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「Ff」新しい時代の商業施設の価値を考える

2021年1月30日、「パークアウトドア」をコンセプトに、新しい時代の新しい公園の楽しみ方を提案する商業施設「Ff(エフエフ)」が、葛西臨海公園駅の高架下にオープンしました。ファッション会社BOLDMANとJR東日本都市開発の運営する商業施設です。POOL inc.は、コンセプト開発、ネーミング、ロゴ、デザインディレクション、コンテンツ企画から、飲食テナントのコンセプト開発、ネーミング、ロゴ、メニュー開発までトータルブランディングを担当しました。

今回はPOOL inc.によるFfにおけるコンセプトを軸にしたトータルブランディングについて紹介します。

このプロジェクトに関わったメンバー

小西利行/エグゼクティブ・クリエイティブディレクター(POOL inc.)
後藤亮平/クリエイティブディレクター+コピーライター(POOL inc.)
宮内賢治/アートディレクター(POOL inc.)
桑原加菜/デザイナー(POOL DESIGN inc.)
伊東陽菜/デザイナー(POOL DESIGN inc.)
大垣裕美/プランナー・プロジェクトマネージャー(POOL inc.)
髙橋慶/プロジェクトマネージャー(POOL inc.)
信多一慶/プロジェクトマネージャー(POOL inc.)

プロジェクトのはじまり

──プロジェクトがはじまったきっかけと、当初の課題についてお聞かせください。

後藤
POOL inc.がこのプロジェクトに参加したのは2018年の12月頃。ファッション会社のBOLDMANさんから商業施設におけるコンセプト開発やコンテンツ開発に関する依頼を受けました。葛西臨海公園駅という東京郊外に位置する立地条件で、どのような価値を提示し、カタチにしていくのかが課題でした。

オーダーがあった段階では、まだどのような施設にするのかという具体的な内容は決まっておらず、場所は葛西臨海公園駅の高架下、そこにファッション・飲食・雑貨などの様々なテナントが入るという構想がありました。

またキーワードとしては「親子」、「公園」、「スポーツ」、「ファッション」、「Hygge」などの言葉が挙がっていて、ターゲットは親子を想定していること、公園があること、スポーツ的な体験も提供したいこと、BOLDMANはアパレル会社なのでファッションは中心価値に来ること、北欧のライフスタイル思想「Hygge」に考え方が近いこと、などをBOLDMANさんから説明されました。

「パークアウトドア」というコンセプトが生まれるまで

〈コンセプト=土地の特性×時代の動向〉

後藤
POOL inc.としては、まずそれらのキーワードを踏まえながらコンセプトを考えていきました。コンセプトは、その土地が持っている特性に、これからの時代の動きや気分を掛け合わせていくことが大切です。葛西臨海公園はどのような歴史のある場所か、人々にとって今どのような意味を持つ場所か、時代の価値観は今後どのように変化していくのか、ということを社内で何度もディスカッションしました。

先ほども述べた通り、葛西臨海公園は東京郊外(都会と郊外のつなぎ目)にあります。30分ほどで都会に出ることもできれば、少し外れると自然豊かな環境が広がっています。その場所としての特性が、これからの時代の要素とどのような関係性を生み、機能していくのか。

それらのポイントから、当初は「日本型のHyggeにしてみては」という話になりました。ただ、「Hyggeという言葉が本当に適切なのか」については考える必要がありました。「Hygge」という北欧の思想が、日本の本や雑誌などで取り扱われはじめたのは、今から数年前。その当時から比べると、若干ブームが過ぎて「少し前の概念」という印象がありました。施設のコンセプトはあくまで中長期的なものであり、短期的なブームで終わるものではいけない。「Hyggeを定着させていくことは難しいならば、もう少し大きい概念として新しいコンセプトを考えよう」という話になりました。

〈コンセプト設計の紆余曲折〉

後藤
実は、今回の「パークアウトドア」というコンセプトに辿り着く前に、その前段で「_TOGETHER(アンダーバートゥギャザー)」というコンセプトを立てて進めていました。「○○TOGETHER」という感じで、「EAT TOGETHER」や「LEARN TOGETHER」など、あらゆることを親子が一緒に同じ目線で楽しむことができる。そういう感覚の場所にしようというのが初期段階で立てていたコンセプト案です。

メインターゲットが親子という話もありましたし、親と子が共に学ぶ「共育」や、心身の健康、ウェルビーイングなどの考え方がスタンダードになるこの時代に、親子が本当の意味で一緒に学んだり楽しんだりできる施設がまだまだ少ないことを踏まえ、「親子が同じ目線で楽しめる施設があればいいよね」というところからこのコンセプトに辿り着きました。

