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歌人が絵本を翻訳するということ――俵万智さん 『クマとこぐまのコンサート』刊行記念インタビュー

歌人としてのみならず、絵本の翻訳者としてもご活躍されている俵万智さんに、絵本や読み聞かせ、子育てに対しての思い、新作『クマとこぐまのコンサート』についてなど、編集担当がオンラインでインタビューを行いました。(聞き手・ポプラ社 林 利紗)

俵万智:歌人。大阪府門真市生まれ。早稲田大学在学中に短歌を始める。第一歌集『サラダ記念日』(河出書房新社)で第32回現代歌人協会賞を受賞。主な絵本の翻訳作品に『クマと森のピアノ』(ポプラ社)『ずっといっしょ』(WAVE出版)がある。宮崎県在住。

1クマとこぐまのコンサート

『クマとこぐまのコンサート』
作/デイビッド・リッチフィールド 訳/俵万智
第11回MOE 絵本屋さん大賞2018 第10 位入賞した『クマと森のピアノ』、続編『イヌと友だちのバイオリン』につづく第3作目。親子の絆と、友情をテーマにした、シリーズ最終作となる感動の絵本です。
あらすじ◉クマのブラウンは、小さいときからピアノがだいすき。
森から街へ行き、大スターになりました。けれど時はながれ、夢のような日々は終わりました。ブラウンは引退して、ふるさとの森へ帰ることにしました。パパになったブラウンは、森のピアノを見つけたこぐまにむかしの話をします。パパのかなしい顔を見て、こぐまはあることを思いつきました・・・。

短歌とも似ている面がある

2俵先生オンラインインタビュー写真

――普段は歌人として、短歌をつくることをお仕事とされていますが、絵本の翻訳について、どのように考えていますか?

私自身がすごく絵本が好きで、小さい時たくさんの絵本を母に読んでもらったり自分で読んだりして育ったということに加えて、
息子ができてからは読んでやる立場になって、そこでまた出会い直したなという感じもありまして。
絵本が大好きなので、その世界に自分が言葉で関われるということはすごく幸せだし、積極的にやりたいなと思っています。

短歌とも似ている面があって、短い言葉でリズムがある。
絵本の言葉って、散文とはまたちょっと違う魅力を持っているものが多いと思うんですけれども
短歌も短い言葉でリズムがあるという意味では、共通する部分もあるのかなと思います。
声に出して読む、耳から入ってくる、そういう面では近しいものを感じます。

絵本は絵が主役

――翻訳される際にも、読み聞かせを意識されますか?

絵本は黙読より、声に出して読む、耳から入って届く言葉だっていうことは、一番大事にしたいことのひとつ。それはすごく意識します。

訳に迷った時は特に声に出して読んだりします。読んでみて、理屈じゃなくて心地よいほうがいいかな。

ただ一方で、短歌って言葉100%でできているものなんですよね。
すべてを言葉だけで伝えるっていう面があるんですけれども。

絵本の場合は「絵」本っていうくらいですから、絵が主役。
まず絵が子どもの目に飛び込む、ということを考えると
もちろん言葉もすごく大事なんだれども
絵に語ってもらえる部分は、言葉があまり出しゃばらないほうがいいのかなということも心がけます。

歌人としては普段、言葉100%だから
ついつい言い過ぎちゃう、ということがあるかもしれないし
ついつい言ってしまいたくなる。
もちろん翻訳ですから原文があるわけですけれども、
日本語にするときには、言い過ぎないようにということも一つ心がけています。

子どもに読む中で気づくこと

――息子さんとの読み聞かせのエピソードをお聞かせいただけますか?

