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出版用紙の環境の変化は、紙の本の価値が見直されるチャンスかもしれない――紙の商社「竹尾」の紙子さんインタビュー

「紙の本って、どうなっていくんでしょうね」

どうしてそんな話になったのか、さっぱり覚えていないのですが、製作部の藤倉さんが、ぽつりと零しました。
製作部という部署を聞きなれない人もいるかもしれませんが、本の紙や印刷加工など、本づくりを製造の部分から支えてくれる部署のことです。

※製作部のお仕事について、藤倉さんにインタビューした記事もあるので、よかったらお読みください。

――紙の本はどうなっていくのか

おりしもそれは、僕自身もずっと考えて続けていることでした。
このポプラ社一般書通信の管理人である僕こと森は、文芸編集者をやりながら、デジタルマーケティングの部署に所属しています。デジタルの視点から紙の本を考えるにつれ、「紙の本」としての可能性をあらためて感じるようになりました。デジタル化が進む中でこそ、紙の本の重要性は増していくだろうし、きっとなくなることはないのではないか。
そんな話をすると、藤倉さんはこう言いました。

「でもねえ、森さん。紙の本は残るかもしれないけど、それを取り巻く状況がけっこうヤバいことになってきてるんですよ」

今年の春ごろ、およそ10年以上ぶりに本の用紙価格が大きく上がりました。
と思ったら半年もたたないうちにもう一度同じレベルの値上げがあって、現場が慌てています。
そのほかにも、デザイナーさんから要望をもらった紙の在庫が確保できなくなってきたり、本の加工ができなくなってきたり。本の物流も限界が来ていて、まあいろいろ大変なことになっていてます。
こうした問題は、僕自身も編集者としてぼんやりと感じていました。
ただ、その現状をきちんと理解できているわけではなく、正直に言うと、いろいろ大変になってきたなあ……という認識くらいしかもっていませんでした。
一方で藤倉さんは、製作部という立場から本の製造現場と日々向き合っています。現場では様々なリアルな問題が起きており、このままでは今までのような紙の本を作り続けられなくなるのではないか。そうした危機感を感じていたのでした。

藤倉さんはこう語りました。
これまでの出版業界は、大量生産によって紙の本の価格を維持してきました。文庫や単行本の価格帯を維持できていたのは、本がたくさん売れていたからです。本がたくさん売れるから資材の価格を抑えられて、それによって手ごろな価格で本を作る。そうした構造だったのです。
でも紙の本が以前ほど売れなくなり、こうした紙の本づくりの仕組みが崩れつつあります。経営や利益構造の最適化・効率化を目指すならば、電子書籍のほうがいいのかもしれません。

じゃあ、本はすべて電子書籍になったほうがいいんでしょうか?
電子書籍でいいのであれば、紙の本って、なんなんでしょうか?

製作部にいるからこそ、「製造」に起きている現状をきちんと考えたい。
そのうえで、これからの紙の本がどうなるのかを想像し、あらたな紙の本の可能性を探したい。
だって、紙の本が好きだから――

「考えましょう、紙の本について!」
そんな熱い想いに胸をうたれた僕は、藤倉さんと固い握手と抱擁を交わしました(誇張表現)
だって、僕も紙の本が好きだから……。

そんなわけで、製作部の藤倉さんと森と二人で、いろんな人に「紙の本」について話を聞きにいくことにしました。
紙の本の「製造」の現場で何が起きているのか。それが紙の本にどんな影響をもたらしているのか。そして紙の本はこれからどうなるのか。
答えがないテーマだし、暗い現状に直面させられるかもしれません。やっぱ紙の本ってもう古いよ、という結論になるのかもしれません。でも、それをきちんと受け止めたうえで、これからの紙の本と可能性をみんなで考えていきたい。
そんなコーナーになればいいなと思っています。

★藤倉さんも森も、一個人として紙の本が大好きな人間です。そうした視点で会話をしているので、紙の本中心の発言になっている部分もあるかと思いますが、ご容赦ください。

※※※

第一回目のゲストは、株式会社竹尾の紙子さんにお話を伺いました。
竹尾さんはポプラ社もいつもお世話になっている、紙の商社です。主に本の装丁に使われる「特殊紙」を取り扱っていて、竹尾さんを通じていろんな本に使う紙を確保しています。
今回は本の「用紙」という視点から、いろんなお話を聞いてきました。

<紙子さんプロフィール>
紙子健太郎 
東京都出身。2004年入社後、仕入部門などを経て2009年より現部署で主に出版社へ紙を販売する業務を担当。休日は地域の少年野球チームのお手伝いに汗を流す。

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紙子さんのお仕事

藤倉:紙子さんはどれくらい竹尾さんに勤められているんですか?

