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海の側に在るこの町で


家を出発して、ドライブしながら好きな歌を2曲聴いている内に、やがて海が見えてくる。


私がこの町に産まれ育って良かったと思うのは、海を眺める時。もちろん、田舎なので山もあるけれど。

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キツく聞こえる喋り方は苦手だし、治安がいいとも言えません。この町が大好きだという同級生にはいつも頷けませんでした。でも、一度この町を離れてみて、気付いたことがあります。


息苦しい世の中を生きる毎日でも、ほんの少し車を走らせれば、海が見える。それは、私にとって大切なことになっていたのかもしれない。だから私はこの町を出てみても、海のそばで暮らすことを選んだのだと思います。

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祖父の趣味は釣りでした。今はもう手放して釣りも辞めてしまったけれど、自分の船を所有してよく海釣りをしていました。子供の頃から、祖父の釣ってきてくれる魚を食べて育ちました。


釣りには時々一緒に連れて行ってもらったけれど、私は船酔いでダウンしていた記憶しか残っていません。

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この町の海の色は、リゾート地の海とはまるで違います。正直、きれーい!だなんて言えません。


でも、天気の良い日はキラキラの魔法がかかります。

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波が寄せては、引いて。
その度に、海のダイヤモンドがキラキラします。写真ではそう見えないかもしれませんが、私の目にはいつもそう映ります。これが見たくて、時々車を走らせます。


海は、求めればすぐに、いつもそこに在りました。

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学生の頃は、友達と自転車を漕いで、海に向かいました。学校帰りの寄り道は、遠回りして辿り着く堤防か海岸。「とりあえず、海行く?」で話はまとまります。


海に入ることが目的ではありません。そこに腰を下ろして、ひたすらに話す。クラスのこと、部活のこと、恋愛のこと、家族のこと、将来のこと。海という場所は、悩みが尽きない思春期の私たちを素直にさせてくれました。


社会人になると、夜の海を眺めに行くようになりました。新社会人の私を元気づけるために友達がドライブに連れて行ってくれる先は、大抵が海。夜の海は、波の音が際立ちます。そして、波に乗ってやって来る風が、とても気持ちいい。


海辺に寝転んで見上げた流星群の空も、忘れられない青春の思い出です。


もっと月日が経って、仕事をする日と休みの日を繰り返す毎日にも、ある程度のストレスにも慣れてしまうと、わざわざ海へ出向くことも少なくなってしまいました。


それでも本当に時々、無性に海を眺めたくなります。裸足になって、砂浜を、波打ち際を、歩きたくなります。裸足で踏みしめる砂の感触は、うまく言葉で表せないけれど、生きていることが嬉しいと、じんわり感じられるんです。

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海を側にして育った私たちは、その環境が特別だなんて思ったことはありませんでした。それが当たり前ではない特別なことだと言われても、当たり前に寄り道できるようなクレープ屋さんのないこの町では、海に行くことが当たり前の放課後だったから。


でも、誰かにこの町の魅力を聞かれればきっと、海が在ることだと答えると思います。相変わらずクレープ屋さんはないけれど、海を見渡せるカフェも出来ました。この町を素敵に、魅力的に変化させていく人たちがいる。その事実自体が、素敵だと思います。



ずっと続くといいなと思います。
海と共にあるこの町が、この町の人と共に。



じっくり読んでいただけて、何か感じるものがあったのなら嬉しいです^^