デビュー作のタイトルって正直どうやって決めたの? 包み隠さず話します! 「はねる」を「躍ねる」と表現した心とは。
タイトル。それは作品の顔。
作品に込めた思いを、読者の皆様にいかに分かりやすく提示するか、どうしたら興味を持ってもらえるのか。
いくら悩んでも悩みすぎることはない永遠の難題として、目の前に立ちはだかります。
まして、一生に一度、しかもすべてが初めての「デビュー作」であればなおさらです。
先日、ポプラ社小説新人賞特別賞を受賞した川上佐都さんのデビュー作『街に躍ねる』が刊行となりました。
すでに温かい感想も沢山届いており、本当に有難く嬉しい限りです。
しかしこの作品、なぜ『街に跳ねる』ではないのか、などタイトルに関するご質問もいただくことが多いんですね
実は今回、『街に躍ねる』というタイトルに行き着くまでに相当の紆余曲折がありました。「はねる」に「躍ねる」の漢字をあてた強い思いもあるのです。
そこで考えました…ご質問に答えるべく、その紆余曲折をすべてお話しちゃえば良いんじゃないか? と…!!
川上さんにもご相談したところ「ぜひ!」と快諾をいただきましたので、今回この記事で、
「ぶっちゃけどうやってこのタイトルに決まったのか」をご紹介したいと思います!
(聞き手=担当編集 稲熊)
応募作のタイトルは『踊動』だった
稲熊 『街に躍ねる』は、第11回ポプラ社小説新人賞に応募していただいた時点では『踊動(ようどう)』というタイトルだったんですよね。造語というか。あちらはどういう意味でつけていただいたんでしょうか。
川上 そうですね…タイトルはもともとシンプルな方が良いかなと考えていました。『躍動』と『踊動』で迷っていたんですが、なんで『踊動』にしたかというと、大抵の人は『躍動』と読んでしまうかなと考えて。それが逆に良いかな、と。
稲熊 なるほど…!?
川上 本当は『踊動』なのに、パッと見で自分の知っている『躍動』に置き換えて読んでしまうと思うんです。
稲熊 確かに…(笑) 編集部でも選考期間中に感想を言い合ったりするのですが、「『躍動』って作品が面白かった!」「良かったよね…あの…踊ってるやつ」という会話が多発していました。正確に言えないという…(笑)
川上 (笑) 実は友人にも「特別賞とった!」など新人賞の報告をしていたんですが、HPを見た友人も皆「見たよ! 『躍動』通ってたね!」と言っていました。
稲熊 (笑)
川上 でもそれって、言葉だけじゃなくて人に対しても起こりうるかと思っていて。
稲熊 パッと見で判断、みたいな部分ですかね。
川上 はい。人のこともよく見ないと、本当の部分は分からない、というのを伝えたかったのかもしれません。
稲熊 作品のテーマとも共通していますね。…となると誤読していた我々は川上さんの掌で転がされていたということに…(笑)
川上 (笑) 兄の達が描いた絵に対して「木が踊っているように見える」という表現が作中にあって、『踊動』もそこから来ています。そういえば、一番初めは『踊っているように見える』というタイトルにしていました…! 今思い出しました!
稲熊 あの絵は作品の肝なんですね。
改稿と同時進行になった改題
稲熊 その後『踊動』が特別賞となり、刊行に向けて動き出した際に、漢字二文字で『踊動』がやや固くて分かりづらい印象もあるので、可能であれば他のタイトルも検討したいとご相談させていただきました。
川上 そうですね! 他の作家さんがどんなタイトルにしているかも研究しました。
稲熊 いくつかタイトル候補を出して頂きましたが、『おそろいの兄弟』も個人的には好きでした(笑)
川上 正直、『おそろいの兄弟』は思いついた時に「これっしょ!!」となりました(笑)
稲熊 (結局採用とならなくて)すみません!!