紙子:新卒から竹尾にいます。もともと本が好きだったので出版社に就活したりもしましたが、ご縁があって竹尾にいますね。おそらくこの名前で拾われたのでしょうね(笑)。何も考えずに入社したのですが、どうしても名前が目立ちすぎて営業に出たばかりのころは大変でした。今はもう慣れました。これも運命と思って名刺を営業ツールのひとつにしています。
紙の使い道としてはやはり本が好きですね。今の部署である第四営業部にはもう13年くらい所属しています。

森:第四営業部のお仕事は、どういうものですか。

紙子:第四営業部は出版社さんに紙を売る仕事です。本に合う紙の提案をしたり、注文を受けた紙のお届けもします。また、装丁デザイナーさんにアプローチをかけて、新しい紙の情報や紙の使い方の提案をしたりもしています。

「特殊紙」の代理店である竹尾さん

森:竹尾さんという企業について詳しく伺いたいです。

紙子:本に使う紙は大きく二種類あって、中の本文に使うような「一般紙」と、表紙やカバーなどに使う「特殊紙」があります。竹尾は主に「特殊紙」の代理店をしている商社で、出版社さんなど紙を使うユーザーさんと、紙を作る製紙会社さんの橋渡しをしています。特殊紙の取り扱いはだいたい300銘柄くらいあって、それぞれの銘柄に色や厚みの違いがあるので、商品としては7~8000くらいの数になります。

森:そんなに紙の種類があるんですね!

紙子:これが見本帳で、1セットに竹尾の扱う全商品が詰まっていています。

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(竹尾さんの商品が詰まった見本帳。ポプラ社の製作部にも一式あります)

この1枚が1商品で、たとえばNTラシャという紙は120色あって、タントという紙は200色あったりしますから、在庫として保有しているのは多品種になりますね。

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(この一枚一枚が商品。同じ紙の種類だけどみんな違います)

藤倉:竹尾さんはなぜ特殊紙中心に扱われているんですか?

紙子:特殊紙って昔は舶来品で、海外から輸入するものだったんです。それを戦後の勃興期に、当時の社長が静岡の特種製紙さん(いまの特種東海製紙)に声をかけて、様々なデザイナーさんと組んで、国産の特殊紙を作りはじめたという経緯があります。

森:竹尾さんあっての特殊紙だったんですね。本って表紙の紙がいろいろ違って、それは当たり前だと思っていたんですが、装丁に使う特殊紙が日本で普及したのは、ここ数十年のことなんですか?

紙子:そうですね。ただ、夏目漱石の初版本を見たことがあるのですが、なんらかの特殊紙は使われています。でもそれは舶来品のはずで、当時の本がすべてそんな造本をしてたわけではないと思います。和綴じの本も多かったでしょうしね。戦中は物資がなくて雑誌も作れなかったと聞きますし、戦後の発展が大きいと思います。竹尾がお付き合いする特殊紙メーカーさんの中には、飛行機部品や断熱材の原材料になるような紙を作っていた工場をルーツにもつ会社さんもあります。そうした背景もあって戦後に文化が広がり、特殊紙を使用した本も急速に広がっていったんでしょうね。

森:御社の売り上げが一番大きい業界は、やはり出版ですか?

紙子:そうですね。出版が一番大きくて3~4割ほど占めます。ほかには手帳や封筒などの紙製品や、パッケージとかパンフレットなどですね。

藤倉:特殊紙の変わった使われ方などありますか?

紙子:タグとかですかね。

藤倉:タグ?

紙子:アパレルの洋服についてるタグです。値段やサイズが書かれていて、買ったら切り取って捨てるやつ。

藤倉:あのタグって、そんなにいい紙を使うんですか?

紙子:もちろんアパレルメーカーさんによって違いますが、色や風合いのある紙を使われているところもありますね。それがブランドの戦略になったり、買った人の満足度を上げる作用があるんでしょうね。

新たに紙を作ると、約27万部分の資材ができてしまう

森:紙業界として、紙自体の需要はどのような状況なんですか?