宮内
「親子と同じ目線」とは言いつつも、それを押しつけがましい表現にしたくないという想いもありました。BOLDMANさんとしても、親子で楽しんでほしいけれど、「親子のためのものです」という見せ方にはしたくない。

「コンセプトはこれです。みんなで守りましょう」ということではなく、「少し遊びの部分を残した上で、自分たちでどこまでルールにできるか」ということが課題でした。

後藤
小西(POOL inc.代表)がよく言っていることなのですが、コンセプトは関わる人たち全員が、それを聞いて自発的に動き出せることが大事です。その言葉を聞いて、開発に関わる人たちが「建築はこうしよう」「飲食はこうしよう」と、能動的に動くことができるのがいいコンセプトということになります。

僕たちもその考えを大事にしているのですが、今思うと「アンダーバートゥギャザー」という初期のコンセプトはやや感覚的過ぎたのかもしれません。建築や飲食の関係者が「アンダーバートゥギャザー」から何をつくればいいのかがわかりにくかったのではないかと思っています。

プロジェクトは進行しつつも、コロナウィルスによる影響によって一度中断しました。緊急事態宣言により物理的に工事が進まなかったこともあり、半年の延期を余儀なくされました。

〈「関係性」の提案から、「ライフスタイル」の提案へ 〉

──「アンダーバートゥギャザー」から「パークアウトドア」に切り替わった理由は?

後藤
主な理由は二点あります。
一つは「アンダーバートゥギャザー」というコンセプトでは、開発チームへの意思疎通があまりうまくいっていないと感じていたこと。もう一つは、コロナウィルスによって生活様式や価値観が変わり、これからの時代に求められるもの、施設に求められるものが大きく変わったということが大きな要因です。

公園や外遊びに注目が集まったり、リアルな体験の価値があらためて見直されるようになりました。その時に、「公園の横にある施設なのだから、そこをもっと生かした方がいいのでは」という話になりました。

さらに、二階のテナントにHYGGE STOREという、北欧発のアウトドアブランドが入ることが決まったこともあり、公園との連動をもっと考えた方がいいのではないか、と再度コンセプトを練り直しました。

──アンダーバートゥギャザーという「関係性の提案」から、パークアウトドアという「ライフスタイルの提案」へとシフトした点も興味深いですね。

後藤
もともとファッション自体がライフスタイルを提案していく業態です。その中で「アウトドア」や「Hygge」というワードが出てきたこともあり、「パークアウトドア」という一つの新しいライフスタイルやファッションスタイルに捉えた方がBOLDMANとして動きやすいのではないかと思い、この言葉を再提案しました。

「パーク」や「アウトドア」などは一般的に使われている言葉ですが、「パークアウトドア」という組み合わせで使われている例はその地点ではありませんでした。

──「パークアウトドア」という言葉を聞くだけで、おおよそどういうことなのかイメージが広がっていきますね。

後藤
公園を「アウトドア」として捉え直すこと。「公園って外だし、実は一番身近なアウトドアじゃん」と。当たり前のことなのですが、意外と大きな発見でした。そのコンセプトを立てた瞬間、いろんなことができることに気付いた。公園にテントを立ててもいいし、チェアを置いてもいいし、料理を出してもいい。公園を「アウトドア」と捉え直すことで、できることや楽しいことが広がっていく。ここが今回の発想の肝の部分です。

日本では、「公園」は子どものものというイメージがあります。もちろん、みんなの憩いの場でもありますが、基本的には「子どもの遊び場」という印象が強い。

海外であれば、たとえばニューヨークのセントラルパークやハイラインパークなどは、街のたまり場として機能しています。大人が集まる場所であり、近年では良い公園を中心に街が発展していくと考えられているくらい、街にとって大きな価値をもつ場所です。日本でも、そのようになればという想いもありました。「パークアウトドア」という体験を通じて、公園に対する捉え方が変わるきっかけになれば。

──「パークアウトドア」という言葉が与えられたことによって、枠がつくられ、イメージしやすくなった。それによって各所からたくさんアイデアが出てきたのではないでしょうか?