川上 とんでもない! 晶と達の関係が少し特別なので、逆に「兄弟」と明言しておきたい、という気持ちもあって。「おそろい」という言葉も、全く一緒というわけではないけど少し似ている、という印象があったので、ふたりに似合うかなと。
稲熊 別の候補の話ですが、『ふさわしい名画』は、先ほど言及した達の絵がもとになっていますよね。
川上 絵に関連するタイトルにしたい、という思いも自分の中にあったので、候補の中でもそういうタイトルが確かに多めですね。なんとなく、達の絵画のタイトルとしても成立するものがいいな~、と考えていました。
稲熊 素敵ですね。タイトルを通じて作品の中の世界と外の世界が繋がるというか。
川上 他の候補も見てみると、やっぱり『街に躍ねる』だったな、と思いますね。
稲熊 『街に躍ねる』はかなり初期に出ていたアイデアではあるんですよね。こうして見るとひらがなと漢字のバランスも丁度良いですね。
「跳ねる」か「躍ねる」か
稲熊 各所相談を経て、全ての案を並べて検討して、『街に躍ねる』で進行ということになったわけですが。
川上 『街に躍ねる』は初期タイトルからあった躍動感を活かしたものになりました。ただ「跳」の漢字からは、純粋な上下運動…という印象を受けたこともあり。生き生きとした楽しそうな様子や、自ら跳ね上がるという意思が強く出ているのは、「躍」の漢字かなと考えていました。
稲熊 純粋な動作ではなく、動作に深い意味を持たせたかったという感じでしょうか。
川上 そうですね。「躍」の漢字からは、その人の世界があるような感じがするんです。道でブレイキングダンスをしている人の格好良さ、のような。
稲熊 なるほど。「はねる」の漢字をどちらにするか、当時話し合った記憶もありますね。かなり無粋なビジネスの話になりますが、「躍」は本来「は」とは読まない漢字なので、インターネットのサジェストなどで不利になってしまう可能性も考えていました。なので「跳ねる」ではダメですか? とご提案した記憶もあって。
川上 そうですね。
稲熊 その時に「跳ねる」だと直接的すぎるというお話になりましたよね。
川上 作中で、達には走ったり跳んだりする癖があるんですが、そこを想起させたいわけではなかったんです。「跳ねる」にすると達の行為に安易に結びついてしまいそうな気もしました。達の癖がテーマというわけではないので…それを避けたいという理由も大きかったかもしれません。というかこちらの理由の方が大きいですね。
稲熊 なるほど、では「躍」の漢字の持つ良さと、達の行動との繋がりを避けたいという、二方向の思いがあったわけですね。
川上 そうですね!
稲熊 正直にお伝えすると、私もサジェスト上のデメリットへの迷いが多少残ったまま進行はしていたんですが、岡本さん(『街に躍ねる』のブックデザイナーさん)にタイトルの手書き文字を入れていただいて、実際に見たときに、「あ、やっぱりこのタイトルだったんだな、としっくりきた記憶があります。
このタイトルだったから生まれた装幀
川上 えっ、タイトル文字って岡本さんの手書きだったんですね!!
稲熊 ですです(笑) 特に「躍」のはねに対してはすごくこだわっていただいたみたいで(笑)
川上 いいはねです(笑)
稲熊 先ほど「躍ねる」の方に関してはお話伺ったんですが、「街」に関しては、やはり「世間」のような意味合いが強いんでしょうか。
川上 そうですね。住んでいる街、絵の中での街、世という街…のような3つの意味で考えていて…あと、これから兄弟が世間で躍動していけると良いな、という願いもあります。
稲熊 素敵ですね。装幀に関してなんですけど、岡本さんとお打ち合わせする時に、ざっくりとカバーの方向性を最初に共有して。私は「街」が入っているので、安易に「街中で走っている兄弟」のような絵を想像していたんですが、「室内」のご提案いただいた時はすごく感動しました。タイトルとは違う静的なイメージで、隔絶された室内と窓の外の世間が対比されているというか。
川上 本当に、私も「こうなるんだ…!」と思いました。もともと具体的なイメージはなかったんですが、高松さんのイラストのラフを拝見した時は、「まさにこう!」と。……思いを汲み取っていただいたような感じです。作中で詳細には描写してない部分まで描いてくださっていて……。
稲熊 達の服のタグとかですかね(笑)
川上 そうです(笑) あと、窓から風が入ってきているのも良いなと。外との世界との繋がりを感じて。
稲熊 無風だとまた全く印象が変わりそうですね。この装幀はタイトルから発想していったものだと思うので、『街に躍ねる』だったからこそ生まれたものを見せていただいたな、という気持ちです。
これからも正解もないものを探して
稲熊 ここまでタイトルのお話をしてきましたが、川上さんご自身はどういうタイトルに惹かれるんでしょうか?
川上 少々お待ちください…(メモを取ってくる)。
稲熊 めちゃくちゃメモっていらっしゃる(笑)。
川上 (笑) そうですね、個人的には、本文の一行目からタイトルに関連する事柄が入っているものとか…あと、短くてスパッっと言い切るようなタイトルが好きです。
稲熊 あ~、格好良いですよね。
川上 憧れます。
稲熊 今回、デビュー作ということで、タイトルに込める気持ちも一層強かったかと思うのですが、そういう意味で『街に躍ねる』は川上さんにとって、良いタイトルになりましたか?
川上 ………(虚空を見つめる)。
稲熊 あれっ…聞いちゃいけないやつだった…(爆笑)。
川上 いや、正直、確信は持てていなかったんですが、ポプラ社内で『まちはね』と略していただいているという話を聞いて、このタイトルで良かったんだな、と改めて感じました。親しんでいただいているんだな、と。
稲熊 良かったです(笑)
川上 タイトルを決めるのが得意か苦手か、で考えると自分は苦手な人間だと思うのですが、今回の『街に躍ねる』はすごく考えて出した案でしたし、やっぱりこれだったな、と思います。途中までは悩みもあったのですが、出した今はこれ以外なかったです。
稲熊 次回作もまたタイトルで色々ご相談することもあるかもしれないのですが(笑)、とても楽しみにしております。
川上 頑張ります!
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