に出れなくなってしまうことだってあります。僕もそういったような沢山の経験を経て今に繋がっています。
精神的な成熟は年齢やキャリアと共に進んでいきます。もちろん何もしないで勝手に成熟していくモノではありません。沢山の失敗を経験し、思考を重ね、自分の弱さと向き合うことで少しずつ変化していきました。
人は落ちるところまで落ちた時にようやく気付くのかもしれません。僕はそうでした。
僕のこれまでのキャリアで1番の転換期は2018〜19年に川崎から大分に期限付で移籍したタイミングです。
川崎では本当に充実した2年間を過ごしました。全く試合には出れなかったですし、そんなレベルの選手では無かったですけどあんなに楽しかった2年間は後にも先にもきっとありません。人と環境に恵まれた最高の2年間でした。
かっこいい先輩方に凄い景色を見せてもらって沢山美味しいご飯を食べさせてもらって本当に恵まれた時間を過ごさせてもらいました。自分もいつかこんな人達みたいになりたいと思わせてくれました。
最高の時間と共にいつしか危機感が芽生え始め、このままでは自分が選手として終わってしまうと思い移籍を決断しました。
僕は昔から先輩へのリスペクトが必要以上にあって基本的に先輩の為なら何でもします。みたいな後輩破天荒キャラみたいな感じでした。
根が少し破天荒というかバカなのは否めないんですが、必要以上に破天荒を演じてしまってたことは良くなかったと思っています。
試合に出れないならせめてロッカーを明るくさせるのが仕事だと履き違えてとにかく楽しい明るい笑い話をみんなに提供するのを当時は生き甲斐にしてました。
自分のキャラクターを変えない限り僕が試合に出ることは難しかったです。もちろん移籍しなくてもキャラクターを変えることはできますがいきなりキャラを変えると周囲からイジられたり、色々言われながらの作業になります。当時の僕にそれは難しかったです。だから移籍という選択をしました。
移籍先の大分では新しい自分を作ることから始めました。幸いにも知り合いがほとんどいなかったこともあり、スムーズに新しい自分を構築することができました。
破天荒キャラから真面目キャラへの移行は簡単では無かったんですがそんなことも言ってられないくらい危機感を感じていたので何とか頑張りました。
当時の川崎の選手からはつまらない奴になったとブーイングが起きましたがそうでもしないと僕はまた元の弱くてだらしない自分に戻ってしまいそうだったので当時はとにかく必死でした。
人は出会うべくして出会う。これは僕の師匠の高山薫との出会いです。同じタイミングで大分に移籍したことでお世話になるようになりました。移籍する前に下田北斗から噂は聞いてましたがとにかくストイックで人間的な魅力に溢れたハートフルな人間です。
生活リズムや食事から何から全てを真似させてもらいました。薫くんのこれまでの選手生活で積み上げてきたキャリアが必然で、絶え間ない努力と節制によって作り上げられたモノだと間近で見れたことが今の自分の財産です。
僕としても自分自身に危機感を感じていてどうにかしたかったタイミングでの薫くんとの出会いだったのでとてつもない幸運だったと思います。この大分での1年間が僕の転換期になりました。
大分での2019シーズンが終わった後に強化部長の西山哲平さんと話した時に、周りから話聞いてたポープと実際のポープが別人すぎてビックリした。とまで言われました。良い意味で期待を裏切ってくれたとのことでした。この言葉は当時の自分には自信になりました。頑張って良かったと思いましたし、自分を良い方向に変えられた充実した1年間でした。
その当時、付き合い始めた女性が今の奥さんです。東京と大分の遠距離スタートにはなりましたけどそれが逆に良かったと今は思います。
人は相手に自分に無いものを求めると言いますけどまさにそうだと思います。僕の奥さんは当時から主張ができる人間でした。良くも悪くも言いたいことは言う人間です。僕は真逆で自分は主張しないで我慢するタイプでした。