こんなに大人になってから、同じものを繰り返し読むことってないなって。
子どもにせがまれるから何回でも何十回でも同じものを読みますよね。

大人が読んでもすごく発見のある絵本が結構あって、素晴らしい絵本ってそういうものなんだろうなと思います。

3きんぎょがにげた

『きんぎょが にげた』作/五味太郎(福音館書店)

五味太郎さんの『きんぎょが にげた』(福音館書店)も、もう何十回も読んでいるうちに、これって金魚の自分探しの物語なんだなということをあるときふっと自分が思ったり。
子どもはその金魚を探すのに夢中で、そんなことはたぶん考えていないと思うんですけれども。

4ころころころ

『ころころころ』作/元永 定正(福音館書店)

元永定正さんの『ころころころ』(福音館書店)っていう、ただ玉がころがっていくだけの絵本があるんですけれども、それも息子が大好きで、
ころころころがってるだけやん、と思いながら読んでたんだけど、あるとき子どもが玉を指さして「この子が」と言ったんですね。
・・・!「この子」というふうに思って見てるんだ、と思ったら
自分にとっても、いかに波乱万丈な物語を含んでいるのかというのが
急に見えてきたりして
子どもの一言で気づかされるところもあって。

絵本は子どもが、文字にかいていない部分でも一生懸命見たり指さしたり、気づいたりしますよね。
大人の目では見えていない世界を、子どもは絵本の絵の中で読みとっているんだなと思ったり。
散歩に行ったりしても、子どもはこの世の中、大人には見えないものをいろいろ発見してるんだなぁ、
だからなかなか散歩に時間がかかるんだなあと思ったり。

だから同じ絵本を子どもと読むというのは、大人にとってもすごく豊かなものだなと気づきましたし、
いい絵本というのは大人が読んでもいい絵本なんだなと思いましたね。

子どもは、ただ内容が分かっておしまいというのではなくて、本当にくり返し読む。幼い子が「言葉」というものに出会う初期の場面での「言葉」ですからすごく責任重大ですよね。
それが、その子の心の栄養になるというか、その子の言葉の土台の一部になるかと思うと。
生半可な覚悟で関わってはいけないなとすごく思いますね。
子どもの血肉になる言葉でもあるから、美しい日本語でありたいなと。

「初めて」と「最後」の読み聞かせ

最近つくった歌で、おかあさんたちに「この歌が好き」とすごく言われる歌があって、

最後とは
知らぬ最後が
過ぎてゆく
その連続と思う子育て

今度出した歌集(『未来のサイズ』(角川書店))に入っているんですけど、この歌が一番あてはまるのが、「絵本の読み聞かせ」かなと思って。

5未来のサイズ

『未来のサイズ』著者/俵 万智(角川書店)
2020年9月に第6歌集を出版。前作から7年ぶりの歌集。

絵本の読み聞かせって私も好きでやっていたけど、ときどきうんざりするときもあるじゃないですか。またこれ? もう1回? って。
その頃ってそれが終わるときが来るなんて思ってもいなかったんだけど。

「初めて」って子育てのときって意識するんですよね。初めてお弁当を作ったとか、初めて子どもに絵本を読んだとか。
「初めて」ってわりと覚えているんだけど、「最後」って分からないんですよね。
だから、絵本の読み聞かせも、いつが最後だったのかなって思う。
子育てって、そういうことの連続だなって思って。
いつか最後になっちゃいますので。
そう思うと、ちょっと丁寧にできますよね。

幼い子に知ってほしい

――ここからは、新刊『クマとこぐまのコンサート』についてお伺いします。シリーズ1作目『クマと森のピアノ』を初めて読んだときの印象は?