後藤
仰る通りです。「公園を楽しむための施設なんだ」という大きな矢印ができたことで、みんなが一つの方向を向いて行動できるようになりました。コンテンツや建築のトンマナなど、様々な部分が一気に動き出したように思います。「パークアウトドア」という新しい楽しみ方を通して、親子が同じ目線になる。という考え方のレイヤーがはっきりしました。

宮内
先ほど後藤が言ったように、親子と同じ目線を具現化する時にどうしても「こういうことをしてね」という提示になりやすい。そこを「パークアウトドア」という概念が落とし込まれたイベントや体験を通して、結果的に親子の目線が一緒になる状態をつくるイメージがしやすくなった。「パークといかに向き合うか」や「パークとどのような関係性を築く施設になっていくか」という考えに集中することができるようになっていきました。

後藤
あくまで大きい矢印は、パークを楽しむための施設だということです。「公園と一体感を出していきたい」という大きなディレクションを基に、それぞれが発想していく。

もう一つ押さえておきたい点は、「パークアウトドア」は、ファッションの文脈からイメージしやすい言葉からセレクトしていることです。開発チームが理解しやすい、相手のフィールドに合わせた言葉を選ぶことで、意思疎通がよりスムーズになります。もちろん、一番大切なことはユーザーに刺さるコンセプトかどうかですが。

ネーミング開発

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後藤
施設名称の「Ff(エフエフ)」は、FamilyのFをモチーフに、大文字Fと小文字fを並べて、親子を表現しました。パークアウトドア体験を通じて、親と子が同じ目線で新しい関係を結べる場所であることを表しています。

宮内
書体はいくつも検証しました。商業施設ではゴシック体が多いのですが、最終的に少しつ性を感じられる明朝体を選びました。

Ffという大文字と小文字で親子が並んでいる感じや、記号的な感じがいいねという話になり、案が出た瞬間にすぐに決まった印象です。

チームでコンセプトを共有する

──「パークアウトドア」というコンセプトを関係者同士で共有する上で工夫したポイントはありますか?

後藤
とにかく「パークアウトドア」という言葉を打ち合わせの場でひたすら言い続けました。単純ですが、とても重要なことです。関係者であっても忘れたり、そこから外れた考えに至ることは必ず起きます。全ての判断基準として「これはパークアウトドアなのか」ということを逐一提示して考えていったことは大きいです。

宮内
その際に、後藤の立てた5つのフィロソフィーが大きな役割を果たしました。POOLのメンバー間であれば密に話して意志統一できますが、BOLDMANさんや、あるいはBOLDMANさんが外部に指示を出さなければいけない場面を見据えると、コンセプトをよりわかりやすく伝えられた方がいい。

後藤
「パークアウトドア」の考え方を、一階層下の言葉に細分化しました。「LIFE with PARK」「CULTURE with PARK」「STYLE with PARK」「HEALTH with PARK」「PLAY with PARK」。公園にこうした概念を持ち込もうよ、ということをわかりやすく伝えるためのキーワードです。このようにコンセプトをさらに噛み砕いた言葉を持つことで、いろんな人が関わってきた時にも考えやすいような形で定義しています。

最初のリリースで「パークアウトドア」はどのようなものかを説明する際にも、この5つのフィロソフィーを通して新しい公園の楽しみ方を提案していく施設だということを説明しています。

宮内
ある程度コントロールできる中でも、間接的な場面が出てくるので、ちゃんとここに帰って来ることができるように、ということですね。


サイン開発

宮内
大人と子ども、二つの目線に設けた館内サインによって、大人と子どもの両方が楽しめる施設であることを表現しています。各種ピクトグラムと組み合わせて、公園のフィールドを表すグリーンのアンダーラインを象徴的にデザインしました。

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宮内
左に大文字のFがあり、右に小文字のfがある。その間を手すりでつながっているような遊び心を楽しんでもらいたい。いろんなコンテンツが、「親子の間にある」ということを表現したサイン計画です。

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宮内
これは館内のマップです。普通は白いところ(施設内のMAP)だけ載せるのですが、あくまで公園あっての施設ということで公園とセットにしています。外の葛西臨海公園と一体化した形のMAPにしています。建物だけではなく、公園を含めてFfなんだという捉え方です。

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フードホール「KITCHEN BASE」

図1

後藤
「KITCHEN BASE」は、5つの飲食店が集う館内フードホールです。それぞれのテナントのコンセプト開発、ネーミング、ロゴ、メニュー開発まで担当しています。店名からメニュー内容まで各コンセプトで一気通貫して落とし込むことによって、独自の魅力を持つエッジの立った飲食ブランドとなるように設計しました。

──こちらのエリアは全て0がからトータルディレクションされたのですか?

