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【短編小説】 孤独

階下に来たものの、眠る気はさらさらなかった。ただ居間から——パーティーの人いきれから——抜けだしたいだけだった。僕は玄関の扉を開けた。



君がそこにいたのは僕にとって意外なことだったし、意外でもなかったかもしれない。集団である、、、ことに嫌気が差してそこからはぐれようとする僕に、寄り添ってくれるのはいつも君だった。

君は空を見上げていた。星は見えない。雨はやんだが、依然厚い雲に覆われていた。

「雲の向こう側で、星が光っているなんて信じられないよな」

と言ったのは僕だったか、君だったか。そして、君だったか、僕だったかが黙って頷いた。

「1本いいかな」と訊いたのは僕だった。君はたばこを喫わない。けれども、あらゆる行動の主語が僕であるか、君であるかを気にする必要はもはやなくなっているような気もしていた。僕は君とふたりきりでいると、そのように思う。君も同じように感じているのだろうか。僕にはわからないけれど。

「君も同じように感じている?」

って僕は訊けなかった。恥ずかしくて、訊けなかった。

「たばこ、喫うようになったんだね」

「そうだよ」僕がたばこを喫うようになったのは、まだ僕が映画を撮っていた頃。僕が映画監督を志していた頃。地方の映画祭で僕の映画が評論家たちに酷評された夜のことだった。あの夜、僕を喫煙所に誘ってくれたのは君だった。僕たちはふたりとも非喫煙者だったけど、「今は孤独になる時間が必要だ。そういう場合に最適な場所はここだ」と僕のことを半ば引っ張って喫煙所に連れ出した。しかし喫煙所にいるのに、たばこを喫わないのも場にそぐわないような気がして、なんとなく落ち着かなかったのでコンビニエンスストアまで片道20分、往復40分の道を君とふたりで歩いた。その間なにも喋らなかったのはよく憶えている。

あの夜、僕は喫えないたばこを無理して喫っていた。ときどき咳きこみながら。自分の命を傷めつけるようにして喫っていた。

「僕がどうして、澁谷くんを連れ出した場所が、喫煙所だったか」

「……孤独のため」と僕は応えた。かなり間を置いてから。

「集団である、、、ためには集団からたまにはぐれて、孤独になるための時間が不可欠なんだよ」と、ひとりごとではなく、その言葉は確かに僕に当てられていた。「孤独を確保して、自分と自分が属する集団を俯瞰するんだ」

孤独を、確保する。

「さあ、澁谷くんが今喋りたいことを、喋りたいように喋ってみてよ」



今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。 これからもていねいに書きますので、 またあそびに来てくださいね。