紙子:全体としての需要は減っています。国内の印刷用紙や情報用紙は毎年減っていて、特にコロナ禍の影響の大きかった2020年は前年の1割近く減りました。国内の紙の工場も印刷用紙を作る設備を減らしています。これは今にはじまったわけではなくて、ここ10年くらいはその傾向にありました。コロナ下では個人宅配が増えて、包装材とか衛生用品などの需要に可能性が出て、そっちに作るものをシフトしていますが、全体的には減っていますね。昨今では脱プラの影響もあって、紙の役割が見直されている側面はありますが、業界全体で大きく増えたというほどではないようです。

藤倉:そうした状況なので、紙の銘柄が廃盤になったり近しい銘柄に統一していくことが進んでいますよね。たくさんの点数を保持するのは大変だと思いますが、アイテムの入れ替えとかあるんですか?

紙子:売れないものについては何かしらの策を講じるべく検討するんですが、売れない色を減らしたところで、その銘柄自体の力も落ちてしまうと考えていて、たとえばNTラシャのなかで売れる色だけを残したら、30色くらいになっちゃうはずなんです。我々としては効率的かもしれませんが、デザイナーさんが30色しかない中からその紙を選ぶかというとそうではない。やはり120色あることに意味があるので、このアイテムや色が売れないから無くす……とはしないように会社として考えています。ただ、さすがに最近は銘柄自体をやめてしまうことも話題になるようになりました。

藤倉:そうした努力のおかげで、業界としてはかなり紙の種類が保持されているなと思います。統廃合が進んで紙がどんどん減っていくなと思っていたら、タントの色を増やします!なんて話をいただいたりもして。

森:この状況下で新しい紙を出せるのは、竹尾さんが頑張ってくれているんですか?

紙子:いろんなメーカーさんが新しい製品を開発して、テコ入れをしてくれているおかげですね。竹尾が開発する紙もありますけど、我々はあくまで商社なので。

森:竹尾さん主導で紙を作ることもありますか?

紙子:そうですね。サガンGAという紙なんかは、竹尾でプロジェクトチームを作ってメーカーさんと作りました。銘柄によって生まれる背景は様々です。

藤倉:ちなみに、このT-EOSのTって、竹尾のTですか?

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(竹尾さんが開発したT-EOS)

紙子:そうです。これは竹尾が開発した紙ですね。エンボスオーダーシステム(EOS)といって、エンボスロールという模様が掘ってある金属のロールに、共通の紙を押し付けているんです。エンボスと色と厚さのバリエーションで、パターンオーダーみたいに何百種類もの紙をオーダーできるシステムですね。

藤倉:すごい! うまく在庫がまとめられているんですね。在庫を減らしつつ銘柄を増やせるという仕組みだ。

紙子:そうです。やはり在庫管理が大変で、紙を作ると莫大な量ができてくるんですよ。一回紙を作ると、洋紙の一般紙だと何百・何十トンという規模になりますし、特殊紙でも3トンくらいできるんです。3トンって本の表紙貼りにすると約27万部分の資材になりますからね。

藤倉:編集者とかデザイナーさんから「この紙が使えないか」と聞かれて、在庫の確保が難しい時があります。その時に「紙を作れないのか」と言われることがありますが、この本のために紙を作るなら年間で30万部作らないといけないですよ、という話になってくるわけですよね。

森:逆に言うと、年間30万部作れる本があるなら、専用の紙が作れるんですね(笑)

藤倉:そうかもしれませんね(笑)

紙の値段が上がっている

森:先日も出版用紙が値上がりしたと聞きましたが、紙の価格が急激に上がっていますよね。あれはなぜなんですか? 編集者としても実は理由をきちんと理解できていなくて。

紙子:世の中のあらゆるものが値上げしているのと同じですね。原材料や輸送費が上がっている影響です。そこに紙の需要自体が減っている分が加わっている感じですね。さらにロシアのウクライナ侵攻以降は原燃料の高騰が加速し、各メーカーは再度の値上げを打ち出しています。

藤倉:出版向けの用紙ってもともと利益を出しづらい状況にあったけど、代理店さんや製紙会社さんが対応する努力をしてくれていたんですよね。今回の値上げが始まる前から裏では厳しくなっている中で、みんなで支えてくれていたのが抑えきれなくなり、それも含めて大きな値上げになってしまったのかなと。

