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マックスマーラマニュエラコートと年収1千万の女

本日の主人公
Age:32
Job:投資コンサル

「試着だけなさいませんか?」百貨店でこの言葉に乗ったのが間違いだった。

歩くたび優雅になびく裾。デコルテを陶器のように見せる襟。キャメル素材を近くで見ると、まるで鱗のようにも見え、それは、今まで見てきたコートとはまるで別物だった。

その横で彼は、私以上に目を輝かせた。「うわぁ」。なにしろ、ここへ来たのは彼の提案だ。

「マニュエラと言って、マックスマーラの代表作です」片方だけ刈り上げたショートカットの店員は、まさにそのコートにふさわしい横顔で、さらにそれを美しく見せた。

袖に腕を通すだけで高貴な気持ちになった私は、揺れる裾に目を奪われ、鏡の前を歩き回った。それもそのはず。そのコートの値段はOLの平均月収を軽く上回る。

30代のガーリー服は痛いという特集を見て以来、美人百花からojjiに愛読書を変えたものの大して服に興味がない私と、服好きの彼。

いつも買い物に同行したがり、服を新調するたび「花柄のあれと合わせたら?」「ストールはこう巻いて…」と、私を着せ替え人形にした後「可愛い」と言って、私を上機嫌にした。

試着した日から私たちは、媚薬のような名前に夢中になった。「マニュエラ コーデ」「マニュエラ セレブ」持ってもいないコートのコーディネートを、ふたりで一緒に検索する。

ベッドにうつ伏せになって眺め、電車で横並びになって探し、LINE通話の途中に画像を送り合った。

当時は見るだけのつもりが、ついに知ってしまう。海外で買えば、百貨店より10万も安いということを。

「高いけど、一生ものだしね」。

お互いに同額で約束していた誕生日の予算を少しオーバーするものの、彼にとってもお気に入り。差額は私がと話し、フランス製のコートをオランダから取り寄せると決めた。

「一生ものだから、サイズも重要だよね」

ただ、近くの店舗には合うサイズがなかった。すると、肩を落とす私を見かねた彼が「試着旅行に行こうよ」と。

新幹線に乗って大騒ぎしながら、片道2.3時間かかる百貨店まで試着に行った。

「冠婚葬祭、一生ものだもんね」

マニュエラが届くまで約1か月半。一緒にコートを楽しみにしているはずだった彼は、笑顔で「誕生日おめでとう」とそれを渡した後、もうスタイリストごっこをしなかった。

一生ものという言葉を使うたび、彼の横でそれを着るものと思っていたのに。

彼とそれを着て出かけたのは1度きりだった。

別れを提案された際、それに逆らうのを不合理に思うようになったのはいつからだろう。

自宅でハンガーにかかったそれは、あの日とは全然違って見えたけど、「見たら思い出して辛い」と処分できる潔さなんてない。

それでも、平気で愛用できるほど大人にもなれなくて、その横で大声で泣いた。

マックスマーラ公式HP マニュエラ コート - マックスマーラ


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