今でも奥さんの方が性格的にサッカー選手に向いているとずっと思ってます。自分軸がしっかりしてて芯のある女性です。その当時僕はまだ自分軸を形成してる最中でした。きっと無意識レベルでそういう部分に惹かれていたんだと思います。
これもまた出会うべきタイミングで出会ったと僕は思っています。遠距離を約3年続け無事に結婚することができました。とにかく明るくて元気な奥さんに毎日パワーをもらってます。ありがとうございます。
僕が継続的に試合に出始めるようになったのはプロ8年目です。ファジアーノ岡山での1年間が大きく自分のキャリアを前進させてくれたと思います。責任と覚悟を持って毎日取り組んでましたし、それが評価に繋がったことで自信にもなりました。J1でのチャレンジをしたいと強く思い、大分への完全移籍を決断しました。
その時のことはこちらに詳しく書いてあるのでもし良かったら読んでみてください。
大分に移籍してすぐに自分の価値観の変化に気付きました。それはシーズン通して試合に出たことでの変化でした。より良い選手になる為、より良いパフォーマンスを出す為に常に考えて行動するようになってました。量より質を求めるようになってた自分の変化に移籍するまで気付いてなかったです。この時に自分を客観的に見ることの難しさを改めて痛感しました。
結果としてチャレンジは失敗になりました。自分の力不足を痛感しましたし、自分が本来持っている力を発揮できないままチームはJ2に降格することになりました。それでもチャレンジしたことに後悔はありません。自分の価値観や成長を考えた上で1年での移籍という選択をしました。
そして町田に来ました。昨年も色んな事がありました。変えられないモノとの戦い。新しいトレーニングとの出会い。初めての結婚生活。
トレーニングを変えてから少しずつ本来のパフォーマンスが戻ってくる感覚がありました。この時期は慢性的な膝の痛みもあり自分のパフォーマンスが低下しているのが自分でも分かっていました。どうにかしないと思い色んな場所に足を運んで治療やトレーニングを受けました。
そんな中で出会ったのがJPECの河口正史さんです。Twitterでたまたま流れてきた河口さんのツイートに目が止まり覗いてみました。身体の使い方を変えるという言葉と河口さんの実績に望みをかけて、縋る思いで連絡させてもらいました。
毎日やり続けたことで少しずつですけど自分の本来のパフォーマンスが戻ってきてる実感と慢性的だった膝の痛みが少しずつ無くなってきました。
今年に入ってからは自分でも分かるくらい状態が良いです。もちろんまだまだ未熟ですし、もっと突き抜けないといけません。継続していきます。
今年でこの世界に入って11年目になりました。過去に起きた出来事の全てが今に繋がり全ての経験が僕の血となり肉となり人間としての幹を少しずつ太くしてくれています。
プロに入ってから精神的に崩れてしまいサッカーから離れた時期もありました。本当に自分がまだプロサッカー選手としてサッカーをしてることが奇跡的だと思うことがたまにあります。
一時は本当に人生のどん底まで落ちました。生きることすら辛くて、苦しい時期も過ごしました。多くの痛みを知り、その痛みが気付きを与えてくれました。
どん底から這い上がることはできます。立ち上がることをやめない限り人生は必ず前に進んでいきます。
良い経験も悪い経験も全ては経験することに価値があります。全ての出来事から学ぶことができます。自分にとって良くない時期ほど学びは沢山あります。成長するチャンスを逃さないように。
まだまだ僕は力不足です。人間としても未熟です。そんな自分でもいつかは人に何かを与えられるような存在になれるようにこれからもっともっと頑張ります。
そして沢山の方々に支えられてここまでこれました。僕に関わってくれた全ての人に感謝してます。本当にありがとうございます。
後悔が無いサッカー選手生活を送れるように引き続き情熱に溢れた毎日を過ごしていきたいと思います。
これからもよろしくお願いします。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
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