紙子:値上げって誰も言いたくないんですよ。私もお客様に値上げの話はしましたが、こっちでもう少しできることはないか考え抜いて、やむをえずというところでお伝えしているのが現状なので、メーカーさんが値上げを発表したから、すぐにお客様に伝えているわけではないんですよね。

藤倉:ほかの業界のことはわかりませんが、出版業界って出版に関わる人たちが業界を理解したうえでの動きをとろうとしてくれていて、製作部にいるとかなりメーカーの方々の苦労が見えるんです。ただ、出版社の製作部としては、値段が上がることも理解しているけど、それをそのまま受けるわけにはいかないところもある。たぶんみんな苦しんでいて、すごく心が痛い期間なんですよね。

紙子:この半年くらい苦しいし、この先もそうですね。あらゆるものの値段が上がっていて、特殊紙もこれから値上げの交渉が本格化するので、これからどうなるのかは、私も分からないですね。もしかしたら半年後には全然別のことを言っている可能性もあります。今はとにかく紙を取り巻く環境が劇的に変わっている過渡期という気がしますね。

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(デザイン性のある段ボールなど、過渡期の中で竹尾さんの新たな取り組みも進んでいます)

紙の本の残り方が変わっていく

森:紙子さんは電子書籍でも本を読まれますか?

紙子:子供がキンドルを使っているので、それで小説を読んだりはします。ただ僕の場合は電子に読みたい本がなかったり、本屋さんでぷらっと買うほうが好きなので、基本的に紙の本がメインですね。紙に関わる仕事柄、紙の本で持っていたい気持ちもあります。本の中身の情報を得るだけなら電子書籍で十分かもしれないですが、僕は好きな本と触れ合っている時間が体に残るのが好きなんです。あの旅行に行った時にこの本を読んでいたな……と思いだすような感じで、紙の本ってそういう物なのかなと思うんです。

藤倉:効率を考えると電子書籍のほうが確実にいいなと思うんです。紙の本ってある程度のロットで生産するから原価が下げられて、この価格で販売できるわけですが、電子だと生産ロットによる原価の変動は考えなくていい。それに在庫リスクがないし、物としてはデータがあれば成立します。デバイスさえあれば全て保管出来て持ち歩けるし、読者側の効率面でも確実にいい。でも、われわれって読書に効率を求めていたんだっけ?って時々思うんです。もともと好きで読みたいから紙の本で読んでいるだけだし、好きなものだから持っておきたいだけなんじゃないかなと。そういった気持ちがあって、私はいまだに電子書籍に入って行けていないところがあります。

森:本を読む人には二種類いるんだろうと最近感じていて、効率よく時間を費やしたい人と、本というものを楽しみたい人。そこで効率を求める読書であれば電子書籍でいいんだけど、手触りとかゆったりした時間とかを求める人は紙の本がいいんだろうなあと思います

紙子:そうですよね。自分が好きな作家さんや好きなジャンルを選ぶときは、没頭している時間を求めて手にするわけだから、ぜったい紙の本だなあと思います。本を読むという行為は同じでも、求めているものは人によって違うんだろうなあというのは最近私も感じます。

藤倉:そういう意味で二極化はあるんだろうと思っていて、「電子書籍は増えていくが紙の本も残るだろう」と言われることがありますが、そうなると紙の本の残り方が変わっていくんですよ。タイトル数は多いけど部数はそんなに多くない。そうなったときに、どの業界も今の形を維持するのは難しくなります。御社だと在庫を考えると紙の単価を上げるしかないし、出版社も原価が上がれば本の単価を上げるし、紙の種類が減れば本の仕様もある程度統一していくしかない。印刷製本会社も設備を集約効率化して費用を上げていくとすると、ますます手触りとかの選択肢もなくなってしまう。気軽に読んでいた本の値段が二倍とか三倍になってしまうと、普通の人が買えるのかという話になってきてしまいます。

紙子:今の価格帯だから一般の人にも手が出て、大衆文化として出版が成り立っていたけど、値段が倍になると成り立たないですよね。

藤倉:我々が趣味にかけられるお金は限られます。値段が倍になれば買える本が半分になるか、もっと減ってしまうかもしれない。そうなると本を作る数も減り、定価も上がってしまうという悪循環になってしまいます。

紙子:本当にその通りですし、それは難しい問題ですね。

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(いろんな種類の紙の本は、これからどうなっていくのでしょうか)