6クマと森のピアノ

『クマと森のピアノ』
あらすじ◉ある日、こぐまのブラウンは森のなかで、「へんてこなもの」を見つけます。やがて、ブラウンはへんてこなものを弾けるようになります。偶然通りかかった人間の女の子とお父さんがブラウンの奏でる美しいピアノの音楽を聞きます。ブラウンはふたりと一緒に町へ行き、ピアニストとして大成功をおさめました。でも、ブラウンは森と、友だちと、森のピアノが恋しくなり・・・。

 絵がすごく魅力的ということと、ストーリーが幼い子に知ってほしいこと―音楽のすばらしさ、夢をかなえること、あるいは、ふるさと、友情…そういう生きていく上で、ものすごく基本になることを素敵なストーリーで伝えている。説教くさい感じじゃなくて。
自分がまず読者として本当に心惹かれました。

家族の在り方の自然さ

――3作目となる『クマとこぐまのコンサート』は、クマのブラウンと、娘のこぐまの家族の物語でもあります。ブラウンの家族についてのお考えを聞かせていただけますか?

今ちょっと反省しているんですけれども、3作目で急にブラウンがパパになっていた背景を原作者に聞いてしまった。
結婚したとかそういう展開がなく、ふっとパパになっている。もしかしたらシングルファザーなのかもしれない。
でも、そういうことがすごく自然に、ブラウンの家族はこういう感じなんだっていう、なんの説明もないところが粋だったなあ、その粋なところをあえて聞いてしまったと後で思いましたけれども。
すごく素敵ですよね。この自然さが、この絵本の一つの魅力なんだなとも思いましたね。

ペンギンの家族の話で、ペンギンの男の子と男の子がひかれあうっていうすごく素敵な絵本があって、外国の絵本のほうが進んでいるなあと思って。

7タンタンタンゴはパパふたり

『タンタンタンゴはパパふたり』
文/ジャスティン・リチャードソン,ピーター・パーネル
絵/ヘンリー・コール 訳/尾辻かな子,前田和男(ポット出版)

たとえば子どもが出会う絵本のなかで、どんな絵本でもおとうさんがいておかあさんがいて子どもがいるっていう、出会った絵本がぜんぶそれだったら、世の中や家族っていうのはこういうものだって、ある意味刷り込みがされてしまいますよね。
それは知らないうちに大人がおしつけている価値観かもしれない。
ぜんぶがそれで、例外がないっていうのは不自然なんだよ、いろんな家族がいるっていうことを、いろんな絵本を読むことで子どもがすごく自然なこととして受け止められたら、これはまたすごく素敵なメッセージだなと思いましたね。

素敵な日本語

――『クマとこぐまのコンサート』を翻訳されるにあたって、工夫された点はありますか?

最後の「心のおみやげ」っていう言葉は、原文には直接そういう表現はなくて、ちょっと踏み込んだ訳ではあったんですけれども。
「おみやげ」って「忘れないということ、ここでなにか得たものを持って帰る」という感じ。日本語のすごく素敵な言葉でもあるので。

8クマとこぐまのコンサート_おみやげ

3冊分のフィナーレ

――『クマとこぐまのコンサート』で一番好きなシーンはどこですか?

作者のリッチフィールドさんがいつも、いちばんいいところを「絵で見せる」というのがあって。3冊ともそうなんですよね。
物語を作るのが上手な人だなと思うんですけれども、1回あきらめさせられるんですよね。1回あきらめたところで、一番素敵な場面が出てくる。この落差がすごくて。

1冊目のときは、森に帰ってきたブラウンが、ピアノのまわりにCDとかポスターがいっぱいあるのを見つけるシーンだし、

9クマと森のピアノ_見開き

2冊目は、長年の友人のヘクターがコンサート会場の壇上に招かれるシーンだし、

10イヌと友だちのバイオリン_見開き

今回の3冊目は、かつての仲間が揃って待っているシーンが好きですね。

11クマトとこぐまのコンサート_見開き

3冊目で集大成という感じで、ラストのシーンもいままでの登場人物が勢ぞろいで、出てくる川も1冊目で渡っていた川だなと思ったり、すごく感慨深い。大団円、3冊分のフィナーレという感じがします。

