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世界で一番ゴッホを描いた男

主人公趙小勇チャオ・シャオヨンは、1996年、出稼ぎで深圳市大芬(ダーフェン)にやってきました。
大芬は世界でも珍しい地域です。1万人の画工を抱え、村をあげて複製画製作を行い、世界市場の6割を占めることから「油画村」と呼ばれているところ。
中学を1年で中退し、さまざまな仕事をしてきた手先の器用なチャオは、ここではじめてゴッホの作品と出会い、独学で油絵を習得しました。

出典:Google map

食事も、寝るのも、結婚も、子育ても、この工房の中でした。
男はみな上半身裸で作業し、寝る時は床の上に雑魚寝です。
注文が多いときは、花を描く人はずっと花、空を描く人はずっと空、という分業になり、まるで蟹工船の世界?
いいえ、低賃金に重労働、辛い人はすぐに辞めてしまう、残っているのは、絵を描くのがそれでも好きな人たちです。

出典:「世界で一番ゴッホを描いた男」公式サイト


出典:「世界で一番ゴッホを描いた男」公式サイト


アムステルダムの得意先からは毎月600~700枚の注文が来ますが、生活は苦しいまま、そうして20年経ちました。

チャオは20年間、一度もゴッホの原画を見たことがありません。
いつかどうしてもオランダを訪れたいと夢を持つようになっていました。
「飛行機チケットさえ買えば、寝るところも食べるところもこっちでお世話するよ」とオランダのお得意さんは言ってくれますが、そのチケット代がないのです。

2013年、ついに夢が叶う日が来ました。

高級な画廊だと思っていた取引先は、ゴッホ美術館のそばにあるお土産屋さんでした。
観光客がひっきりなしに訪れ繁盛していますが、チャオの落胆は隠せません。
卸値の8~9倍の値段で売られているのがわかったチャオは、画工がつぎつぎと辞めていく現実を話し、値上げの交渉をしますが、結果がどうなったのか映画ではわかりませんでした。
「ゴッホも売れなかったじゃないか」という仲間の言葉は慰めにもならない。

ゴッホ美術館の入口は長蛇の列。
ゆっくりと、噛みしめるように、チャオはゴッホの作品を見つめます。
複製画との違いに、感動しながらも、絶望するチャオ。

しかし、自分でも本物の絵が描けそうな気がしてくるのです。

帰国したらどういう絵を描こうか。

チャオは夜のカフェテラスを、キャンパスを立て実際に描いてみます。
ゴッホが見た夜の空は、こういう空だったのか。

自分のオリジナルの絵が描きたい。
1年に1枚でもいい、今は評価されなくてもいい。

芸術家としての第一歩に、チャオは一番尊敬する祖母の肖像画を描くのでした。



チャオの人生のドキュメンタリーですが、画工が複製画を量産する様子や「油画村」の風景、中国の政情が垣間見えるのも興味深かったです。

中国には都市戸籍と農村戸籍があり、農村出身のチャオは出稼ぎで大芬に来ているため、都市戸籍を持っていません。
中国の教育制度は学区制で、農村戸籍者は都市の公立へは入学できず、チャオの娘は、故郷(※)で祖母と一緒に暮らしながら地元の学校へ通っています。
すなわち家族が離れ離れ。
「田舎の学校は先生も方言で何を言っているのかわからない」
学齢までは大芬に住んでいた娘は田舎暮らしが不満です。大学なんて行かなくていい、専門学校で英語かITを学びたい。
しかし中学中退のチャオは学歴コンプレックスがあり、娘を大学に行かせたいのですね。

※チャオの実家は湖南省の省都「長沙市」で、2400年の歴史を持つ古都です。
なおかつ中国で毎年発表している「都市の商業的魅力ランキング」で、337都市中15位以内に常連で入っている大都市です。
それでも戸籍は農村戸籍なんですね。

出典:JETRO日本貿易振興機構「2022年都市の商業的魅力ランキング発表」


SHENZHEN(日本人向け深圳情報サイト)に、チャオさんへのインタビュー記事が載っていました。

彼が言うには、オリジナルよりも複製画のほうが難しいそうです。
複製画はそっくりに描かなくてはならない、自分の気分や体調に左右されてもいけないし、自由がない。
現在チャオさんは、複製とオリジナルを半々で描いており、映画のおかげでちょっとだけ値段があがったとか。
日本で展覧会をする話もあったようですが、今のところ実現はされていないようです。
残念。


「世界で一番ゴッホを描いた男」公式サイトより抜粋。

深圳で画家を目指す者はまずは大芬にやってきます。複製画のみを手がける絵描きは「画工」と呼ばれ、「画家」と呼ばれるには公募展に3回入選しなければなりません。「画家」になると専用の住居に格安で入れるなど優遇政策がとられています。1万を超える絵描きが暮らす大芬で、「画家」の称号を手に入れたものは300人もいないといいます。最近ではオリジナルの作品を制作する「画家」も増えてきています。

カバー写真:「世界で一番ゴッホを描いた男」公式サイト


<参考資料>

「世界で一番ゴッホを描いた男」公式サイト
http://chinas-van-goghs-movie.jp/index.html

SHENZHEN(日本人向け深圳情報サイト)
「深セン大芬『世界で一番ゴッホを描いた男』画廊訪問インタビュー」2019年
https://www.shenzhen-fan.com/china-van-gogh/

JETRO日本貿易振興機構「2022年都市の商業的魅力ランキング発表」2022年
https://www.jetro.go.jp/biznews/2022/06/9f9df69f8ed862ca.html

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