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後藤
いわゆる「フードコート」のような飲食店の集合体になるということと、カレー屋やパン屋などなんとなくカテゴリーは決まっていましたが、メニューの内容や特徴などは一切未定でした。

POOL inc.としては、いわゆるフードコート的には見せたくないという想いがありました。普通につくると、個性の薄い大衆的な雰囲気になってしまいます。BOLDMANさんはファッションの会社なので、飲食店も当然おしゃれでカッコいいものでなければならない。それに、どこにでもあるフードコートにわざわざ人は来てくれません。だからこそ、フードコートではなく〝専門店の集合体〟に見えるよう、一つひとつの店をブランドとしてコンセプトを丁寧に構築していきました。

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宮内
そのために、それぞれのテナントのトーンを揃えることもできましたが、特徴ごとにロゴやトンマナをあえてずらして表現しています。

後藤
オペレーションや収益性、運営面の条件などもあるため、やりたいことがすべてできるわけではありません。そもそもそれはコンセプトがおもしろいのか、そしてそれは現実性のある内容なのか、を飲食チームと何度も何度もディスカッションしすり合わせながら、実現に落とし込んでいきました。

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例えば、パン屋は「バター好きのバター好きによるバター好きのためのパン屋」がコンセプトです。店名は「BUT THE BUTTER」。商品名は「フランス産発酵バターのクロワッサン」「厚切りあんバターサンド」「焦がしバターのメロンパン」など。コンセプトから店名、商品まで一気通貫で価値を提供できるようにこだわりました。

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【BUT THE BUTTER】
コンセプト:「バター好きのバター好きによるバター好きのためのパン屋」
ロゴ:パンの山の部分が横になりアルファベットの「B」になっていて、BUT BUTTERの「BB」を表現しています。

【TODAY’S FARM】
コンセプト:新鮮な地産素材を使用した、プレートメニューが魅力のデリカテッセン。
ロゴ:TODAY’S FARMは地平線を表現しています。二行を山なりにして奥行きをつくりました。新鮮な野菜に貼られる紫色のラベルシールをイメージ。

【SPICE FAMILY】
コンセプト:“スパイスの魅力を楽しみ尽くす”カレーショップ。
ロゴ:カレーのソースポットの上からスパイスで型取っているイメージです。

【THE ROOTS FRUTS】
コンセプト:地産フルーツを使い、季節の旬の美味しさを提供するスイーツショップ。
ロゴ:二つ並んだOを果物にしただけのシンプルなロゴ。単に見た目のかわいさだけではなく、ロゴがきっかけでコミュニケーションが生まれるような設計に。

【酵NOODLE】
コンセプト:「発酵」をテーマに、麺の新たな美味しさを提案するヌードルショップ。
ロゴ:発酵食品である味噌の発酵を、ヌードルのOがポコポコと発酵した泡を表現。

図1

宮内
看板や案内サインはかなり検証を重ねました。並んだ時にどう見えるのか。縦組みと横組みの間隔、正方形の中に収まる組みを用意したり。一般的に、このような商業施設の場合、どのテナントが入るのかわからないので本来はコントロールできません。今回はぼくたちが全てをデザインできるので見え方を整理できる。モノクロだとスタイリッシュにはなりますが、全てを統一してしまうと個性は出ない。それぞれに幅をつくりながら業態に合ったディレクションをしつつ、トーンを調整していきました。

後藤
今回、Ff施設全体のキーフレーズとして「HAVE A GOOD PARK TIME.」というフレーズを開発しました。MAPやメニューなど、あらゆる接点にその言葉を掲げることで、施設のコンセプトを押し付けがましくなく伝えられるよう設計しました。また、飲食メニューにもその言葉を添えることで、「外に持っていって楽しんでね」というテイクアウト利用を促進する意図を込めています。


新しい時代に求められる商業施設とは?

──今後、商業施設開発に求められることは何でしょう?

後藤
コロナウィルスの影響で、「出かけること」、あるいは、「人と会うこと」が日常ではなく、特別なものとなりました。これから先、コロナ禍で変化した行動習慣や生活様式は完全に戻ることはないでしょう。そこでしか体験できないものが求められ、多くの人がその「特別な体験」に時間やお金を費やすようになってきています。

その期待やニーズに応えられるものをつくる必要があります。その土地の固有性、その土地ならではの体験を見つけ出し、それが未来にどのような価値を提供できるのかまでを考え、形にしていく。

そのようなアプローチは、POOL inc.が過去に担当した京都の「GOOD NATURE STATION」や「THOUSAND KYOTO」にしても同じです。Beforeコロナ、Afterコロナに関わらず、本質的な価値、時代にあった新しいカタチで提案していくことが大切なんじゃないかと思います。

プロジェクト自体は、1月30日に施設がオープンしたので、POOL inc.の役目は一旦終わりなのですが、今はまだコンセプトをかたちづくった段階です。これから商品やサービスなどのコンテンツを通して、「パークアウトドア」という概念がより具体的になり、広がっていくことを期待しています。また、今後「Ff」が新しいライフスタイルの発信拠点として、周辺地域とも連動しながら、コミュニティが生まれる場所へと育っていくとうれしいです。


***

次回のPOOL SIDE STORYもお楽しみに!

取材・文/嶋津亮太


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