紙の本を所有するということ

藤倉:さきほど「120色あることに意味がある」というお話がありましたけど、児童書に関してもちゃんと在庫を持っていることに価値があるという考え方があったりします。児童書は図書館に卸している本もあるので、すごく古い本を新たに求められたときに、その巻は在庫がないから歯抜けになります、ということは言いたくない。ポプラ社もそうしたプライドやポリシーがあって、利益が大きいわけではないけど在庫を持っている本も存在しています。でも、その理想を守りたいけどもっと原価効率を良くして利益をちゃんと出せる体制を整えないといけないジレンマを抱えてもいます。そうなると、今のような紙の本が電子書籍やPODに集約されていく未来もあるのかなと思ったりします。

紙子:電子書籍で残せるのは良い所ですけど、紙の形が失われるのは怖い所でもありますね。

藤倉:いつか図書館から紙の本がなくなってしまうこともありえるのかもしれません。でも、ずっと紙の形で本を残していくのは大変ですからね。

紙子:電子データって、物としていつまで残るんでしょうね。

森:意外と電子より紙のほうが残るという話もありますよね。GWに美術館に行ったら、室町時代の巻物とかがきれいな状態で残っていて、紙ってすごいな!と素直に思ったんですよ。電子データってけっこう普通に消えるじゃないですか。

紙子:そういえば、十数年前に電子書籍を使っていたんですが、そこが端末事業をやめてしまって端末で読めなくなってしまったんですよ。自分で本を手放すのはいいんですが、外的要因で見れなくなるのは嫌だなあとその時に思いました。

藤倉:紙の本は一度手に入れると自分の管理次第ですが、電子書籍って企業に属しますもんね。

紙子:所有しているわけではなくて、あくまで「利用権」を所有しているだけですもんね。僕の中ではそこが大きいんですよ。少なくとも紙の本であれば、自分が死ぬまで自分のものですから。

藤倉:己の人生だけで言うと、自分の本は紙で持っているほうが所有している安心感があります。ただ、所有することに対する意識の違いもありますよね。少ない物で豊かな暮らしを求める人もいらっしゃいますし、物を持ちすぎるほうが苦しさを感じる人もいますよね。

紙子:紙の本を所有すると本棚問題が常に起きますね。僕もそこら中に本を置いては家族に怒られて違うところに移しています。物を持つとそういう大変さもありますよね。

藤倉:私はそれも好きですけどね(笑)。本棚からあふれる中で厳選されていく本とか、捨てられずに積まれていく本とか、それも生活の一部になっているというか。

森:本棚ってすごい自己表現だなと思っていて、何を所有して何を並べるのか、見せたくない恥ずかしい所も含めて自分じゃないですか。

藤倉:森の家に遊びに行くと、みんなで本棚をじろじろ見ちゃうんですけど、そこから何かその人のことが分かるような気もしますよね。

紙子:紙の本を所有するって、そういう不思議な魅力がありますよね。もしかしたら僕らの子供なんかは、紙の本を「情報と何かが融合したもの」なんて見方をするかもしれないですね。電子データに足りないものを持っていると考えてくれるんじゃないかなと思っていて、もしかしたら紙の本の価値は上がるのかなと期待してるんですけどね。

出版の紙のこれから

森:紙の価格の値上がりや、電子書籍の浸透など、紙の本をとりまくいろんな状況が変わっていく中で、出版の紙ってどうなっていくんでしょうね。

紙子:価格は一段上がっていくでしょうが、それによって色んな種類が保たれるわけではなくて、紙はますます選べなくなっていくでしょうね。ただ製本技術は進化しているので、本づくりのバリエーションはまだ広げられる可能性もあると思います。出版用紙に関しては厳しい状況が続くかもしれませんが、みんなで知恵を絞って、いろんな人がその時代に合った方法で良いものを作っていくのかなと思います。

藤倉:仕事で関わるみなさんが、紙の本をどうすれば残せるかというのを考えながら動いてくださっているなということを感じます。業界各社ができることをやり続けることで、紙の本の新しい可能性を探っていきたいですね。

紙子:前を向いてやるしかないし、紙の本の価値が見直されるチャンスでもあると思います。なにより紙業界、印刷・製本会社さん、デザイナーさんには熱い思いを持つ人たちが多く、それができる人たちばかりなので、暗い未来だけというわけではないだろうなと思います。

藤倉:そういう人がたくさんいるという時点で、紙の本にはなにかあると信じられる気がしますね。

森:今日はありがとうございました。


(構成・編集:文芸編集部 森潤也

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