ショートショート「ごま油」

 私は、好奇心が強すぎるがあまりいろんなことに首を突っ込んで巻き込まれてしまう。あの時もそうだった。

 その日、私は近所のスーパーで買い物をしていた。欲しいものを一通りカゴに乗せ終わりレジに並んでいると目の前のおばさんのカゴを何の気なしに見た。カゴの中にはごま油が6本ほど入っていた。とても変だ、私の知る限りごま油は一回の買い物で1本買えば一ヶ月以上持つどんなにごま油が好きな人でも2本で十分だ、つまり6本買うのは何か一大事があるはずだ。

 私は、言い知れない好奇心に襲われおばさんに思わず声をかけた。
「あの、すみません、失礼ですがそのごま油何に使われるのですか?
そんなに買ってただの餃子パーティーとは思えません」

「あら、実は最近新鮮なパーペンがたくさん手に入ったのだから今日はパーペンパーティをしようと思っているのよ」
おばさんは、意外にも笑顔で答えてくれた。それにしてもパーペンとはなんだろうか?私は、とても気になった。私の知っている食べ物にそのような名前の食べ物はない。今、私が知っている情報はごま油によくあうと言うことだけだ。

 私は、おばさんに聞いてみた。
「パーペンとは、どのような食べ物ですか?」
「あら?知らないの?とっても美味しいのよ。よかったら今日のパーティに参加してみない?歓迎するわよ」
すごく、嬉しい提案に私はとてもワクワクした。
「是非、お願いいたします」 私は、すぐに答えた。

その夜、一度家に帰ってからおばさん宅へ向かった。おばさん家族はおばさん夫婦とその息子夫婦の4人家族だった。まさに、家族団欒そんな感じの家族だった。おばさんは、夕食の準備を始めた。おばさんは、大きな鉄鍋にたっぷりのごま油を入れて持ってきた。それをカセットコンロの上に置きカセットコンロに火を付けた。ごま油はグツグツと音を立て始めた。そして、おばさんは大皿に大量の何かを乗せてきた。

 待望のパーペンとのご対面、私は興奮したしかしすぐに地獄の底に落とされた。パーペンは、なんというか人間の目玉のような見た目をしている。しかし、大きさは人の目玉にしては少し大きい小ぶりの玉ねぎのような大きさをしていた。そして、皿に盛ったその物体はよく見ると少し動いたりカタカタと音を立てていた。おばさん一家はその物体をなんの躊躇もなく煮えたったごま油の中に入れた。その物体は、油に入ると小さな甲高い断末魔のような音を立てた。そして、みるみるうちに表面が赤くなっていった。まるで目が充血したような色合いだ。それから、30秒近く待った。まるで地獄の血の池に単身遊びにいったような光景だ。おばさん達は丁寧にその物体をお皿に掬い上げていったご丁寧に私の分まで取り分けてくれた。私は苦笑いしながらも小皿に取り分けられた分を受け取った。その時の私の顔はかなり引きつっていたと思う。全員のお皿にその物体が行き渡るとおばさんの「いただきます」の声とともにみんな食べ始めた。私は、恐る恐る食べて見ることにした。

 食べてみた感触は、衝撃的であった。率直に言うと美味しいかった。その物体の周りは少し硬めの殻のようなものに包まれていたがその殻は揚げられたことにより少し柔らかくなっていたのか春巻きの皮のようにパリパリとしていた。一口かぶり付くと「パリィ」という小気味良い音とともに簡単に砕けていった。そこから、口の中にじゅわぁと染み出す汁はまるで小籠包の肉汁のように口の中に広がって行った。その液体は舌に到達した途端濃厚な旨味と塩気が舌を通じて脳みそを麻痺させた。しかもその汁は肉汁とは違い濃厚でありながらもあっさりとしており、夏場に飲む麦茶の様な爽やかさを感じさせた。中身は、ひき肉の様な食感の物が入っていたが噛めば噛むほど皮のパリパリとした食感と肉の部分旨味が混ざりあい常に違う感覚を楽しませてくれた。それだけでない、ごま油の風味と油分が喉通りをよくさせておりごま油の大量消費も納得した。私は飲み込むとその美味しさから思わず溜息をついた。一息してから恍惚な表情でおばさんに向かって言った。
「これ、とっても美味しいです」

 ふと、周りを見ると私の表情は先ほどの恍惚とした表情は一変し恐怖した。一家は先ほどのムードからまるで獣が獲物を食う形相でその物体をムシャぶりくらいついていた。私の話など一切耳に入っていない様だった。本能的に逃げなければならないそう直感した。
「今日は、お邪魔してすみませんでした本当に美味しかったですありがとうございました。」
そう一言、言い残して私は逃げる様に帰った。

「ってなことがあったんだよ」
「どうせまた作り話だろ?」
その日、私は友人と昼食を共にしていた。料理が運ばれてくる間私は友人とあの日のことを話していた。注文したハンバーグ定食と友人の頼んだパスタが運ばれて来た。普通の昼食、最高の瞬間だ。ただ、友人が私のハンバーグを見て顔を引きつらせていた。私は、引きつった友人の表情を横目にハンバーグを一口サイズに切り分けて口に運びながら、個人の持っている常識とはいかに薄っぺらい物かを実感した。

 

 

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