夢と音楽とつながりと

――1作目『クマと森のピアノ』、続編『イヌと友だちのバイオリン』、そしてシリーズ最終作の『クマとこぐまのコンサート』それぞれの魅力を教えてください。

3作とも通して、生きていく上ですごく大事なものを伝えています。

1作目は、自分が好きなピアノ、芸術、好きなことを極めていき、それで頂上を目指す、ということと、ふるさと。誰のためにそういうことをしているんだろう? っていう大事なことに気づかせてくれる。

テーマがすごく現代的ですよね。
都会で弾く方が、CDを出す方が、数多くの人に聞いてもらえるという意味では成功かもしれないんだけれど、でもたった一人のためにピアノを弾くことの素晴らしさっていうのがあるよ、って。
いまSNSとかで「いいね!」の数を競っている感じがあるじゃないですか、そういうことにもやんわり警鐘を鳴らしてくれる感じもあって。

もちろんピアノが上手な子がどんどんピアノを極めていくっていうのも素敵なことだし、でも、それが誰のためなんだろうか、とか、生きる上で何を大事にする? という問いかけがあって、すごく深いです。

2作目は、イヌのヒューゴが、おじいさん(ヘクター)といることの幸せと、楽団で弾くということ。もともとおじいさんとの出会いがあったから、自分はこのバイオリンを弾けているっていうことに最後は着地します。

12イヌと友だちのバイオリン

『イヌと友だちのバイオリン』
シリーズ2作目。
あらすじ◉今日も、バイオリンひきのヘクターは、大のなかよしイヌのヒューゴといっしょに街で演奏しています。ヒューゴはヘクターのひくバイオリンが大すきで、楽しいときも、かなしいときもいつもいっしょ。そんなある日、世界的に有名なクマのピアニストのニュースを見たヘクターは、老いぼれてしまった自分の音楽に落胆し、バイオリンをしまい手にとろうとしなくなりました。ため息ばかりの生活を送るヘクターに代わって、イヌのヒューゴはバイオリンを手にし…。

3作目は、技術が追いついていかなくなって、ブラウンが森に戻ってくるわけですけども、やっぱり最後はピアノを弾きたかったって気づきます。3作目で最後ブラウンがピアノを弾くときっていうのは、1作目で初めて森でピアノを弾いたときにつながっていくような。

それぞれがすごくよく役割を持っている3作だなという感じがありましたね。ぐるっと円環でらせんを描いて、どんどん昇っていくような感じもあって。

1作目で自分の夢を叶えたブラウンが、2作目ではいろんな人の夢を叶える立場になっていて、犬を楽団に迎え入れる。彼によって夢をかなえてもらった人たちが3作目では恩返しする。音楽を通してのつながりも、すごくよくできています。

世界観を伝えたい

――さいごに、読者へのメッセージをお願いします。

絵本そのものが素敵なメッセージを持ってくれているので、ある意味、翻訳する人間は透明人間になってもいいと思っていますね。
この絵本を読む人は、原文の英語と訳文を見比べるわけではないですよね。子どもにとっての、この絵本の言葉は私の日本語になるわけですから、責任は感じますね。だから、日本語として美しい、完結しているものということを意識します。
英語と日本語は言語が違うので、直訳していたのでは、逆に世界観がずれてしまう。日本語を使ってその世界観を訳すということを心掛けます。だからその世界観が伝わってほしいなと思います。

生きていく上ですごく大事なことが含まれている絵本なので、多くの子どもたちに読んでほしいし、読み聞かせをする大人の方も深く考えさせられる絵本じゃないかなと。
音楽以外にも「表現すること」は人間しかしないことだし、たぶんそれを読んでる大人もみんな何かしら芸術とか文化とか表現することに関わることがあるはずです。大人が読んでも得るものがある絵本だと思いますね。

すべての子どもに、というと漠然としちゃうけれど、楽しんで読んでもらえればうれしいです。

・・・

俵万智さんの美しい日本語で訳された『クマと森のピアノ』、『イヌと友だちのバイオリン』、『クマとこぐまのコンサート』ぜひ、お手にとって声に出して読んでみてくださいね。