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そよ風と笑顔に、くすぐられて


私は、「直感」を信じている。

でも、直感=ピンとくること を指すのであれば、あの日あの時に私が感じたアレは、何と呼べばいいのだろう。

衝撃ではなくて、それはあくまで、静かなものだった。

静かに、自然に、スーッと、心に広がった。


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駅の改札を抜けて、駅前の大通りに立った瞬間、

曲がり角にある大きなカフェの賑わうテラス席を見た瞬間、

そこで働く店員さんの笑い声が聞こえた瞬間、

そのすべての瞬間は、ほぼ同時に私の五感を刺激した。

そして、それらは私の第六感を、くすぐった。


吹き抜ける風に呼吸を合わせて、すーっと息を吸った。

そして、吸い込んだ息を吐いて、確信した。

うん。きっと私は、この町で暮らす。



シェアメイト募集の掲示板で見つけたシェアハウス。

メルボルンには、街の中心部から海沿いに伸びていく電車の路線がある。私はその路線上でシェアハウスを探そうと決めていた。

韓国人のオーナーとメールでやり取りしていたものの、彼女は絶賛ホリデー中で、他国でひとり旅を満喫しているとのことだった。代わりにシェアメイトが案内出来ると言うので、私はオーナー不在のインスペクションにやって来た。(インスペクション=内見)

シェアメイトは、日本人と香港人の女性ふたり。しかし、彼女たちが帰国するための今回の募集だそう。こちらでホームステイやシェアハウスを経験して、どのお家も音は響き渡るし、この国でバスタブに浸かることを夢見てはいけないことは、理解していた。

シェアハウスは、清潔感があって、インテリアも可愛かった。シェアにしては小さい冷蔵庫や、洗濯物を干す場所の日当たりは気になったけれど、ここに住みたくない理由は、見つけたくなかった。

だって、私はもうこの町の空気を、この町に吹く風を、気に入ってしまっていた。

治安はどうですか?と聞くと、ここはイスラエルの人=ユダヤ教の人がたくさん暮らしていて、とても安全だよ、と教えてくれた。

なるほど。駅からここに来るまでに何人も見かけた、すごく小さな帽子を頭に乗せた人や、もみあげだけを伸ばしてカールさせた髪型をしている人は、ユダヤ教の人々だったのか。またひとつ、知らないことを知った。


案内をしてくれた彼女たちにお礼と別れを告げ、連絡はオーナーに入れますね、とその場を後にした。インスペクションの後に、私は友達とテニスをする約束をしていた。この町からそのままトラムに乗って待ち合わせ場所に向かう予定だ。

しかし、トラムを待つ場所が、分からない。

自慢ではないけれど、私は自他ともに認める極度の方向音痴で、Google mapがないと生きていけないし、あっても正しく地図が読めないので、助手席でも助手できないレベルだ。

それは車でも徒歩でも同じことで、メルボルンに到着した日は早速3時間彷徨い続けたし、それ以降も電車の路線を間違えたり、行きたい方向と逆に進むトラムに乗ってしまうことは日常茶飯事だった。

この日も、道のどちら側でトラムを待てばいいのか、さっぱり分からなかった。うろうろと、道を行ったり来たり、時刻表を確認して、トラム専用のアプリと照らし合わせる。それでも尚、確信は持てない。

そんな私は、明らかに不審だったのだろう。ひとりの女性が、声をかけてきた。

「 Is everything okay?」

あなた、大丈夫?何か困ってるの?という具合に、気にかけてくれたのだ。白髪のメガネをかけたおばあちゃん。どこかでアフタヌーンティーをするのかなと想像させるような、素敵なコーディネートだった。

私は、行きたい場所の名前と、どちらに進むトラムに乗ればいいのか分からないことを伝えた。すると、一緒に時刻表と地図を確認して、ここで待っていれば大丈夫よ!と、私の手を両手で握ってみせた。また迷子になったらどうしようと不安だった私の心まで、ぎゅっと抱きしめてもらえたような感覚に陥った。そんな温かさがあった。

ありがとう、本当にありがとう!とお礼を伝えて、良い1日を。と決まり文句でお互い笑顔を交わして、おばあちゃんの後ろ姿を見送った。

すると、おばあちゃんが、くるっと振り向いた。

そして、

「And…Merry Christmas and Happy New Year! 」

素敵な笑顔で、そう伝えてくれた。そうだ、3日後はクリスマスだ。すっかり夏だから忘れていた。

”チャーミング”という言葉が世界で1番似合うのは、彼女なのではないかと思った。それくらいに、あの笑顔と一言は、愛らしかった。

私も同じセリフを伝えて、思いっきり手を振った。また、会えるかな。会いたいな。


時刻表の時間になっても、トラムはまだ来ない。トラムが時間通りに来ないことは日常茶飯事だ。私はスマートフォンを取り出して、メール画面を開く。迷いは、一切ない。「あなたのシェアハウスに一緒に住みたいです。」と入力して送信した。オーナーに会ったこともないのに、決めてしまった。

でも、世界一チャーミングなおばあちゃんが暮らす町に、私も住みたいと思った。

私の第六感は、あの笑顔に、またもやくすぐられてしまった。見事にトドメを刺された。

風が、空気が、あのカフェが、おばあちゃんが、私がここに住む理由だ。


ここで、暮らしていく。

知らない人だらけの、知らない町で。

誰かを知ることが、できるかな。
お気に入りの場所が、できるかな。
私もこの町に、馴染めるかな。

不安も、あるけれど。きっと、大丈夫な気がする。

私は、静かに広がったあの直感と、おばあちゃんの両手の温かさを信じている。

やっと姿を見せたトラムに乗り込む。


2週間後、私はまたこの町にやってくる。いや、戻ってくる。

大きなスーツケースと、バックパックを背負って。


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この記事を書きたくなったのは、GENCOSさんのこちらの記事に出逢ったから。街の印象って、結局そこに住む人たち、そこで関わった人たちによって決まるよな〜と。メルボルンでの出来事を思い出させてもらいました。

ドイツでパン職人として働き、製パンマイスターを目指されているGENCOSさん。個人的に、ドイツにはひとり友人がいるし、クリスマスマーケットをいつか訪ねたいなと、国自体に興味はあったのですが、パン屋さん好きを公言しておいて、全く知らなかったドイツパン。最近、隣町にあるパン屋さんにドイツパンが並んでいるのを見つけて、「あ!」と嬉しくなりました。

パン屋さん好きの私にとって、GENCOSさんの更新はいつも楽しみで。語彙力が桁違いなので調べ調べ勉強しながら読んでいますが、絵も凄いんです。何が凄いって、初めから描けた訳ではなくて、練習して描けるようになったということが、凄すぎて。凄すぎますとしか言えない私の語彙力です。パン屋さんの出店や絵本の出版など、何かしらのご活躍を密かに勝手に楽しみにしております。この度はありがとうございました^^

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