桜月(櫻坂46)歌詞 考察小説 #2
櫻坂46の桜月から着想を得て、一作書いてみました。
今でも俺は思い出す。旅立つ決意を抱えた、君の背中を見送ったあの日を。
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きっかけはふとした瞬間。きっとあれはそう、高2の冬だった。桜の前に梅が咲き乱れ、まだ進学先の確定をせがまれず、無意味に時間が過ぎることを望んでいた時期だった。
電車内でおしゃべりに花を咲かせる同級生の中でただ一人、ブックカバーに隠された小説を一心に読み進める君へ、僕から話しかけたことがはじまりだった。とある小説家がマイブームだった僕は、そのブックカバーを剥がすべく話しかけたのだろう。今からは到底考えられない勇気だったと思う。今思い返せばきっと、同年代で小説を嗜む仲間が周囲にいなかったことからの、ただの好奇心だった。好きだなんだという気持ちは欠片もなかった。
もとより僕は人と交わることが苦手で、というより希望に満ち溢れる同年代の生気に耐えられず、ひたすらに小説の世界へ引き籠っていた時代だった。自分の人生に責任を持つ理由なんか見つけられず、日々惰性でただ時が過ぎて行くのを待っていたのだ。
進級するまで、僕らを繋げた小説家の話は続いた。
___新作読んだ?、まだ読んでない、もう図書館に入荷されてたよ、そうなんだ、この間図書委員が推薦図書として紹介してた、レビュー見て書いただけじゃない?___
そんな当たり障りのない、何の利益も生まない、時の経過を待つだけの当たり障りのない会話が日々続いた。若い時間を持て余していた僕にとって、その不毛な会話は実にありがたく、それでいて心地が良かったのだろう。
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高校最終学年に進級すると、話題は進学先で持ちきりになった。未来に一切の関心を持てなかった僕は、推薦枠を取得できる大学を執拗に迫る担任や大学序列を語りだす同級生の熱量とは裏腹に、より拍車をかけて小説の世界へのめり込んでいった。
そしてどうやら、変わっていったのは周囲だけではなかったらしい。自分の人生に辟易している僕とは対照的に、君が思い描く人生は夢と希望に満ち溢れていた。進級する前から常々進学先の話題は出ていたが、小説が生きる世界の全てだった僕にとってははるか遠い世界の話に思え、まともに聞いていた記憶がない。
しかし、自分自身と真剣に向き合うべき夏休みも超え、受験当日が差し迫った三学期始業式の帰り道、君が何度も語ってくれていたであろう夢を再び、語りだしたことを思い出す。
___私ね、史学を学びたいの。だって史学って、無限じゃない?人によって生まれた時代も地域も、当時の常識や価値観でさえ多種多様なはずなのに、古来にも現代にも通じるものがある。それってきっと、今私たちが読んでいる小説にも言える話だと思うの。私たちの思想が過去のものとなったとき、それが歴史になるの。だから私は、史学を研究してみたいの。___
そんな夢を語っていた気がする。だからそう、人生を斜に構えて卑屈になっている僕に引き換え、純粋無垢で、穢れのない夢を語る君に惹かれるまで、時間はかからなかったのだろう。
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受験後、卒業式まであと何日か数えるほどになったある日、東京へ行くと聞いたときに驚きはしなかった。そして同時に、餞に唯一立ち会えた自分のポジションを誇らしくも思えた。若干の優越感に浸りつつ、最終のバスを待っている間その思いを伝えようか伝えまいか、葛藤していた。
自分が勝手に抱えたこの想いを君に伝えてしまったら、きっと心置きなく東京へ旅立てない。僕は当時、自分は楽になるけどそれ以上に多幸感で溢れる君を傷つけたくないと思い込んでしまった。君の夢を叶えるためには、ここで夢を語るのはきっと、足枷にしかならない。
思いが交錯する中、嘘つきな僕は笑顔でその背中を押した。独りよがりでもいいから見送ろうとした自分を褒めてあげたいくらいだ。あのとき、もういっそ開き直ってそれもそれで思い出だ、美しくも儚く散った恋だったと、名残惜しくも甘酸っぱい青春として心に留めておこうと決めた。
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君を見送った帰り道、少し早い夜桜が満開だった。君がいなくなった瞬間、突然卒業式で何が変わるんだ、と焦燥感に駆られた。日々惰性で生きてきた僕にとって自分の門出は意味を為さない。しかし淡々と過ぎ行く日々に退屈しながらも、胸に大切な何かを残したまま大人と呼ばれてしまうことに、一抹の不安を覚えた。今後大人と呼ばれる僕は、抱えた夢や理想が叶わぬ時が訪れたとしてもあんなに美しい散り方ができるのか、疑問だった。
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人生なんて堂々巡りで、だからこそもう一度だけやり直そうなんて思った瞬間から、今しかないその瞬間から走り続けるべきなのだろう。
______大学前のカフェで思いを書き殴った俺はパソコンを閉じ、桜の見える特等席を立った。
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