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【短編小説】赤い月は見ていた 第二夜

第二夜 丈くらべ


トラウザーの丈は、誰の身体を基準にして考えられてているのだろう。

試着室用に置いてあるハイヒールはどう見てもまともに歩けるようなものではなかったけれど、せっかくだから足を入れてみる。すると鏡の向こう側に、理想的なラインの女性が現れた。その美しい形は想像以上で、自分に嘘をついているような後ろめたい気持ちになって思わず目を逸らした。裾を上げれば当然、失ってしまうものがある。身体に服を合わせるのか、服に合わせて靴を選ぶか。ヒールの高さとカットする生地、その我慢の分量を比べてみる。

「私、スニーカーしか持っていないので」
そう言っていつものニューバランスに履き換えると、店員は手際良くまち針で止めていく。確かにこの靴には丁度良い丈になった。でも、やっぱり念のため、ほんの少しだけ長くしてもらえますか。いつかハイヒールを履きたくなる日が来るかもしれないから。

どれくらいの時間が経ったのか、外に出ると辺りはすっかり暗くなっている。空には赤く大きな月が妖しく光っていたけれど、ずっと足元を見ていたせいでそれに気付きもしなかった。

身の丈に合っていないと言われれば、その通りだと思う。だけど今、どうしても必要な気がしている。足が痛くても構わないから、このスーツにふさわしいハレノヒのための特別な靴を買おう。

迷いがなくなった足取りはまるで裸足のように軽い。店に戻るとどうせならと一番目立つ靴を選んだ。レジで支払いを済ませ、箱に入れようとしている店員に声を掛ける。

「ちなみに、なんですけど。あの入り口のマネキンが着ている素敵なコート。おいくらですか?」

続く(はず)

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